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【03-24】

 唐突な行動に眉をひそめるリン。

 

「ん?」

 

 歩美の背中、地味なスーツがびっと縦に避けた。そ

 れだけではない。

 肩や袖が引き裂かれ、腰のベルトが千切れた。

 歩美の細い身体が急速に肥大化していく。

 

 歩美が身体を起した。

 伸びた手足は数倍の太さ。指先には長く鋭い爪が揃う。

 胴体もふた回りは分厚くなっている。

 顔も醜く膨れ上がり、原型を留めていはいない。

 

 獣じみた唸り声を上げるその姿は、まさに完全な化け物。

 あちこち破れながらも身体に残っている服が、唯一残っている人間らしさだ。

 

怨霊鬼おんりょうきとは悪趣味な真似をしよる」


 怨霊。

 恨みなどの強い負の感情が、凝り固まり相手を祟る怪異のひとつ。

 その怨霊を持ち主の肉体に押し込め、人間を生きたまま鬼にする術がある。

 そうして生み出された鬼は怨霊鬼と呼ばれる。

 怨霊鬼は生み出した術者にも制御できず、ただ災厄を撒き散らす存在。

 緑桜家はもちろん、正統な術家では禁術とされ使われる事はない。

 

 怨霊鬼は非常に強大で、位階正七位に匹敵する。

 

 怨霊鬼の長く伸びた爪が薙ぐ。

 凄まじい速度だ。

 

 咄嗟に後ろに跳ぶリン。

 しかし完全には避けきれなかった。シャツの胸元が切れ、うっすらと赤に染まる。

 

「ふん。なかなか楽しませてもらえそうじゃな」

 

 拳を胸の前に置くと、軽快にステップを踏む。

 

 まずは出方を伺うリンに、怨霊鬼が襲い掛かった。

 跳躍して両腕で叩きつける。

 

 リンは軽く身体を捻って攻撃を回避。

 怨霊鬼が体勢を立て直す前に、腹部に拳を打ち込んだ。

 圧倒的な腕力による一撃が、怨霊鬼の巨体をいとも簡単に吹っ飛ばす。

 

 口から体液を撒き散らしながら、数メートル先の外壁に背中からぶつかった。

 コンクリートの壁にクモの巣状の亀裂が広がる。

 

「力加減が難しいの」

 

 リンが愚痴る。

 怨霊鬼のベースとなっているのは、教師の歩美。

 生きたまま捕縛し、颯一に術を解いてもらいたい。

 

 怨霊鬼が身体を起した。殴られた腹を押されながら、じりじりと近付いてくる。

 

 リンは待ちに徹する。

 上下左右に身体を揺らしながら、距離を計る。

 

 リーチに勝る怨霊鬼が先手になった。

 間合い入ると同時に、両腕を繰り出した。

 右腕は上から、左は下方から。鋭い爪によるコンビネーション。

 

 リンはステップイン。

 下からの攻撃を避けつつ、迫る右手を左拳で弾く。

 ボクシングで言うパアリングの要領。

 

 空振りで、怨霊鬼の身体が微かに流れた。

 隙だ。

 しかもリンの距離に移っている。

 

 


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