【01-30】
「いいわ。もう一度、眠らせるだけだから」
すっと踏み出す舞に対し、颯一が身構える。
と、その後頭部をリンがはたいた。
「熱くなるな。お前が正面切って戦える相手ではない」
「でも!」
「お前に人を殺めることができるのか?」
残酷な問いに颯一の表情が強張った。
「ふん。相変わらず甘いの。じゃが、お前はそれでいい」
颯一の前に進む。
その小さな身体で、その傷だらけの身体で。それでも彼を庇うように立ちはだかる。
「颯一、余を開放するのじゃ。あやつは強い。この格好では殺す気でなければ負ける」
リンの要求に僅かに迷いを見せたが、直ぐに首肯。
「繋がれし力を開放する! 解呪!」
リンの首の後ろ。
髪を束ねていたエンジのリボンが、はらりと解けた。
リンの髪が広がる。
赤味がぐんと増し、人を遥かに超えた色に変わっていく。
変化はそれだけではなかった。まず目、瞳孔が円形から縦のスリット、まるで猫の瞳に変わる。色も黒から銀に。
続いて額。亀裂が走ったかと思うと、二センチほどの黒光りする角が突き出る。
口元からはみ出るほどに犬歯が伸びた。
「颯一、お前は下がっておれ。安心せい。軽く揉んでやるだけじゃ。殺しはせぬ」
その容姿に似合わぬ子供っぽい声のままだ。
リンの変化に唖然としてた舞が、はっと我に返った。
「化け物らしくなったわね。これなら良心の呵責なく殺せるわ」
減らず口を叩きながら、リンの様子を分析する。
足元にぽたぽたと落ちる血滴。出血はまだ止まっていない。消耗は激しい。肩は深手のはず。左腕は満足に動かないだろう。
リンの能力が跳ね上がり、自分と同階位の正六位に匹敵したとしても、圧倒的有利は揺るがない。
回復する間を与えず、一気に圧倒するのが正解。しかし。
じりっと舞が下がる。
本能的な何かが距離を開けさせたのだ。
「どうした? 逃げるなら見逃してやるぞ?」
「舐めないで!」
一喝で闘志を奮い起こすと、リンに駆け寄る。
二メートルまで近付いたところで跳躍。
落下の勢いに渾身の力を乗せて、最高速の斬撃を繰り出した。
狙いは鬼の急所、首元だ。
刃が止まった。リンの首から数ミリの位置。
リンの右手、正確には右手の親指と人差し指が刀身を摘んでいた。
神業的な防御に焦りつつも、舞が左足で右靴の踵に触れる。
仕込みが作動、右の爪先から退魔鋼の刃先が飛び出した。
身体を大きく捻り、脇腹に蹴り込む。




