【02-17】
逡巡するリンの肩に、颯一が優しく手を置く。
「行っておいでよ。昨日も頑張ってもらったし。僕ひとりで大丈夫だから」
その言葉に遠慮しつつも、リンはこくんと頷いた。
チャペルを出ると、校庭の端っこを歩いて教室に向かう。
まだ残暑の厳しい季節であるが、風はひと足早く秋。
熱気の抜けた涼しい流れが、柔らかく肌を撫でていく。
「リンちゃんって歌が上手いんだね。超びっくりだよ」
外でふたりを待ってくれていた陽菜が、素直に意見を述べる。
舞はクラス委員という事で、ひと足先に戻ったらしい。
「余は音楽が得意なのじゃ。大抵の楽器は使えるし、舞いや踊りも見事であるぞ」
「へえ、そりゃ意外だね。私は楽譜も読めないんだよ。颯香ちゃんも音楽得意なの?」
「僕はあまり得意じゃないんだ」
「ハッキリ言って音痴じゃな。鼻歌交じりで料理などしおるが、あれは有毒音波を垂れ流しておるのに近い」
「ははは。そりゃすごそうだ」
「リン、その評価は酷すぎるよ」
「事実とは時に残酷な物なのじゃ」
他愛ない会話をしている内に教室に到着。
数分後に担任の歩美が姿を見せ、特筆すべき事もなくホームルームが終わった。
陽菜を初め部活のある者は支度をして部室へ。
帰宅するクラスメイト達も、わいわいと話しながら教室を後にする。
「じゃあ、職員室に日誌を届けたら戻るわね」
「余は合唱部とやらを見てくる。何かあったら呼ぶのだぞ」
最後に残ったふたりが教室から出ると、颯一だけになった。
数分前の喧騒が掻き消え、しんと静まり返った室内。
颯一は窓から外を眺めた。
グラウンドでウオーミングアップのランニングを始める運動部員が見える。
どこにでもある平凡な学校の放課後といった風情。
『死の九番』という謎の、恐るべき存在が潜んでいるなんて想像すらできない。
颯一達より前から生徒として過ごしている舞。
その舞ですら、『死の九番』が何者であるか、見当すら付いていない。
それに校内に満ちた禍々しい気が邪魔をして、探知系の術は殆ど効果がない。
しかも、リミットは一ヶ月。状況は厳しい。
考えを巡らせる颯一の首を、ふわりと空気が撫でた。
ただの風でない総毛立つ感触。
慌てて視線を向けた颯一は、驚きのあまり目を見開いた。
教室の中心に浮かんでいた。
波間に漂うクラゲを思わせる、ゆらゆらとした動きで。
裾が大きく広がった闇色のマント。
その上部、人間で言えば頭にあたる部分は、黒頭巾になっている。
まるで黒い照る照る坊主。
顔は無機質な白い仮面で、額の中央に描かれた赤いハートがひとつ。




