表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/141

【05-25】

「ふん。そんな生易しい物ではない。余が食らうのは颯一の命運じゃ」

「命運? なにそれ? どういうこと?」

「命運とは人の存在そのものと思えばいい。命運が尽きた人間は消える。よいか。死ぬのではない。消えるのだ。命運が尽きたと同時に突然な!」

 

 語気を荒げて、床を踏み鳴らす。

 

「誰も颯一がいたことすら忘れる! お前も余もな! 緑桜 颯一は、この世に最初からいなかったことになるのだ! この意味が解るか!」

 

 あまりの衝撃に、舞はひと言も発する事ができなかった。

 

 自分は『鬼斬り』。

 命を掛けて怪異から人を護っている自負がある。

 自分の命が誰かの命を救える。誰かの笑顔を護れる。

 力及ばず倒れる事があっても、遺せる物がある。

 だから戦えるのだ。だが、颯一は……。

 

 ふうっとリンが息をついた。

 熱くなった感情を呼気と共に吐き出す。

 

「余の解放には、数年分の命運が必要なはずじゃ。もう、颯一は何度も余の力を解放しておる。明日にでも、いや、この瞬間にも、消えてしまうやも知れぬ」

「そんな、そんなのって酷すぎるわよ」

 

 ぶるぶると小刻みに震えた。

 堪えきれず涙が溢れる。

 

「すべては余のせいじゃ。あの時、余が、あんな約束をしなければ……。なんと思われようと去っておれば……」

「それは違うよ」

 

 優しい声に、リンと舞が目を向ける。

 

 颯一が布団からゆっくりと身体を起こした。

 顔は蒼白、明らかな消耗が見える。

 

「リンがいなければ、僕は路を踏み外していたよ。周囲を呪って、多くの人を傷付け、殺めていたと思う。そんな風になるよりは、今の方が何倍も幸せだよ」

 

 そう言って微笑んだ。

 弱々しくも明るい表情。悔いは欠片も見えない。

 

「それよりごめんね。ふたりに任せきりにしちゃって」

「颯一、もう少し休んでおれ」

「そうはいかないよ。せめてここの片付けくらいはしないと、さ」

 

 立ち上がった。まだ足元が覚束ない様子ではある。

 

「ね、戦わないわけにはいかないの?」

 

 怪異と関わる事を止めれば、これ以上命運を擦り減らす事はないはずだ。

 

 真剣な瞳で尋ねる舞に、リンは小さく首を振った。

 その話は今まで何度もやってきた。でも答えはいつも同じ。

 

「そういうわけにはいかないよ。僕の力で護れる物があるなら、それを見捨てたりはできない」

「全部忘れられちゃっても?」

「瑞穂さんも同じじゃないかな」

 

 そんな残酷な問いにも、颯一は笑顔を崩さなかった。

 

「僕達は誰かに感謝されたくて戦っているわけじゃないし。何かを遺したくて戦っているわけじゃない。護りたい物があるから戦っているんだよね」

 

 舞が息を飲んだ。

 

 遺せる物があるから戦える。

 そう思っていた自分より、遥か先を進んでいるんだ。

 

「敵わないな。全然」

「当たり前じゃ。余の主なのじゃぞ」

 

 舞の呟きを耳聡く聞きつけたリンが小声で返した。

 

「え? なに?」

 

 届かなかった颯一が、改めて聞きなおすが。

 

「なんでもない。おんなごには色々とあるのじゃ」

「ま、そういうことね。とにかく帰ろ。今日はちょっとヘビーだったし」

「そうだね。後は僕が戻しておくから」

「バカを言うでない。お前の消耗が一番大きいのじゃ。そこの二匹に任せておけばいいのじゃ」

 

 部屋の隅でぐったりと蹲っていた、二匹の小鬼を指差す。

 

「あ、あっしらでやんすか?」

「お待ちくだされ、姐上。我らも消耗が激しく……」

「んあ? いつから余に口答えできる身分になったのじゃ?」

「そんな、酷いでやんすよ」

 

 緩い笑いが起こった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ