ep.6 王妃セナ・クラークとの謁見・下
「――――始めッ!!」
王妃の合図により決闘が始まった。俺の目の前に立ちはだかるのは一人の老紳士で、背丈の差は無く腰に提げられた鞘とそこに収められた剣の柄を握り構える姿に隙は無い。
何よりも気になるのはベルトに掛けられた一丁の銃。剣と同じ側の腰に掛けられており、事前にレインから聞いたこの国唯一の《神銃騎士》という情報から、俺やエレノア、レインと同じ何かしらの超常現象を引き起こす《神銃》である可能性が高い。
その神銃を使う様子が無い、ということは俺レベルであればそもそも剣の腕で勝てる程の余裕があるのか、敢えて手加減をしてもらっているかのどちらか……いや両者だろう。
『……もしもの時は僕を使ってくれよ』
「まだアストラは使えないが、万が一の時は頼む」
ゼファリオンと言われている男には聞こえない程度の声量でアストラと会話を交わし、相手の動きを予測する。
彼の構えはアストラと同じ抜刀術のものだ。剣での戦い方に知識はほとんどない為、できることならばすぐにでも交代したいところだが。
『抜刀術は一撃特化の技が多い。一度避けてしまえば反撃の隙が生まれるし、シルヴァの身体能力なら対応できると僕は思うよ』
「ならやれることは一つだな」
情報を得る為には手段を選んでいる余裕はない。ここで目の前の男に一撃を喰らわせなければ今晩の寝床すら確保できない可能性だってあるのだ。
捨て身の特攻、最悪腕一本を切り落とされてでも攻撃を与えるしか勝利までの一手が思いつかなかった。
「――――ッ!」
武器屋のモヒカン店主に貰った剣を右手で構え、老紳士へ駆け寄りながら大きく水平に右腕を外側へ振って斬りかかる――――
『――――シルヴァッ!』
「くッ!」
突然俺の腹部に小さな傷が無数に生まれた。ゼファリオンは身動き一つしていない。剣を振りかぶろうと走り出した直後に俺はダメージを喰らった。アストラの一声があったおかげで反射的に後方へ大きく飛び、大きな傷には至らずに済んだのだ。
「……初見でこの技を避けるとは。目がいいのだな」
「今のは……神銃の力か?」
どういう原理だ? 神銃は共通して引金を引いて初めて効果が現れるものだと思っていたが、何やら仕掛けがあるのだろうか。あるいは彼は抜刀術を極めており神速の如きスピードで切り裂かれた?
「最悪そのまま殺してしまうところだった。今の貴様は完全に命を捨てた者の動きであったぞ」
「亜獣と同じようにはいかないな」
アストラが気付かなければ俺の腹部が貫通され大きな穴を生み出して死んでいたのだろう。手加減をしていると読んでいたが、この老紳士は全くもって手を抜いていなかった。
『――――シルヴァが走った瞬間、その先で小さな風が起きていた……気がする』
「風?」
『うん。まるで最初からそこに何かが仕掛けられていたみたいに、シルヴァがそこを通る瞬間君の身体に傷を付ける程の力が起こっていたように見えたんだ』
となれば剣の腕は関係ないと視るしかない。相手の手札がわからない以上、断定しきって動いた方が迷う数が減る。どんな種があるのかは知る由もないが、アストラがサポートをしてくれれば避けることは可能だ。
「《神銃》がどんな力かわからないが、接近戦に持ち込めばそう易々と使えない代物だろう」
「及第点、といったところだな――――」
――――消えた!?
ゼファリオンと距離を置き、円形に造られた訓練所の半分を視界に入れていたはずだ。しかし今目の前にあの老紳士の姿は見えない。
『シルヴァッ! 避けるんだ!』
気付いた時にはもう遅かった。
瞬きをするよりも速く俺の懐に潜り込んでいた男が、ついに鞘から一本の剣を抜いていた。その速度さえも目では追えず、刀身が確実に俺の脇腹を抉るように切り抜ける。凄まじいスピードにより起きた衝撃波が身体を吹き飛ばし、訓練所の壁に叩きつけられ背中を中心に強い衝撃が全身を襲った。
「がはッ…………」
……出血は無い。どこまで頑丈な身体なのだろうか。しかし脳が揺れて視界が歪み続けている。
「この攻撃を受けて意識を保つとは……面白い」
こちらは全く面白くない状況だ。レインの言っていた最強とはまさにこのことか。どんなに策を練ろうにも相手を視認できなければ成功率は低くなるばかり。
「貴様には素質があるな。私の持つ《神銃》の力を教えよう」
頭痛でそれどころではない。素質がある? つまり認められたということでいいのだろうか。自身の力を明かす程気に入られたか。
「――――私の《神銃》は《風》の属性を持った《汚染系》の力を有している。最初に貴様に与えた攻撃は、事前にその場に発動していた神銃の能力によるものだ」
風の属性……汚染系。どこかで似たような話を聞いたことがあるような。駄目だ、思い出せない。
それよりも気になったのはゼファリオンの放った言葉の後半部分。その場に発動していた力、つまり《神銃》の引金はすでに引かれていて、この空間にその効力が続いていた……?
「――――《汚染系》とは、能力の発動後継続してその場で効力を発揮し続ける種を意味する。時間に制限がある上に与える損傷も少ない故、攻撃に特化しているとは言い難いものだ」
つまり俺が受けた攻撃は、アストラの予見通り《神銃》を使った仕掛けであったということか。効果を継続する能力、まるでレインの《神銃》の応用版に見える。彼女がゼファリオンのように着弾点以外の空間にも《神銃》の力を行使することができれば、強力な力へと変貌しそうだ。
……しかし彼は今「損傷も少ない」と言っていたが、危うく殺しそうになってしまう程の威力のどこが少ないのだろうか。
何とか体勢を元に戻し、石煉瓦のベッドから起き上がる。今なら何を聞いても答えてくれそうだ。あくまでも俺たちの目的は情報だ。寝床も大事だが。
「さっきの高速移動はすでに自分の後ろで発動させていた風を受けた結果、で合ってるか?」
「及第点だな。実際には靴の裏で踏みつけることで加速している」
「走り出す一歩目が大きくなる、みたいなものか……」
『それだけじゃない。もし《神銃》の力が身体能力の補助にも使えるのなら、その剣……いや、鞘の中にも風を纏わせていたはずだ』
《神銃》の扱いに長けている、どころではない。まるで生まれ持った時点で手にしていた力のような、自身の手足みたく扱うその凄まじさの裏に何が隠されているのだろうか。
「――――こちらは以上だ。さて、次は貴様の力を見せてもらう」
アストラのことだろうが今はまだ使えないはず――――だった。
夜の空を反射し曇りがかった姿を見せていたはずの手元の神銃は、その輝きを取り戻している。少なくとも決闘の前には反応を示さなかったのだが、何が原因だ?
「出し惜しみなら――――無理矢理使わせるまでッ!」
また姿が消えた! いつの間に準備を進めていたのか全くわからない。
だがそれは今どうでもいい。剣の腕ならアストラも秀でているはず。
再び抜刀される直前に右の腰に掛けているホルダーに手を伸ばし、納められた《神銃》の引金をそのまま引く――――
キィィン、と鼓膜を突き破る勢いで金属音が鳴り響く。すでに俺の意識は《神銃》であるアストラと入れ替わっていた。左の腰に出現した神銃と同じ色の鞘から刀身の一部を露出させながら、懐に潜り込んでいたゼファリオンの剣を間一髪で受けてみせたのだ。
「――――ここからは僕が相手です」
「……なるほど。そんな代物がこの世に存在していたとは」
再び視界からゼファリオンが消え、次に現れた時には大きく距離を取っていた。アストラの抜刀術では僅かに届かない位置で、老紳士は剣を納め構え直す。
鞘から剣を抜ききったアストラは片手で構え、距離を保ったまま睨み合う。美しい白き鎧が関節の動きと共に小さく音を立てるばかりの時間が続く。
次に動いたのはアストラだった。
腰を低く下げ左腕を自身の右腰の方へ潜り込ませる。右腕を左肩へと当てながら前方へ大きく駆け出した。
攻撃を受け流すべく構えを崩さずにいたゼファリオンも、アストラが自身の方へ向かってくることに気付いた瞬間剣を抜いた。アストラが右斜め下方向へ切り落とす構えに対しゼファリオンは水平方向に斬ろうとしている。
まずい、これでは速度の差で先に斬られてしまう。
老紳士が放った神速の剣が、アストラの右腹部へ吸い込まれていく――――
「――――ッ!?」
ゼファリオンの攻撃は彼の身体に触れることはなかった。アストラは、俺が吹き飛ばされた際に落とした剣を手に取ってそのまま攻撃を受けたのだ。
おそらくアストラは彼の《神銃》の弱点を見抜いていた。ゼファリオンがもし純粋な速さを求めているとしたら、その速度で動きながら剣の軌道を変えることが困難であると読んだ。彼の構え方から予測し、ゼファリオンが剣を抜く前に脳内で設定したであろう軌跡に合わせて剣を構えていたということになる。
「――――ぐおおおおおおッ!」
老紳士の目の前まで急接近したアストラは、《神銃》の力で重ね掛けされていたはずのゼファリオンの抜刀術を左手の剣一本で受けきり、もう一方の剣を雄叫びを上げながらそのままの勢いで切り下した。ペールグリーンに染められた淡い光が刀身を彩り、確実に肩へと狙いを定める。
刀身がゼファリオンの肩に触れる直前、おそらく彼が最初から発動させていたのだろう風の力で威力を和らげんとするが、その力さえも吸い込むように断ち切った。
「――――そこまで!」
ゼファリオンがアストラの一撃を受ける寸前で、王妃による決闘の終了が宣言された。
気付けば訓練所を囲むようにしている二階の渡り廊下にはたくさんの人間がこちらを見下ろしていた。王室護衛隊と呼ばれている人たちだろうか。レインやエレノアもこちらに手を振っており、それぞれ「やれやれ」、「よくやった!」とわかりやすい反応を見せている。
【マナタンク残量低下。現在五パーセント。換装を解除】
人の声らしからぬ者が耳元、というより脳内でそう言った。アストラと代わる度に聞こえてくるこの言葉に覚えはない。解明せねばならないことがまだまだ多く、時間が必要だ。
「――――この決闘、シルヴァの勝利とする!」
改めて王妃が声を上げた途端、護衛隊らは「おぉ……」と周囲をざわつかせている。
「やったじゃんシルヴァ! アストラもお疲れ!」
「本当に勝ってしまうなんて……想定外ですわ」
エレノアとレインが王妃の隣で何やら話をし始めた為、目の前に立ち尽くしたままのゼファリオンに向き直った。彼はどこか満足気でありながら、次はどう戦うか、戦術に間違いはなかったかと一人でぶつぶつと呟いている。戦いの時の空気感からして潔い性格なのかと思っていたがかなりの負けず嫌いのようだ。
「よもや私が負ける日が来るとはな」
「《神銃》の特性を知らなければ攻略が難しかっただろう。逆にこちらは公開しなかったのだから当然だ」
「……先程の騎士の姿、その《神銃》に眠っている力なのか?」
『そうだよ。シルヴァが神銃を使えば、僕と彼の意識を入れ替えて戦えるんだ』
「知能を持つ《神銃》が存在するとは……世界はまだまだ広いな」
ゼファリオンは夜空を眺めながら遠い目をしている。戦闘時とは全く異なる雰囲気に、彼もまた誰かと意識を入れ替えているのではないかと思ってしまうがそれはないだろう。姿も声色も変化が見られない。単純にその時その場面で性格が少し変わるタイプの人間だ。
「――――決闘に勝った褒美は明日にでも。まずは食事にしましょう」
エレノアとレインとの話を終えた王妃が再度声を上げた。確かにそれがいい、今は少しだけ疲労感を感じているので休みたいところだったのだ。
ゼファリオンと握手を交わし、俺たちは城内へと戻った。




