【02-19】
黒マントの攻撃が黒板を叩き割った。
颯一が頭を下げるのが少し遅ければ、命中していただろう。
ギリギリの回避。
体力の消耗が動きを低下させている。
このままではまずい。一か八かで術を撃つべきか。
颯一に焦りが滲む。
「リン!」
乱れた息を抑え、再び呼ぶ。
これで反応がなければ、賭けに出るつもりだった。
直後、教室のドアが吹き飛ぶ。
分厚い木製のドアが外から強引に蹴破られたのだ。
颯一が顔を向けるより早く少女が滑り込んできた。
室内を一瞥。状況を瞬時に把握すると、浮かぶ黒マントに手裏剣を放つ。
全部で七本。狙い違わず全て命中。
黒マントを貫通し、天井に刺さった。
思わぬ攻撃に黒マントが、向きを変える。
颯一から乱入者の少女、舞に。
黒マントの動きは遅かった。
いや、舞の動きが早過ぎたというべきか。
舞は近くの机を足場にして跳躍。黒マントの眼前に迫っていた。
右手には既に抜き身となった薄青の刀身、降魔刀『断ち風』。
斬撃が走った。
黒マントの、人間で言うと左肩口から袈裟懸け。右の裾近くまで一気に断つ。
それで終わりではなかった。
空中で器用に回転。
落下に移る前に横薙ぎ。胴から頭を斬り飛ばす。
最後に身体を捻ると、足から着地した。
スカートが捲り上がらないよう、裾を押さえるという気遣いをしながらである。
背後で驚いているであろう颯一に、「もう、大丈夫よ」と微笑を添えて振り返ろうとしたところで。
「瑞穂さん! 危ない!」
「え?」
完全に仕留めた。と思った。それ故の油断だった。
卓越した戦闘能力を有する舞だが、やはり経験不足は否めない。
舞の身体を見えない塊が叩き付けた。
全身の骨が軋む。
鬼斬りとして鍛え上げられた肉体でなければ致命傷だっただろう。
それでも。
短刀が床に転がる。続いて舞が崩れ落ちた。
見開かれた瞳は虚ろ。完全な朦朧状態。
何事もなかったかのように元に戻った黒マント。
その表面がざわざわと弛む。
黒マントが攻撃を繰り出すまでの間は、ほんのひと呼吸ほど。
迷っている暇はない。
舞を助けようと颯一が黒マントとの間に割って入った。
胸の前で素早く手を動かす。指を絡めたかと思うと放し、また違う形に絡める。
印と呼ばれる特殊な形を次々と作った。
颯一達、『鬼遣い』は、印と真言を中心とした術体系を持つ『法術師』とは違う。
召喚した鬼を前面に押し出し、術者はサポートに回るのがスタイルだ。
『鬼遣い』の名門緑桜家と言えど、それは変わらない。
術者本人が行使できる術は、鬼爪牙のような補助的な物や、五感覚を鬼並に引き上げる探知系くらい。
颯一が作る印も、それ自体に効果はない。
指を複雑な形に動かす事で、瞬発的に集中力を高める。
いわば強力な術を使うためのおなじないに過ぎない。
黒マントが攻撃を放つ寸前で、颯一の印が止まる。
呪力は十分に練れた。




