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アンナとマリーを伴って初めて出た城下町はとても賑やかで活気にあふれていた。
あちらこちらの出店に並ぶはじめて見る品々や、そこかしこから飛び交う呼び込みの声や、買い物客の他愛ないおしゃべり、大道芸人の芸に沸く観客の声など、ナナエをワクワクさせる様な光景が目の前に広がっていた。
「ナナエ様、キョロキョロなさらないで下さい。戸籍管理局はもうすぐですので、迷子にならないよう気をつけてくださいまし」
アンナがカイトと同じ赤い目でナナエをたしなめるようにギロリと軽く睨むがそれでもワクワクしてしまうのは止められない。
そんなナナエの様子を見たアンナもしょうがないといった感じで嘆息する。
「あとで市場を見る時間を作りますから、戸籍が出来るまでは我慢してください。戸籍管理局は午前中しか開いてないのでのんびりしてられないのです。戸籍が無いままでは色々と不便になります。何かあったときのための身分証を作ると思ってください」
「あ、は~い…すみません」
市場に未練はまだあったが、後で時間を作ってくれるとの事なので、ナナエも渋々アンナの後を追う足を速めた。
そのすぐ後ろからマリーが楽しそうに付いてくる。
ポニーテールがゆらゆらと揺れて本当に愛らしい。
動物好きのナナエからすればマリーはこねくり回したいぐらい可愛いワンコそのものだった。
「それでは、お名前と住所・生年月日の登録が終わりました。次に、ご職業の登録に移ります」
「え~っと、ここでは無職です」
ナナエがそう答えると、管理局員が眉をひそめた。
「この国では18歳以上の国民はすべからく職業に付くよう法律で定められています。ご希望の職はありますか?」
渋面の管理局員の前のイスに座り頭をひねる。今はまだこの世界にはいるが、いずれは元の世界に帰るつもりだし、帰るつもりならいい加減な姿勢で適当に職に付いたりはしたくない。
昔勤めていた某ブラック会社では”女はみんな腰掛けだから使い捨て!”と豪語する社長の下で働いてきたもんだから、ナナエの一番嫌いな言葉が腰掛だったりする。
つまりは、辞めるつもりで職業に就きたくないのだ。
それに、元の世界に帰る方法を探すなら自由に動き回って色々調べられる職業でないとまずい。
「なにかございませんか?どのような職業を選んでも王子がバックアップなさるでしょうからご自由にどうぞ」
言葉は相変わらず丁寧だが”早く決めろ”という言外のプレッシャーをものすごく感じるような態度でアンナがせかす。
(…なにもしなくていい仕事…)
「お…お姫様、とか!」
「王家の親族以外選択不可能です。…側室なら王子に頼めばいけるかもしれま…」
「それはない」
にべもなく却下した上にさも名案だといった感じでとんでもない案を挙げるアンナ。
その案をアンナのように瞬殺で叩き落す。
(責任が重くなくて、自由に好きなことが出来て…ふらふら色々調べ物したりしてもいい仕事…)
ナナエは頭をフル回転させるがそんな都合のいい仕事などあるわけが無い。
「ん~ん~~~~~」
腕組をして考え込む私を横目で見ながら、すぐ横のイスに座り、頬杖を付いて指先をトントンと机に打ちつけているアンナ。
視線の痛さと”早く決めろ”と無言の圧力に冷や汗をかきながら耐えるナナエ。
マリーは相も変わらずニコニコ。
管理局員は渋面。
「な、なんでもいいんですよね!!?」
苦し紛れにそういうと、管理局員は小さく頷く。
「じゃ、じゃあ、に…ニートとか!アハハハハ…」
ナナエが苦し紛れにそういうと管理局員は分厚い本とにらめっこしながら「ニート…ニート…」とつぶやきながらページを捲る。
「…はい、じゃあ職業はニートですね。登録完了しました」
「ニートでいいんかぁーーーい!」
思わず突っ込むナナエに管理局員は訝しげに首をかしげた。
「なにか問題がございましたか?」
「い…いや、ニートって職業が認められたのがびっくりしたと言うか…」
「どんな職業かは知りませんが、職業大百科に載っているものなら認可されます。こちらが身分証になります。あ、転職はいつでも可能ですよ。一度登録した後は転職すると勝手に書き換わる魔法がかけてあります」
小さなシルバーのペンダントトップを差し出し、管理局員は言った。
受け取り、裏返すとナナエの名前と生年月日と職業が書いてある。
「表は好きな宝石を加工して載せてかまいませんよ。女性の方はみんなそうしてますし。あ、じゃあお昼なので窓口閉めますね。御用があればまた明日どうぞ」
「あ…はい…」
釈然としない様子で座っているナナエを全く気にもせず、管理局員は窓口の扉を閉めた。
ナナエの横ではアンナが顎に手を当てて思案中。
後ろではマリーがやっぱりニコニコしながら立っていた。
「ナナエ様。にぃと、とはどのような職業でしょうか?わたくし、恥ずかしながら初めて聞きました」
首をひねりながらアンナが言うと、マリーも「私も初めて聞きました!」と元気に同意する。
アンナの性格上、ニートを性格に説明したら激しく軽蔑の目で見られてしまいそうである。
そして、キラキラしたお目目で聞いてくるマリーの期待も裏切りたくない。
そんな葛藤を覚えながら、ナナエは必死に説明を考える。
「ええっと…主に(親のお金で)各地を(遊び)回ったり、文献や資料(マンガやラノベ)を読み漁ったり、(ネットの掲示板にいい加減な)思想を書いたものを発表して、国を(なんとなく)憂いてみたり、時には(働けと言われて)信念を守るために闘ってみたり、虐げられても不屈の闘志で耐えてみたり。…すごく(楽しくて働くのが)つらくなる職業です…」
「ナナエ様って物凄いお方なのですね!」
ナナエの適当な説明にマリーは尊敬のまなざし、アンナは胡散臭そうにしながら目を細めた。
「それは…賢者とどこが違うのか私にはわかりません」
「あはは…デスヨネー。賢者タイムならあるけど」
「主にどんな能力を得られる職業なのですか?」
「…えっ?」
「私、魔道研究員は魔法の知識や、薬学の知識などを得ます。マリーの侍女は礼儀作法、家事能力などを主に得ます。ニートとは何を得る職業なのでしょう?」
「…え~っと…情報の真偽を見抜く力…とか?情報収集能力とか…?(主にネットからだけど…)」
「…それでは、密偵や学者のような職業なのですね」
「そ、そっかなぁ…あはは。偉い人は言いました!嘘を嘘と見抜けないやつはニートになるなと!」
ナナエは何かが違うと思いはしたがあえてごまかしておく事にした。
やっとニートになれた…。