【05-23】
「ふん。もう終わった」
そう残して、リンがゆっくりと背を向けた。
あまりに緩慢で遅い動き。
隙ありとばかりに拳を打ち込もうとするが。
身体が動かない。全身が重いのだ。
力を込めるが、僅か一ミリ動くのに数分は掛かってしまう。
いや、決して自分だけが遅いわけではない。
目の前にいるリンの動きもだ。
まるで時間の流れ全体が遅くなったような。
めきめきと耳障りな音が思考を中断させた。
気が遠くなるほどの時間を掛けて、目を向ける。
黒い球体が肩の上に出来ていた。
大きさは直径一センチ。よく見ると玉ではなく、ぐるぐると渦を巻いている。
直後、先ほどの音の正体が解った。
この黒い玉が、自分の身体を吸い込んでいるのだ。少しずつ。
自分の身体が、自分という存在が、徐々に吸い込まれていく。
なんの抵抗もできず、永遠と思える時間を掛けて磨り潰される。
幸いにも痛みを感じない。
いや痛みがあれば意識が途絶え、救いになっていただろう。
「永遠に近い苦しみの後、死を迎えることになる」
リンの言葉を思い出す。
あまりの恐怖に悲鳴を上げた。だが、その声が形になったのは、何日も過ぎてからだった。
※ ※ ※
舞は見ていた。
明星の肩口に出来た黒い何かが、瞬きするほどの時間で明星を吸い込んでしまったのを。
「何が起こったの?」
「奈落に落とした」
リンが端的に告げる。
しかし舞は意味が解らず、眉を顰めてしまう。
「奈落とはな。とてつもなく重い空間の塊じゃ」
「重い?」
「余も正確には知らぬが、この星よりも何十倍も重いのじゃ」
「そんな」
バカなと言い掛けたところで止めた。
ブラックホールと言う単語が浮かんだのだ。
「奈落は時の流れすら歪める。余らにとっては一瞬であったが、あやつには数百年にも感じる長さであったであろな」
残酷な、と思った舞だったが、あの怪異がやって来た事。
これからやろうとした事を考えれば、行き過ぎた物とは言えないかもしれない。
「余は寛大で慈愛に満ちておるが、歯向かう者には残酷じゃ。鬼故な」
舞の表情から心境を読んだのか、そう言ってにんまりと牙を覗かせる。
「む。そろそろ時間じゃな。とりあえずは教室に戻るぞ」
そう告げた直後。ふたりは室内に立っていた。




