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<1> はじまり

『働かざるもの食うべからず』とはよく言ったもので、世間からすれば十分大人な桐谷奈々江(きりや ななえ)は働かないと食べていけない。

だから、働く。凄く面倒だけど働いている。


高校卒業して就職して、一人暮らしをはじめて、それから現在25歳に至るまで一応真面目に働いてきた。

途中、初恋の人に告白してこっぴどく振られたり、会社が倒産したり、

ブラック企業に就職しちゃって過労で入院してみたりとか。

ごくごく普通の人生にありがちな世の中の洗礼を受けつつも前向きにやってこれたのは、

何事にもちょっと冷めた目で見てしまう彼女の生来の性格と極度の不精によるものだろう。

何しろ、悶々と悩むということ自体が面倒なのだ。

そんな淡白な性格のおかげで友達と呼べる者もほとんど居なかった。

同僚、とか友達?レベルならそれなりには居るのだが。

職場でも常に当たり障り無く、のらりくらりと過ごして来た。

そして、不精かつ(本人は否定してはいるが)小市民なので、

面倒事も起こさない様、巻き込まれない様、控えめに目立たぬ様に生きるのを良としていた。


そんなナナエが某ブラック企業退職後にとある図書館に就職できたのは凄くラッキーな事だったと言えよう。


何がラッキーかって、その図書館は会社所有の閉架式図書館だから、である。

電話で問合せがあれば書架からその本を探して郵送にて貸出・返却を行っている図書館で、一般には全く知られていない図書館。

毎日、本とにらめっこしながら傷んだ本の修繕や書架の整理、日常の簡単な清掃。

自分のペースでのんびりゆったり。することが無ければ暇つぶしに本を読んだり。

本好きのナナエからすれば、正に天職といっても過言ではない。

(しかも勤務地は自宅アパートから自転車で10分ちょっととか!

 私の為にあるような仕事じゃないか!)

なんて、常にそんなことを言っている。


そんなこんなで、ナナエは毎日楽しく出勤してた訳である。

一昨日迄は。




「な…んなの、これは…」

幾ばくかかすれた声でナナエは呆然とつぶやいた。

きっと夢に違いない。

そう思って頬をつねってみたり、引っ張ってみたり。

(ほっぺ痛いなぁ…)

とかどこか頭の隅でのん気なことを考えながらまわりをもう一度見回した。

(痛む、ってことは夢じゃないってこと?それともつねったら痛いって思い込んでるから痛いの?)


呆然と見知らぬ森の中、柔らかそうな草地の上に正座をして冷静に考えてみる。


さっきまでは確実に勤務先の閉架図書館に居た。

間違いない。

ハンディモップで書架の簡単なお掃除をしていた筈だ。

そしてたまたまナナエは書架の天板の上にちょっと重そうな本が1冊、無造作に置いてあるのを見つけた。

もちろん、一応司書である彼女はきちんと本棚に戻そうと手を伸ばして…

まぁ簡単に言えば、手が滑ってその本が落ちてきたのだ。


頭にめがけて。


そこで彼女の記憶がぷっつり途切れている。

ナナエがふと気になって頭に手をやると、右のおでこの少し上がぬめっとしていた。

恐る恐るその手を目の前に持ってくると、やはり、というか血で濡れている。

(…ってことは)


「私、死んじゃったんだぁ~♪」


思いのほか明るい声が出て、ナナエは自嘲気味に笑った。


まぁ、死んでしまったものは仕方がない。

つまり、この森の中は死後の世界というものか。

もっとこうお花畑~みたいなキラキラした世界とかを想像していたのだが、

現実とはこんなものなんだろう。

少しがっかりだ。


なんて、のん気かつ落ち着いて状況分析をしてみる。

が、頭のキズを認識すると、急に気になって痛い気もしてきた。

血のついた手もなんとなく生臭い。

死後の世界なのに、匂いも感覚もあるとはなんとめんどくさいのだろう。


「しかも、お腹すいてるし」


(死ぬんだったらせめてお昼ご飯食べてから死ねばよかったなぁ・・・)

とか

(あ~、勤務先で死んだら労災降りるのかなぁ?)

とか。

そんな現実的なことばかり考えて、もう冷静すぎる。


「とりあえず、他の幽霊が居るとこ探そう」


何しろ彼女は死に立てホヤホヤだ。

この死後の世界のことを何も知らない。

少しばかり心細くて、いちいち確認するように口にしてしまう独り言も情けない。

いつまでもこんな陰気な場所に居続けるのイヤだし、お腹はすいてるし、手も洗いたい。

それが切実な彼女の今の願いだ。

(とにかく誰かに会って話を聞いて、この世界を案内してもらわないと)

もう死んでいるんだから飢えても死ぬ危険は無いんだし、

面倒だからココでダラダラして過ごしてもいいじゃん。

って気持ちを全て捨てるわけではなかったが、

やっぱり女子としてはこの血がべっとりという状況だけは何とかしたい。

そのためにもココに詳しい人の協力を仰ぎたかった。

そう決断したら、あとは嫌でも腰を上げるしかなかった。

とにかく歩こう。

だらだら、ゴロゴロはその後で十分できるはず。

快適にだらだら、ゴロゴロする為の努力なら惜しまない!

そう、ナナエは自分を奮い立たせて少しだけ明るい方の森の奥へ進んでみることにした。

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