【05-05】
瑞と翔も、術力を放出させていた。
微力ではあるが、颯一の負担を少しは軽くできる。
壁掛け時計の音だけが、こつこつと続く。
数秒が数分に思える時間。
ようやくにして術力は満ちた。
颯一が大きく息を吸い。リンの方に両手をかざす。
「すべての枷を断ち切る」
颯一の力が抜ける。
全身の血が、いや、魂自体が吸い上げられいくほどの脱力感。
どんどん意識が薄れ、混濁していく。
ぶるるっとリンが身体を震わす。
流れ込む力に、小さな呻きを漏らした。
まだ残っていた傷が、たちどころに塞がる。
「真の姿と力を汝に戻す」
朦朧としながらも、最後の言葉を継げる。
「開放!」
ぐぐっとリンの身体が膨れる。
まだ残っていた血みどろの制服が耐え切れず亀裂を走らせた。
腕が、足が徐々に伸び始める。ほっそりとしいた四肢が、次第に丸みを帯びていく。
髪の赤みが増し、まるで輝くように染まった。
肉体の膨張に服が弾け飛ぶ。
身長は小柄な颯一より、数センチ高く。
平らだった胸は柔らかく膨らみ、腰からは緩やかな曲線を描く。
愛らしい子供の顔に、艶やかさが混じり合う。童女から女性に。
瞳を開いた。猫眼は透き通る金色。
桜色の唇から覗く鋭い犬歯が、アンバランスな獣性を漂わせる。
額の角もふた回りほど太い。
「この身体はしっくりくるな」
甘味の増した声で呟く。
一糸まとわぬその姿は、神秘的な美しさすらあった。
ふらりと颯一が揺れる。
激しい術力の消耗に、立っている事すら出来なくなったのだ。
リンが音もなく近づき、倒れ込む颯一を優しく抱きとめる。
「リン」
「また無理をさせたな。後のことは余に任せておくがいい」
弱々しく頷くと颯一は、静かに目を閉じた。
右腕で颯一を抱えたまま、左手を耳の上に。
キラキラと輝く髪を一本引き抜いて落とした。
冷たい床に、ふかふかの布団ができる。
そっと颯一を寝かすと、鬼とは思えぬ穏やかな表情で見つめた。
「姐さん。急がねえと」
「解っておる」
名残惜しそうに颯一の頬をひと撫でして、立ち上がる。
もう一本髪を抜き、空中に流した。
鮮やかな布が何枚も生まれる。ふわりとリンに纏わり付くと、豪奢な着物に変わっていく。
その形は教科書に載っている平安貴族の十二単。
「後は任せたぞ。もし颯一が少しでも傷つくようなことがあれば」
「わ、我らにお任せくだされ」
深々と平伏する二匹の小鬼。頭を上げると、既にリンの姿はなかった。




