【01-31】
がちっと音を立てて、退魔鋼の刃が折れた。
「そ、そんな」
動揺が舞のバランスを崩した。
無様に落下して尻餅をつく。
「今の余は鋼より遥かに硬い。退魔鋼くらいでは傷も付かぬ」
奥歯を軋ませながらも、舞はとりあえず転がって距離を開けた。
素早く立ち上がり、はっと気付いた。
短刀はリンに取られたままだ。
「まったく粗忽な娘じゃな。まあいい」
リンが舞の足元に短刀を放り投げた。
真意を図りかねて、舞の視線がリンと短刀を忙しなく往復する。
「安心せい。余は小細工を好まぬ」
「直ぐに後悔させてあげるんだから」
どの道、降魔刀がなければ戦えない。
拾い上げた。
そのまま間合いを詰め、地面すれすれの位置から斬り上げる。
狙い澄ました一撃が逸れた。
リンが刃に触れず、指先で刀身を弾いたのだ。
すぐさま短刀を握り直し斬り下ろす。
だが、難なく防がれた。
矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。でも、当たらない。まるでバリヤー。
掠める事すらできない。
「太刀筋は悪くないがまだ未熟じゃな。こんなの朝まで続けても無意味だぞ」
「な、なんですって!」
力の差は歴然。
その事実が、じわじわと舞の心を蝕み始めていた。
声を荒げる事で、なんとか恐怖を押し込める。
大きくバックステップして、ふうっと跳ねた息を整えた。
「いいわ。奥の手を見せてあげる」
短刀を胸の前に置いて、棟に左手を当てた。何度か深く呼吸。目を閉じて刀身に意識を集中させる。
余りに隙だらけ。自殺行為に近い。舞自身、それは解っている。だが、自分の持つ技で、リンを倒せるのはこれしかないのだ。
「ふふん。なかなか面白そうな芸があるようだな」
一方のリンは無粋な真似をせずに、じっと舞の攻撃を待つ。
数十秒。密度の高い時間が流れる。
舞が目を開いた。
ぐっと力を入れて短刀を水平に走らせる。
舞の持つ降魔刀、『断ち風』は数ある降魔刀の中でも、業物と言われる名刀のひとつ。
強力な呪力が込められており、刀身に込められた気を不可視の刃として放つ事ができる。
その威力は凄まじく、その名の通り、全てを断ち斬る風と化す。
リンが左に半歩跳んだ。
数本の髪が散り、頬にすっと赤い筋が出来た。
舞は驚愕した。
風と呼称されるが、不可視の刃は空気を揺らさない。
絶対に見切れないはず。
「見事であったぞ。奥の手というだけはある。気配もなければ、切れ味も抜群。発動に時間が掛かるのは難点であるが、撃てば大抵の怪異を仕留められる技じゃな」
微かに流れる血を指先で拭き取った。
「しかし所詮は人の術じゃ。鬼である余には通じん」
リンが指を鳴らした。直後、舞の左頬が浅く切れた。
リンの傷とほぼ同じ位置だ。
舞は呆然とするしかない。何故なら。
「この程度の術を真似るなぞ造作もない」
何年も掛けて習得した術を、リンは指を鳴らすだけで再現させたからだ。
「だからって」
ぐっと唇を噛んで、床を踏んだ。
「だからって負けられない! 化け物なんかに負けるもんか!」




