【05-25】
「ふん。そんな生易しい物ではない。余が食らうのは颯一の命運じゃ」
「命運? なにそれ? どういうこと?」
「命運とは人の存在そのものと思えばいい。命運が尽きた人間は消える。よいか。死ぬのではない。消えるのだ。命運が尽きたと同時に突然な!」
語気を荒げて、床を踏み鳴らす。
「誰も颯一がいたことすら忘れる! お前も余もな! 緑桜 颯一は、この世に最初からいなかったことになるのだ! この意味が解るか!」
あまりの衝撃に、舞はひと言も発する事ができなかった。
自分は『鬼斬り』。
命を掛けて怪異から人を護っている自負がある。
自分の命が誰かの命を救える。誰かの笑顔を護れる。
力及ばず倒れる事があっても、遺せる物がある。
だから戦えるのだ。だが、颯一は……。
ふうっとリンが息をついた。
熱くなった感情を呼気と共に吐き出す。
「余の解放には、数年分の命運が必要なはずじゃ。もう、颯一は何度も余の力を解放しておる。明日にでも、いや、この瞬間にも、消えてしまうやも知れぬ」
「そんな、そんなのって酷すぎるわよ」
ぶるぶると小刻みに震えた。
堪えきれず涙が溢れる。
「すべては余のせいじゃ。あの時、余が、あんな約束をしなければ……。なんと思われようと去っておれば……」
「それは違うよ」
優しい声に、リンと舞が目を向ける。
颯一が布団からゆっくりと身体を起こした。
顔は蒼白、明らかな消耗が見える。
「リンがいなければ、僕は路を踏み外していたよ。周囲を呪って、多くの人を傷付け、殺めていたと思う。そんな風になるよりは、今の方が何倍も幸せだよ」
そう言って微笑んだ。
弱々しくも明るい表情。悔いは欠片も見えない。
「それよりごめんね。ふたりに任せきりにしちゃって」
「颯一、もう少し休んでおれ」
「そうはいかないよ。せめてここの片付けくらいはしないと、さ」
立ち上がった。まだ足元が覚束ない様子ではある。
「ね、戦わないわけにはいかないの?」
怪異と関わる事を止めれば、これ以上命運を擦り減らす事はないはずだ。
真剣な瞳で尋ねる舞に、リンは小さく首を振った。
その話は今まで何度もやってきた。でも答えはいつも同じ。
「そういうわけにはいかないよ。僕の力で護れる物があるなら、それを見捨てたりはできない」
「全部忘れられちゃっても?」
「瑞穂さんも同じじゃないかな」
そんな残酷な問いにも、颯一は笑顔を崩さなかった。
「僕達は誰かに感謝されたくて戦っているわけじゃないし。何かを遺したくて戦っているわけじゃない。護りたい物があるから戦っているんだよね」
舞が息を飲んだ。
遺せる物があるから戦える。
そう思っていた自分より、遥か先を進んでいるんだ。
「敵わないな。全然」
「当たり前じゃ。余の主なのじゃぞ」
舞の呟きを耳聡く聞きつけたリンが小声で返した。
「え? なに?」
届かなかった颯一が、改めて聞きなおすが。
「なんでもない。おんなごには色々とあるのじゃ」
「ま、そういうことね。とにかく帰ろ。今日はちょっとヘビーだったし」
「そうだね。後は僕が戻しておくから」
「バカを言うでない。お前の消耗が一番大きいのじゃ。そこの二匹に任せておけばいいのじゃ」
部屋の隅でぐったりと蹲っていた、二匹の小鬼を指差す。
「あ、あっしらでやんすか?」
「お待ちくだされ、姐上。我らも消耗が激しく……」
「んあ? いつから余に口答えできる身分になったのじゃ?」
「そんな、酷いでやんすよ」
緩い笑いが起こった。




