【01-11】
東校舎の三階。
無人となった廊下を並んで歩きながら颯一が尋ねる。
「ふむ。想像以上につまらんな」
リンが溜息交じりで答えた。
彼女にしては珍しく、疲労がありありと見て取れる。
「授業と言うのが退屈でたまらん。ぐだぐだと本を読み上げたり、意味不明の数字を黒板に並べたり、果ては異国の言葉と称して面妖な呪文を刷り込もうとしよる。あんな下らんことより、武術や占術に時間を割く方が有意義じゃ」
「そっか。リンには不評だったみたいだね。予想通りだけど」
「だが、学友連中は気に入ったぞ。なかなか面白い連中じゃ」
自己紹介が好評だったのか。
クラスにはすんなりと馴染む事ができた。
「いい人ばかりだよね」
クラス委員を初め、数名の生徒が校内の案内を買って出てくれた。
転入手続きが残っている事を告げ、明日に順延してもらったのだ。
「颯一よ、おんなごに囲まれ、浮かれてばかりではいかんぞ。我らにはやるべきことがあるのだ」
「浮かれてなんかいないよ」
「ふん。なら良いが。普段以上に、へらへらしておるように見えたのでな」
「へらへらなんかしてないってば」
「まあいい。それよりも、気付いておるか?」
「もちろんだよ。ここの敷地内は禍々しい気配に満ちてる。かなり技量のある術者か強力な怪異が潜んでいるのは間違いないね。しかも霧みたいに、ぼんやり全体を覆っている感じでさ。正直なところ、相手がどこにいるのか解らないよ」
「そうか。校内をぐるっと歩いてみたが、どうやら無駄足というわけだな」
「いや、違うよ。リン」
廊下の真ん中に差し掛かったところで足を止めた。
その顔に緊張が走る。
「どうした?」
「あっちに先手を取ら……」
颯一の言葉が終わるよりも早く、前の教室のドアが吹き飛んだ。
獣じみた唸り声を漏らしながら、巨大な化け物が廊下に姿を現す。
まさに異形だった。
二メートルを優に超える体躯は、はち切れんばかりの筋肉で覆われている。
肌は濁った群青色。頭部は牛に近く、赤い瞳が爛々と輝いている。
リンの胴体よりも太い腕には、金属製の無骨な棍棒。
牛頭鬼。地獄の獄卒と伝えられる化け物だ。
咄嗟に身構える颯一とリン。
今度はふたりの後ろ。
轟音と共に、さっき通り過ぎた教室の壁が崩れた。
もうもうと上がる土埃の中から、もう一体。赤黒い肌に、馬の頭の怪物だった。
青い目で颯一達を捉えると、不快な嘶きを上げる。
牛頭鬼と同じ棍棒を手にしていた。
馬頭鬼。牛頭鬼と同じく地獄の鬼とされる。




