【04-10】
「いえ、います。もう、ひとり。三十年以上勤めている教師が」
「生徒の貴方は知らなくて無理もないけど、ここの教師になるには教員免許が必須なの。国家資格だから、それを確認すれば……」
「それは教科担当だけですよね。教科以外の教師は該当しません。教員免許は不要です」
そう言い切ると、手元の資料に目を落とす。
「宗教の教師については、前任者の推薦を持って就くことが慣例化しているようですね」
「ちょっと待って。私の前任者がずっと『死の九番』だったと言うの?」
「まさか。『死の九番』はひとり。ずっと同じ人間が居座り続けているんです」
「ふふ。じゃあ、私は五十歳くらいになっちゃうわ。そんな年齢に見えるって言われたら、ちょっとショックね」
大袈裟に溜息をついた。
大人の女性らしく膨らんだ胸元。若々しく輝く肌。瑞々しい髪。
誰がどう見ても二十代にしか思えない。
「『死の九番』ほどの強力な術者であれば、外見を変えることもできます。いや、むしろ定期的に外見を変えて、赴任するはずだった教師に化けていると考えるべきです」
「どうにもご都合主義ね。都合の悪いところは怪しい話で誤魔化している感じね。でも、物語として聞く分には楽しかったわ」
軽く肩を竦める。話にならないという意思表示だ。
「そうですね。僕の推測には、突飛な仮定が多分に含まれています。だから、こうして来たんです」
腰を上げながらティカップ、明星が使っていた方を手に取った。
「調べてみたところ、先生は子供の頃に入院していますね。その際の血液検査と遺伝子検査をした。間違いないですよね」
明星の頬が強張った。
その動揺のサインを確認して、颯一が続ける。
「幸いにも、その記録が残っていました。このカップについた唾液と照合し、同一人物であるか確認させて頂きます」
ハッタリだ。
確かに音羽 明星には子供の頃に通院暦があった。
これは教職員データに入っている。
血液検査は行ったと思われるが、遺伝子検査までしたかは解らない。
更にカップに付着した程度の微量な唾液で、正確な検査が行えるかも怪しいところではある。
それでも確信を持っているように言い切った。
『死の九番』は恐ろしい殺人鬼。颯一はその認識を裏返して考えた。
『死の九番』は殺人鬼ではなく、学院のモラルを守る為には殺人すら厭わない歪んだ道徳者であると。
となれば、学院の教職員であるのは間違いない。
では誰が? となると確証はなくなる。
学院の教師もしくは職員である事。
教員免許を持たず、成り代わりが可能である事。
プライベートに近い位置で生徒達と接する機会が多い事。
噂をコントロールできる立場にいる事。
校内を監視できる時間的な余裕がある事。
これらの仮定を重ねて、最も確率の高い答えが音羽 明星だった。
無論、これだけで断定はできない。
だから、賭けに出た。




