【02-18】
ぞわぞわとマントが揺れる。
呆然としていた颯一だったが、咄嗟に転がった。
まさに間一髪。颯一の座っていた椅子と机が弾け飛んだ。
丈夫な金属フレームが無惨に歪んでいる。
「リン!」
ポケットから白黒の玉を出しながら叫ぶ。
鬼遣いである颯一と、その鬼であるリンは距離を越えて意思疎通ができるのだ。
「リン! 敵だ! こっちに来て!」
しかし、リンからの返答はない。妨害されている。
となると……。
またもマントが蠢く。
思考を中断して颯一が駆ける。半円の動きで敵と一定の距離を保つ。
不可視の一撃が、逃げる颯一の後ろにあった机を叩き潰す。
わずか二発目で颯一は、黒マントの化け物が繰り出す攻撃の正体が解った。
高圧化した空気の塊だ。
射出時にマントが揺れるのは、周囲の空気を吸い込み、圧縮する為の動き。予備動作なのだろう。
連射性も低く、射程も狭い。しかも攻撃方向は前方のみ。
舞の攻術『断ち風』に比べると、随分とお粗末だ。
三撃目。
破壊された机の木片が、颯一の頬を掠める。
しかし当たれば致命傷は免れない。油断は禁物。
慎重に敵の動きを観察し、四発目の攻撃を凌いだ。
次の攻撃までの隙を衝いて反撃に移る。
目を閉じた。瞬間的な精神統一。
手の中にある白黒の玉が淡い光を持ち始めた。
「緑桜流鬼爪牙!」
鬼爪牙は初歩的な術のひとつ。
刃物に呪力を込める事で、殺傷能力を大幅に高める。
文字通り、鬼の爪や牙の如き威力を宿す事ができるのだ。
手裏剣や刀剣に使うのが一般的だが、颯一の場合は玉状に変化している瑞と翔を強化。
飛行速度と殺傷力を大幅に増加させ、敵を切り裂くという方法を採っている。
白黒の玉が手を離れ、一直線に黒マントに向かった。
黒マントの動きは余りに緩慢。
避けきれず、胴体であるマントが上中下の三つに引き裂かれた。
仕留めたかと颯一が思うよりも早く、バラバラになった身体が元通りにくっついた。
「兄上! こやつの身体はまるで空虚!」
「なんの手応えもなかったでやんすよ!」
颯一の頭に二匹の声が響く。
怪異の中には実態を持たない者が存在する。
思念が集まった物や極小粒子で形成された者達である。
物理的な攻撃を受け付けない彼らは、手強い敵ではあるが無敵ではない。
彼らのような敵に特化した術があるのだ。だが。
二匹の報告に頷きながら、颯一は胸元を押さえた。ずきずきと痛む。鼓動も早い。
次の術にはインターバルが必要だ。




