夕暮れ時、小旅行に出た
風が、吹いていた。夏の熱気と湿り気をすでに忘れ、カラカラとでも音を立てているような涼しい秋風が吹いていた。冬に近づきつつある今では、むしろ寒いくらいかもしれない。
その風のせいか雲がかりになっている太陽はもう朧気で熱はなく、ただ橙の淡い光だけが残骸のように残っている。こんな光景を何と言ったか……ああ、そうだ、確かこんな光景を、黄昏と、そう呼ぶんだった。
思った以上の寒さに耐え切れず冷え切ってしまった手に、ほう、と息を吹きかける。けれど、それで芯まで温まりはせず、肌の表面がほんの少し熱を帯びるばかりで、指は薄暗くなった視界の中、苦しげに赤く染まっていた。
それもこれも、何も考えずに鍵を差して遠くまで来てしまった結果、良い時間に帰る機会を失ってしまったせいだ。この短絡的で衝動的な性格のせいで何度後悔してきたことか、この頭は一晩も寝ればすっかり忘れてしまうらしい。いやまあ、そのおかげで今日までほどほどに気楽なまま生きてこれたのだけど。
苦しかったことや辛かったことなんて、よっぽど役に立つ教訓以外、全部忘れてしまった方が、ずっとずっと楽ちんだ。人間嫌なことなんてしたくないし、やりたくもない事なんて逃げ出して上等なんだよ。
「……、……、…………なら」
ふと、本当に何気なく。頭に思い浮かんだその一言を吐き出してしまうぎりぎりで、喉は何とかそれを押しとどめてくれた。普段は堪えしょうがなくって、ついつい零してしまう癖に。
ああいや、違うか。吐き出したくないんだ。だって、一度言葉で漏らしちゃったら、今堪えてるもの全部、まとめて空っぽになるくらいには吐き捨ててしまうだろうから。
ずっと、大人になったのだと思い込んで、人として成長したふりをして、結局心の根本は、なんにも育っちゃいなかった。未熟で、脆くて、ぐずぐずで、何にも固まっちゃいなかった。
これが、自分にとってこんなにも大きなものだなんて知らなくって、こんなに大切だったなんてわかっていなくって…………、本当、俺はどうしてあんな、簡単に口にしてしまったのだろう。
もっと、綺麗な場所で。もっと、様になる格好で。もっと、雰囲気のある時間で。もっと、丁寧な言葉で。もっと、心からの思いを込めて。
初めてだったんだから、念入りに念入りに、念入りすぎて逆に心配になるくらいに準備して、その上で失ってしまったなら、きっと、今ほど後悔はしなかったはずだろうに。
わかってる。馬鹿だったんだ。無知だったんだ。愚直だったんだ。初めてで何にもわからなくって、それでも何とか頑張ろうとして、力みに力んで空回った。
だって、しょうがないじゃんか。それだけ本気だったんだから、それだけ楽しかったんだから、それだけ嬉しかったんだから、
「…………それだけ、それだけ好きだったんだから…………」
黄昏時は、終わった。太陽はすっかり沈みこんで、辺りには、もう暗闇しか残っていない。ほんの少し荒い息のまま、気づけば力んでいた手を解そうとして、何故か出来なくて下を見ると、薄暗闇の中、その手は、ほんの少し震えていた。
どうしてか気になって、近くで見ようとその手を持ち上げる。距離が縮まり、何時しか夜目になった視界に、さっきよりはっきりと手が映る。
そのはずだったのに、視界は、何かで酷くぼやけていた。
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