【02-08】
「こんな言い方してるけど、リンは瑞穂さんの実力を高く買っているんだよ」
「余計なことを言うでない!」
「照れなくていいのに。もちろん、僕も瑞穂さんが手を貸してくれると、とても助かるんだけど。ダメかな?」
「でも、それは……」
言葉が揺れる。
一方的な誤解であれほどの事をした。
何もなかったかのように申し出を受けるなんて、なんとも虫が良すぎるのではないかと思ってしまう。
「負い目があるか。変に真面目で面倒な奴じゃな。では、こうするのはどうじゃ」
手を広げて、舞の前に突き出した。
「一発お前の頬を打つ。それで全て終わり、水に流そう」
粗暴だがシンプルな提案。それ故に後腐れがないも言える。
「いいわ。その代わり、手加減はなし。思い切りよ」
舞が両膝をつく。
リンとの身長差を考慮し、叩きやすい位置まで顔を下げたのだ。
ぐっと奥歯を噛む。
「ふむ。いい顔をしよるの。安心せい。手を抜くような無粋なマネはせん」
ぱきぱきと指を鳴らしてから、リンが手を上げる。
颯一は口を挟まなかった。
鬼であるリン、鬼斬りである舞。自分の肉体を武器として戦うふたり。
ここが武人としての落し所なのだろう。
リンが手を振る。
肌同士がぶつかる乾いた音が鳴り、舞の頬が薄っすら赤くなる。
ひょっとすると頬の内側が切れ、口元に血が滲むかもしれない。
颯一としては、そのくらいを想像していた。
しかし現実は……。
まず音が違った。パンとかパチンとか、そんな生ぬるい物ではない。
ドベジャッ。
濡れた雑巾を、コンクリートの床に全力で叩き付けたような音だった。
直後、舞の身体が飛んだ。天井付近まで。放物線は途中。屋外ならもう数十センチは上がっていたのは間違いない。
頭から壁にごつん。そのまま落ちる。
下がベッドでなく硬い床だったら、大惨事になっていただろう。
「ふむ。やや角度が甘かったな。力が十分に乗らんかった」
己の手を見ながら、リンがひとり省みる。
「リン! やりすぎだよ!」
「いいの。いいのよ」
舞が身体を起す。
何度も頭を振りながら、朦朧とする意識をなんとか覚醒させる。
「このくらいやってもら……おぶぁ」
慌てて口を押さえる。途端に手が真っ赤になった。
口内だけでなく、鼻腔からも血が流れ出していた。
こぼしてベッドを汚さないよう注意しながら。
「ティッシュ、ちょうだい」




