序章 古代ギリシャ・ローマ建築の概要
人類の歴史において、建築とは単なる「雨風を凌ぐ箱」ではなかった。それは、重力という自然の摂理に対する挑戦であり、地上に「神の秩序」を再現しようとする祈りの形であった。
本物語の舞台となる紀元前1世紀、ローマ帝国が世界を飲み込もうとしていた時代。 建築は、二つの巨大な潮流の合流点にあった。
1. ギリシャ建築 ――「神の比率」と「柱」の美学
(紀元前8世紀 〜 紀元前1世紀)
ローマに先立つこと数百年。エーゲ海の光の中で育まれたギリシャ建築は、「美の極致」を目指した。
構造の原理: 彼らの建築はシンプルだ。垂直な「柱」の上に、水平な「梁」を乗せる。この単純な構造を、彼らは神聖な数学によって極限まで洗練させた。
三つのオーダー(様式): 彼らは柱の形に人間の姿を投影し、厳格な決まり事を作った。
ドーリア式: 簡素で重厚。男性的な力強さを象徴する(例:パルテノン神殿)。
イオニア式: 優美な渦巻き装飾を持つ。女性的な気品を象徴する。
コリント式: アカンサスの葉を模した豪華な装飾。少女の華やかさを象徴する。
特徴: 大理石を用い、「黄金比」や「視覚補正」を駆使して、人間が最も美しいと感じるプロポーションを追求した。それは「石で作られた彫刻」であった。
2. ローマ建築 ――「空間の征服」と「アーチ」の革命
ギリシャを征服したローマ人は、その美学に憧れながらも、全く異なる思想で建築を進化させた。彼らが目指したのは「実用」と「巨大さ」である。
構造の革命: ギリシャの「柱と梁」では、柱の間隔を広げることに限界があった。ローマ人は半円形の「アーチ」を発明し、それを連続させることで、巨大な重量を分散させることに成功した。これにより、柱のない広大な空間が生まれた。
新素材: 彼らは火山灰と石灰を混ぜた「コンクリート」を発明した。これにより、切り出した石を積むだけでなく、自由な形(ドーム屋根など)を一体成型することが可能になった。
特徴: 神殿だけでなく、闘技場、公衆浴場(カラカラ浴場)、水道橋、バシリカ(公会堂)など、都市機能を支えるインフラ建築を次々と生み出した。それは「帝国を維持するための装置」であった。
3. そして、ウィトルウィウスの時代へ
物語が始まる紀元前1世紀は、まさにこの二つが融合しようとしていた転換期である。
ギリシャの持つ「崇高な美(比率)」
ローマの持つ「圧倒的な技術」
マルクス・ウィトルウィウス・ポッリオ
(Marcus Vitruvius Pollio, 紀元前80年頃 - 紀元前15年頃)
現存する世界最古の建築理論書『建築十書(De Architectura)』を記した、古代ローマの建築家・技術者。
軍人としての顔: ユリウス・カエサルのローマ軍団に所属し、工兵としてガリア戦争などに従軍しました。建築家といっても宮殿ばかり造っていたわけではなく、攻城兵器の設計・整備を担当する、バリバリの軍事技術者でした。小説で描いた「破壊を知る者」という設定は、この経歴に基づいています。
アウグストゥスへの献呈: カエサルの死後、初代皇帝アウグストゥスに仕え、ローマの平和な治世を支えるために『建築十書』を献上しました。
「強・用・美」の提唱者: 建築には3つの要素が不可欠であると説きました。
強(Firmitas): 自然災害に耐えうる堅牢さ。
用(Utilitas): 使いやすく、機能的であること。
美(Venustas): プロポーションが調和し、美しいこと。 この定義は、2000年経った現代の建築学でも基本とされています。




