【05-11】
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──十年前──
ゆっくりと目を開いた。
全体的に薄暗かった。足元、床は板張りで丁寧に磨き上げられている。
だだっ広い。二十畳を越える部屋。
武技や術を鍛錬する道場なのだろう。
大きく息を吐いた。
呼気が白い。かなり冷え込んでいる。
首を動かすと、ぐききと骨が軋んだ。ふわわっと気だるい欠伸が出る。
身を包む豪奢な着物が擦れ、微かな音を立てた。
「むぅ。余を呼び出したのは誰じゃ?」
平坦な声で告げながら、のんびりと周囲を見回す。
「僕だ!」
「んぁ?」
随分と低いところから返事があった。視線を落とすと子供がひとり。
藍色の作務衣を着た。短髪の男の子。
柔らかそうな頬は、健康的な色をしている。顔立ちは愛らしい。
「可愛い童じゃのう。おんなごであれば、麗しく育ったであろな」
手を伸ばし、頭を撫でた。
鋭い爪が触れぬように、細心の注意を払いながらだ。
「僕だ。僕が呼んだ」
「解った解った。ちょっと静かにしておるのじゃぞ」
優しく告げると、声のボリュームを上げる
「余は寛大じゃが、下らぬ冗談の類を好まぬ。姿を見せぬというのであれば、それなりの覚悟があると見なすがよいのじゃな?」
しかし、返事はない。
そもそも他に人の気配すらないのだ。
「むう。どういうことじゃ。寝ぼけて出てきてしもうたか」
優美な眉を顰めた。
怠惰な性格である事は解っている。
ゆるゆると寝ていられるのであれば、いつまでも眠り続けてしまう性分だ。
「呼んだのは僕だ!」
三度目の主張。
まさかと思いつつも、床に膝をついて視線を合わせた。
「童よ。本当にお前が呼んだというのか? どうにも信じられぬが」
「本当だ。僕が呼んだ」
男の子は手にしたノートを、どうだとばかりに突きつけた。
子供らしい大きな平仮名が並んでいる。
「む。確かに余の招請ではあるな。じゃが、こんな童がまさか。いや待てよ。この力は」
小さな身体から溢れる呪力を感じる。
これほどの力は万人にひとりもいない。
「治朗に勝るとも劣らぬ。いや、歳を考えればそれ以上の才覚かも知れぬな。まあよい。こんな童に呼ばれるというのも粋なものじゃ」
あまり物事を深く考えないで先に話を進める。




