【01-04】
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──九月九日(月)──
常磐颯香。常磐凛子。
黒板に二つの名前を書き終えると、担任教師はチョークを置いて生徒達の方に向き直った。
彼女、吾妻歩美は三十三歳。
身長は女性にしては大きい百六十五センチで、やや痩身。
細面にまとめ上げた髪型という組み合わせだ。
「常磐 颯香さんと凛子さんよ。今日から一ヶ月間、この由緒ある聖アンドリューズ学院の生徒として、共に学ぶことになったの。仲良くしてあげてね。では、簡単に自己紹介をお願いしてもらえるかしら」
「はい。常磐 颯香です。一ヶ月という限られた期間になりますが、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
背丈は歩美よりもやや低いくらい。
整った顔立ちだが、膨らみの少ない身体つきはまるで少年だ。
目の前に座る約四十人の生徒達と同じ制服姿。半袖シャツと、ブルーチェックの膝上スカート。
「リン、挨拶して。ちゃんとだよ」
傍らに立つ小柄な少女が「わかっておる」と頷いた。
首の後ろでリボンまとめた赤味のある長髪が微かに揺れる。
猫みたいな瞳で教室内を一瞥し、すっと胸を張った。
「余が凛子だ。ん、凛子か。どうにも馴染めんな。リンと呼んでくれればいい。特に様付けは不要じゃ。設定では同じ学生ということになっているからな」
しんと教室が静まり返る。
生徒達はおろか、教師の歩美ですら反応に戸惑っていた。
「あの」
堪らず声を出したのは颯香だった。
血の気を失いつつも、ぎこちない笑みを浮かべる。
「妹は小さい頃から外国で過ごしていて、あまり日本語が得意じゃないんです。だから、言葉遣いも怪しくて。その、なんて言うか」
「おい。何を口走っておるのだ?」
「いいから。リンは少し黙ってて」
語尾を強めに伝えるが、その想いは伝わらなかった。
「挨拶しろと言ったり、黙れと言ったり。どうして欲しいのだ?」
「僕は普通にして欲しいだけだって」
「普通か。曖昧な定義を持ち出しおって。まあ、この国の人間は普通という単語に、奇妙なほどの安心感を抱いておるからな」
大袈裟に肩を竦める。
背丈と不釣り合いな言動に、生徒達数名が思わず表情を緩める。
「昨日、何度も練習したじゃないか」
「ふん。あんなのは一晩寝たら綺麗に忘れてしまうのじゃ」
「そんなの全然自慢にならないよ」