エピローグ -1-
【エピローグ】
──十月六日(日)──
コーヒーの甘い香りと、柔らかい午後の日差しがゆったりと空間を満たしている。
喫茶『ハーロック』は古風な喫茶店だ。
駅前のショッピングモール地下三階。
奥まった場所にある、知る人ぞ知る店である。
颯一とリン、純の三人はいつもの席。
レジから最も離れた窓際に座った。
日曜の午後二時。
普段なら閑散としている店内が、今日は珍しく人が多い。
それも店の雰囲気にそぐわない男子学生ばかりだ。
「解決してほっとしましたよ」
薄っぺらい声で切り出したのは初瀬 純だった。
相変わらずよれよれの紺色スーツ。
醸し出す頼りなさは、絶対に刑事に見えない。
「今回は色々とありがとうございました。無事に解決できたのも、純さんのお陰ですよ」
「え? そうですかねぇ? いやいや、そう言われると照れちゃいますよぉ」
「社交辞令じゃ。愚か者」
へらへらと笑う純をリンが諌める。
颯一とリンは、相変わらずラフな私服だ。
「そうですよね。やっぱり」
しゅんと肩を落とす純に、颯一はつい苦笑してしまう。
「詳細については、さっき渡した報告書に書かせてもらっていますが。竜脈の交差地点という稀な場所であった点と、高度な術により作り出されたキリスト像。このふたつに目を付けた偽神の仕業でした」
偽神の憑代となっていたキリスト像は、戦国時代後期から鎖国中に殉教した信者の持ち物、ロザリオ等を鋳潰して作った特殊な物。
強力な術力を秘めていた。
この像と竜脈。当時の宣教師達があの地を、信仰の拠点にしようと考えていたのが解る。
「偽神って、下級の怪異なんですよね。そんなやつがここまでのことをするなんて」
「怪異にも個体差がありますからね。特に頭の回るやつでした。今後は認識を改めるべきかも知れません」
「そうですか。難しいことは良く解りませんが、報告書に書いて頂いてますよね。じゃあ、問題なしです」
ややこしい事は上に丸投げである。
相変わらずの態度だが、それなりに付き合いの長い颯一にとってはいつもの事だ。
「ところで、純さん。頼んでいた件なんですが」
颯一の問いに純の表情が曇った。
「はい。音羽 明星さんのご家族ですが、所在を確認できませんでした。歴代の宗教担当の教師についても、ご家族や親しい人達は……」
「そうですか」
個人に成り代わるというのは簡単な事ではない。
外見を似せても、言動に注意しても、必ずボロが出る。
それなのに今まで正体を隠し通せたというのは、何らかの仕掛けがあると睨んだのだが。
「かなりの人数になりますね」
音羽 明星。あの優しく穏やかで生徒想いの顔の裏側に、こんなにも多くの死が隠されているなんて。




