【03-23】
「え、なんの話ですか?」
「ここまで来て、まだとぼけるつもりなのね。いいわ。あなたがそんなつもりなら、こっちにだって考えがあるのよ」
「先生、何を言ってるんですか? お姉ちゃんのことで話があるからって……」
由梨亜の言葉が途切れた。
歩美の手にナイフが握られていたからだ。
「人をバカにして。もう許さない。どんなに泣こうが喚こうが、絶対に」
歩美が持つのは刃渡り十センチにも満たない果物ナイフ。
それに加え、殺意に満ちた瞳とずれた会話が、得も言えぬ恐怖となって由梨亜に迫ってくる。
由梨亜がくるりと背を向けた。
その動きに歩美が反応。一気に距離を詰めると肩口を掴んだ。
悲鳴を上げながら振り解こうとする由梨亜。
だが歩美の握力は信じられないほど強く、緩みすらしない。
歩美が由梨亜を強引に引き寄せ、背後から首に左腕を巻きつけ抱え込む。
完全に動きを止めると、逆手に持ったナイフを振り上げた。
もがく由梨亜に容赦なく突き下ろす。
その切っ先が由梨亜に触れる寸前で止まった。
小さな手が歩美の手首を掴んでいた。
「ふん。指導と呼ぶには、少々度が過ぎるな」
掴んだ手首を捻り上げ、由梨亜から歩美を引き剥がす。
喉元を押されながら、由梨亜がふらふらと距離を取った。
「リン先輩!」
「先輩とはこそばゆい呼称じゃ。だが、案外と悪くないな」
リンがにいっと笑みを見せる。
「こやつは余に任せておけ。お前はさっさと帰るがいい」
「でも」
「邪魔じゃ! さっさと行け!」
「はい!」
鋭く一喝され、由梨亜が慌てて駆け出す。
去り際に小さく「ありがとうございます」と礼を残して行った。
「さて、次はお前じゃな」
歩美に目を移した。
掴まれた手を外そうと力を込めているが、リンの握力は圧倒的。
小指すら動かない。
「歩美よ。お前には聞きたいことがある」
言いながら、無造作に投げ捨てる。
無様に地面を転がった歩美だったが、すぐさま立ち上がった。
ハイヒールを脱ぎ捨て、奇声を発しながらナイフで切りつける。
そんな物が通じるはずはない。
リンが指で弾くと、刃部分が真ん中から折れて飛んだ。
喉の奥で悲鳴を漏らしながら、歩美が後ずさる。
「お前を駆り立てた者がおるはずじゃ。そやつを教えてもらおうか?」
踏み出したリンの眼前で、歩美が頭を抱えて蹲った。
ぶるぶると震え出す。




