どこにでもいる高校生の話。
春の生暖かい風が…だるい。
高校生になって1年。
中学と同様サッカー部に入部し
毎日夜まで部活があり、
勉強は人並みにこなしながら
まあ、高校生ってこんなもんだろ、
と思える毎日が過ぎている。
気づけば初めての春休みに入り、
貴重なOFFをベッドの上で
ぼんやりと過ごしていた。
あー、ねみー。
大きなあくびをして寝返りをうつ。
っと、携帯、携帯…
手探りで愛用歴1年のiPhoneを探す。
昨日も携帯を意味もなくいじりながら
夜中まで起きていた。
確か眠くなって枕元に置いといたよな、
お、あった。
右上のボタンを押し、ロック画面を開く。
素早く5151と入力し、画面を覗き込んだ。
メールだ。
一斉送信で俺の友人、田中淳也から
クラス40名宛のメールが一件届いていた。
メールを開くと
『 打ち上げのお知らせ!
1年間楽しかったよな!
みんなどうもありがとう!!
そんな面子で打ち上げやらねえ?
希望者は俺にメール返して!
できれば全員参加な
内容は○○駅の近くのバイキング!
あ、明日な!』
あー、打ち上げねぇ。
携帯を持った手を頭の上に振り上げる。
確かに楽しかった。
行事のクラス全体のノリも良かったし、
休み時間は男女関係なくにぎやかだった。
時には、淳也と犬猿の仲の小田淳菜が
消しゴムを投げ合ったり
プリントをビリビリにして散らかす
大げんかもあったが
それも含めていいクラスだったと思う。
あいつら、結局付き合ったんだっけ。
そんなことを考えてたら
ふと、昨日のことを思い出した。
ーーーあー…では、何か一言ある奴いるか?
はいはい!あります!!
よし、じゃあ淳也
おほんっ。えー、1年間ありがとう!
俺はこのクラスが大好きです!
そしてもう一人、俺は淳菜が好きだー!!
お!ついに言ったな淳也!
お前男だよ!
淳也かっこいいじゃーんっ
ち、ちょっと!
あんたいきなりなに言ってんのよ!
てゆーか、ちょっと…待ってよ……。
好きだ!
返事を聞かせろ!!
だっ…から、先生!
もう解散でお願いします!
おい淳菜!なんだそれは!
あーはいはい。
じゃあみんな立てーっ
うぉい!まだ返事を…
2年になってもそれぞれ頑張るように!
さようなら!
さようならー
おいこら!淳菜!こっちこい!!
ーーそのまま2人でどっか行って、
淳也を待っていた俺のところに
しばらくして全力で走ってきた男がいた。
そいつの顔はほころんでいて
あ、うまくいったんだなと思った。
俺は…俺は何をしていたんだろう。
反対側に、また寝返りをうつ。
行事だって団体種目こそ、
足を引っ張らないよう練習したが
すべて人並みに。
誰かより出来ていればそこで満足。
大縄だってみんなでかい声で
数を数えていたが、
俺は口さえ開いていない。
個人種目の100m走は
ゴールの目の前で誰かに抜かされて
最後は力をふっと抜いていた。
文化祭も言われるがままに仕事をこなし
自分の仕事が終わると
一人ぼんやり端のほうで座っていた。
こんなもんだろ。
いつも頭のなかで呟いていた気がする。
だからこそ隣の淳也が眩しかった。
行事の中心になっていつも大声で叫んでいて
いつだって全力だった。
最初から淳菜のことを
好きだったのも知っている。
いきなりメアドを聞き出して
5月らへんには自然と話をする仲
になっていて
俺も少し、いいなと思っていたが、
もうかなわないな、と思った。
なんかもう、いいや。
そのまま携帯を放り出し
むくりと起き上がった。
ーーーー
んー…
昨日とはうってかわって少し肌寒い。
部活帰りの気だるい体をソファに預けた。
つかれた…
静かな空気を切り裂くように
携帯が音を立てた。
あー、うるせ。
ポケットから取り出す。
もしもし?
おー直人!もう帰ってるのか?
ああ。
あんだと⁉帰ってるのかよ!
なんだよ、わりーかよ。
わりーだろ!なんで来ないんだよ!
俺は直人のこと待ってるのに!!
ー?
ああ、そういえば打ち上げだった。
行かねーよ。
なんでだよ⁉
クラスの奴らもほとんど来てるぞ!
ほとんどねー…。須藤も?
須藤?……お、おう。いるぞ!
てか、そうじゃなくて!来いよ!
いいだろ。別に。
俺が行かなくても変わんねえよ。
な…んだよ!それ!!
変わるに決まってんだろ!
俺はお前がいたから
1年間楽しかったんだぞ!
なのにお前来なかったら意味ねえじゃん!
俺が来なかったら?
おお!つまんない!
ーふっ、と笑みがこぼれる。
なんだよそれ、気持ちわりいな。
あんだと⁉
……今から行く。
素早く携帯を切った。
ジャージのまま、ポケットに
財布と携帯を突っ込み家を飛び出した。
日が暮れそうだ。
鍵がささったまんまの自転車にまたがり
駅に走らせる。
まだ顔は少し緩んでいる。
淳也の強い一言が頭に響く。
ずっと…ずっと考えてたんだ。
俺に意味はあるのかと。
俺がいなくてもあの教室はあって
休み時間も騒がしいままで
淳也の隣には他の誰かがいるわけで、
別に俺じゃなくても良かったんだって。
そんなことを吹き飛ばしてほしくて
そう誰かに言って欲しかったんだ。
でも、きっとそうじゃないんだよな。
俺だって淳也がいて楽しかった。
他の奴とでも楽しめるけど
1年間、あの教室で、あの40人で
淳也といたことに意味があったんだ。
意味がないことなんてない。
こんなもんだろ、とばかり思っていた毎日
そんな日々にも意味があるんだ。
淳也に憧れてた。
きっとそれにも意味があって
それに気づくのが大事だったんだ。
来年はあいつみたいに全力で
高校生活を送りたい。
強い気持ちがこみ上げて来た。
もっと、もっと楽しみたい。
今までの気だるさを蹴り飛ばすように
サドルを右足でぐん、と踏み込み
気持ち良いスピードに身を任せて
両足をサドルから離した。
まずは、1年間の未練を切るか。
できなかったこと、
後悔してること、
思い返すと幾つも出てくる。
それらはまた来年、やり直そうと思う。
ただ一つだけどうしても譲れない物はある。
お!着いたな!
待ってたよ親友!!
淳也が勢いよく飛びついて来た。
よ。なんかありがとな。
?、ああ。
よくわかってない淳也を無視して
辺りを見回した。
確かに結構来ている。
ざっと30人くらいか…。
あ。
ーー見つけた。
柔らかな白いニットを着たその人に
目が止まった。
迷わず彼女に近づく。
須藤、ちょっといいか。
ん?
ー不思議そうな顔をこちらに向ける。
無言でみんなと少し離れる俺に
彼女は黙って後を歩く。
ふと、あるところまで歩いて
彼女に顔を向けた。
っ、
夕日がちょうど彼女と重なり
少し眩しい。
目を細める。
ああ、
ーー綺麗だ。
今から言う言葉を頭の中で何度か繰り返す。
少し胸が高まる。
まさか、言うなんて思わなかった。
みんなの視線を感じる。
でも、もう人の目なんて気にならない。
いつから俺は記憶を残そうと
しなかったのだろう。
綺麗な光景を目の前にすると
感動すると同時に携帯を手に取り、
写真を残すことで満足していた気がする。
その時保存をして、
保存と同時に忘れてしまっていた。
ーーずっと言いたかったんだけど…
ただ…
この光景だけは忘れたくない。
俺の中に焼き付けたい。
俺を見つめる彼女の顔と
眩しいくらいの夕日を同時に見る。
焼き付けるんだ。
忘れないように。
ーー俺、須藤が好きだ。