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世界は巻き戻らない。

 私がまだ「肉体」という檻の中にいる人間であったころ。月並みではあるが、私にも「想い人」なる男性がいた。

 面立ちは優しいが、世間一般には「変わり者」と評される類の人間。職業はこの世界風に言うならなば哲学者。

 彼と私の接点は、賢者と弟子──などということはなく、単なる『お隣さん』だったのだ。


「世界には沢山の物語があるだろう?」

「ええ」

 彼は食事の席であろうと、聴衆が凡人の代表のような私であろうと自分の研究――自分の思考を言葉にするという行為を怠ることはない。

「その中には、私達の世界ではありえない法則に添って生きている輩も少なくない。だが私達はそれを抵抗もなく受け取り消費している」

「だって物語だもの。実害がなければ楽しんでお終いよ」

「ではどうして、『ありえない』とも思われるそれらを抵抗なく私達は受け入れているのか。また、物語の紡ぎ手はなぜそれを思いつくのか」

「わからないわ。私、頭悪いもの」

「思考停止は凡人の悪い癖だよ。思考を重ねることでこそ我々は、その先へ進むことができるというのに」

「そんな暇ないわよ。そのための『知恵を誇る者』でしょ」

「宮仕えなど堕落だよ」

 私は返事のかわりに大きな溜め息を返す。

 そんな具合だから私は両親に彼を「想い人」として紹介できないのだ。

 だが私が彼を気にいっている理由がそういうところである以上、この不満を彼に告げることにも抵抗があり。

「……ここにあった肉は?」

「いつまでも皿に残っているからいらないのかと」

「それは断じて違う。楽しみは後にとっておくのが私の主義で」

「なら食事の際は食べることに集中しなさいよ」

 やや子供じみた手段で憂さを晴らすのが日課だった。


 だが、このような体になった今。あの頃よりもなお、彼のことを愛しく思う。

 私達が生きていた『あの』世界が消えた時、彼も祖国と共に姿を消した。

 何故私はこのような体となったのだろう。

 何故彼は同じようになれなかったのだろう。

 この体になれたとしたら、彼は喜んだだろうか。それとも憂いたのだろうか。


「そうした、あまたの物語の中、これだけは共通する、唯一のモノがある」

「それは?」

「『時間』だよ」

 現実のことをさておけば、私は彼の話を聞くことが好きだった。

 全てを理解できていたとは思わない。むしろほとんど理解できていなかっただろう。

 彼の長所は、「押し付けない」ことだった。

 私に妻を、母を押し付けず。──無論それは裏返せば私を「女性」と見なしていなかった証拠に過ぎないのだろうが。

 彼は自分に対する対等な存在として私と話すことを求めた。

「どんな物語でも、登場人物は過去の壁を越えることはできない。あったことをなかったことに、なかったことをあったことにはできない」

「でも、過去に干渉するという類の物語は存在するわ」

「確かにね。だがそれは、未来から干渉されたという事実を必須とした過去ということになるだろう?」

「……」

「私が考えるに、全ての物語は事実なのだと思うね」

 もう既についていけない。私は黙って彼の推論を聞くことにする。

「『ありえない』とも思われるモノを受け入れるのは――物語の紡ぎ手はなぜ思いつくのか──答えは単純だ。私達はそれが存在することを無意識に知覚しているからだ」

 神を。悪魔を。異能を。怪異を。

「物語の数だけ世界がある。世界の法則がある。そしてそれは、『時間』という軸に一方向に巻かれた無数の糸なのだ。まるで螺旋のようにね」


 あの頃は分からなかったことも、この体となった今の私には理解できつつある。

 孤独ゆえ『他』に『触れる』手段を模索し、集団意識野へ干渉して命じた『躯体』の発掘は進みつつある。

 幾人かのチャンネルの開けた人間の言語野には意志を伝えることができるようになった。

 しかし、私は人間だった頃の私に帰ることはできない。

 失った国を、彼を元に戻すことはできない。

 私が干渉したという事実をなかったことにはできない。


 他の世界を観察し、干渉できるようになった今も。


 後悔はしない。

 少女──イーリヤとかいったか──に語りかけ、私を知覚できない者達に私の存在を伝えた。

 人よ。私を探し出せ。

 それは好意でも憎しみでも構わない。そうして私は私の欲求を――彼の理論を証明し、彼の生きた証そのものとなるのだ。

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