【01-32】
「ほう。まだやるのか?」
「当たり前よ! 私は鬼斬りなの! 私が負けたら、誰かか犠牲になる! そんなの絶対にさせない!」
再び短刀を胸の前に。棟に左手を置く。
攻術『断ち風』は完全無欠ではない。不可視と言えど、短刀の動きから軌道が読まれる。
その欠点を補い、より威力を高める秘術を舞は編み出していた。
しかし、術力のキャパシティが低く体術をメインに戦う舞にとって、それは死力を賭けた一撃。
文字通り最後の賭けになる。
先ほどよりも丁寧に気を込めていく。
四肢の感覚が薄れてきた。意識も遠退きかける。
これで限界ギリギリだ。
小太刀を振った。
まずは横。続いて縦、斜め。残った力を掻き集め、何度も小太刀で空間を斬り付ける。
短刀を連続で繰り出す事で、断ち風の軌道を隠す。
全てがフェイントではない。数回に一度は実際に刃を放つ。
リンを直接狙う物、大きく外す物を織り交ぜた。
不可視の刃同士が触れると、互いに干渉して弾き合う性質を持っているのだ。
その反射を計算、様々な角度から、一斉にリンに襲い掛かる。
「これが私の必殺技! 断ち風・嵐散よ!」
叫んだ。
尽きた精神力を気合で補い、横薙ぎで最後の一撃を放つ。
対するリンは細い腕を組んだだけ。
微動だにせず、ただひと言。
「ふん。余には通じんと言ったであろが」
呟いただけだった。
直後。リンの足元、コンクリートの床に亀裂が走った。
彼女を中心に、次々と増えていく。破片を飛び散らしながら、二十数本。
最後にひと際深い亀裂が、リンの数センチ手前に出来た。
舞の表情が凍りつく。
リンを中心に広がる亀裂達が何を意味するかが解っていた。
「ど、どうして……?」
「お前は優秀じゃ。その歳でありながら、体術も攻術も一人前の域に達しつつある。じゃが、経験が足りん。故に己が力を過信し、直線的に当たり過ぎる。不利となれば退くくらいの柔軟性を覚えるが良い」
「迂を以て直となし、患を以て利となす」
短絡的な対処をせずに、迂回しても有効となる策をとるべき。
孫子のひとつだ。
「とりあえず、この場は幕引きじゃな」
宣言すると、リンが一歩踏み出す。
その動きに舞が大きく後ろに跳ぶ。
消耗が激しい。まずは距離を取るしかないとの判断だった。
「え? なに?」
不思議な事が起きた。
着地の放物線を描いていた舞の身体が、いきなり前に流れたのだ。
見えない何かに引き寄せられるかの如く。
自分の意思とは逆にリンの眼前に降りてしまう。
リンが右手で舞の腹に軽く触れた。
それだけの動きだった。
舞は覚悟する暇もなかった。
高所から叩きつけられたほどのショックが、全身を駆け抜ける。
一瞬にして世界が暗転した。




