【05-15】
術者と鬼、両者の同意という精神的な交わりと、双方の一部を体内に取り込むという物理的な交わり。
このふたつが揃う事で、双方の魂が繋がる。
とは言え、鬼が人間の支配下に入る事を了承するはずがない。
呼び出した術者にとって、鬼を屈服させるのは至難の業なのだ。
「颯一よ。余の主として、恥ずかしくない術者になるのじゃぞ」
「うん」
力強く答え颯一だったが。
「ぐうぅっ」
突如、胸元を押さえ蹲った。
「ど、どうしたというのじゃ?」
慌てて抱き寄せる。
頬からは血の気が消え、呼吸も浅く今にも途絶えそう。
「颯一、しっかりせい! 颯一!」
額に唇を当て、息吹を吹き込む。
普通の生き物であれば、どんな傷も病もたちどころに回復させる力だ。
「何故じゃ! 何故!」
何度も吹き込むが、一向に治る気配はない。
むしろ、肌は土色。白目を剥いて、小刻みに痙攣し始めている。
「こ、このままでは! このままでは死んでしまうではないか!」
焦りが苛立ちになり、どんと床を踏み鳴らす。
その時だ。
乱暴に扉が開け放たれ、数枚の札が飛んできた。
リンの周囲を漂いながら、それぞれが淡く輝き始める。
「封魔の呪符だと! このような物が余に通じると思っておるのか!」
瞳を見開いた。金色の猫眼に怒りが宿る。
「お待ちくだされ! その札は、その子の命を護るためにございます!」
言うが早いか、一人の男が走り込んできた。
浅葱色の袴と白い半襦袢姿を着た壮年の男性。かっしりとした身体は鍛えこまれているのが解る。
意志の強そうな精悍な顔には、今、焦りが汗となって浮いていた。
「私はその子、颯一の父。緑桜家の当主、颯志朗にございます!」
「ん? 当主じゃと?」
「愚息の命を護るため、今しばらくの無礼をお許しくだされ!」
さっと座ると、深く頭を下げた。
「説明してもらおうか?」
腕の中にいる颯一の呼吸は落ち着きつつある。
どうやら危機は脱したようだ。
「まさか、颯一が姫君様を呼び出そうとは、考えもしておりませんでした」
「無論じゃ。並みの人間が余を呼ぶことなどできぬ。この子は凄い才能を秘めておるぞ。将来が楽しみじゃ」
「しかも、呼び出すだけでは飽き足らず。よもや誓いの儀まで結んでしまうとは」
「余は子供が嫌いではない故な。こういうのも良かろう」
「姫君様」
颯志朗が居住まいを正した。
「その誓い。反故にして頂きとうお願い申し上げます」




