ep.3 神銃と神銃技士・下
深緑の森を駆け抜けてエレノアとレインの住む町へ向かう途中、再び俺たちは悪魔……いや亜獣と接敵してしまった。
四足歩行で薄金色の毛皮に覆われた細身の獣が四体。いかにもただの野生動物に見えるが、俺の目の前を先行していた二人が立ち止まり神銃を構えたことから、この獣も亜獣に分類されていると考えられる。
「シルヴァは下がってて! 私たちが対処する!」
「《フロース・ジャッカル》ね。戦闘力自体は高くないけど足が早くて追いかけられると厄介だわ」
フロース・ジャッカルは小さな耳を立てて戦闘状態になったと同時に、毛皮の隙間から小さなピンク色の蕾を生やした。蕾は太陽を浴びながら大きく膨らみ始め、やがて花を咲かせていく。一輪、また一輪と開花させた後に口元を開き鋭利な牙を輝かせた。
「――――来るよ!」
「ええ! まとめて凍らせるわ!」
先に行動を起こしたのはレインだった。神銃を《フロース・ジャッカル》へ向けて一体ずつ照準を合わせて射撃する。しかしヒットしたのは初撃の一発だけで、残りの三体は軽やかな動きで回避して見せた。
「ごめん!」
「大丈夫! 十分牽制になってるよ!」
足元がレインの神銃によって凍結状態となり身動きが取れなくなったところを、エレノアの神銃で爆散させる。自身の役割を理解していて動きに無駄がない。おそらくこの戦闘スタイルで今までやってきたのだろう。
レインが再び神銃を使おうとするが、《フロース・ジャッカル》たちの動きが止まり彼女の引金を引く指も静止する。
『────シルヴァ、後ろだ!』
珍しく慌てた様子で俺の腰のホルダーに掛けられた神銃……アストラが声を上げた。その声に反応してすぐにエレノアがこちらを向くが、その表情は先程までの余裕がある朗らかなものではなかった。口を大きく開き、顔を真っ青にしながら神銃を俺の方へ向けていく。咄嗟に俺は背中に載せた少女を地面に下ろし、迫りくる敵に身構えた。
「《モノ・ウルフ》っ! ジャッカルたちが足を止めたのはソイツが原因か!」
舌打ちをするように呟くエレノア。後方へ身体を捻ると、俺のすぐ目の前に獲物を捕らえる狩人の如き眼差しをした凛々しき姿の獣、《モノ・ウルフ》とやらがすでに牙を剥き出しにして俺の左腕を嚙み千切ろうと迫っていた。
「────ッ!」
守らなければ、とせめて損害が左腕だけで済むようにモノ・ウルフが狙っていたその腕を突き出し掌を広げる。不思議と恐怖は無い。物理的な痛みや血が流れることに関して、自分でも驚く程に冷酷な判断を弾き出していたのだ。
幸いまだエレノアは神銃を使っていない。彼女はイレギュラーな状況でも冷静に命が助かる確率が高い選択をしている。
しかし、俺の左腕の半分が見事にモノ・ウルフの口内で噛み千切られる直前、またしても想像を超えた現象を引き起こし始める。
【マナタンクへの供給を確認、現在五パーセント】
亜獣の鋭い牙が俺の腕を貫く直前、何故だかわからないが接触する前に時が止まったかのように《モノ・ウルフ》は動かなくなってしまったのだ。赤い眼から放たれる目線を絶えずこちらに向けていたはずが、今は生気を失っており光を通さない程の黒眼になっていた。
「――――《モノ・ウルフ》を一撃で倒しちゃった!? い、今何やったの?」
「さあ。思い当たる節が無いな……だが」
目と口をまん丸と開けていつものエレノアに戻り安堵を覚える。確かに今、俺は片手で《モノ・ウルフ》を活動停止にすることができた。同時に全身が少し軽く感じ始めて、血液の流れが手に取るようにわかる程にまで感覚が研ぎ澄まされる。
「――――今ならこれが使える気がする」
『僕の出番かい?』
やや食い気味にアストラが話しかけてきた。神銃無しで亜獣を倒せてしまったことにも驚いたが、先程まで再使用が不可能だったはずのアストラを今なら使えると確信できる程に力が漲っている現状に一つの推測が浮かんだ。
原理はわからないが、俺が触れた対象物から力を奪い、その力を活用することができるのではないだろうか。
いや、結論を急ぐのは早い。そもそも何故エレノアとレインの神銃は問題なく使えて、アストラだけが使えないのかは解明できていない。俺とアストラの姿を入れ替える力は二人の神銃と比べて難易度、規模が大きく使える回数が限られている、と考えるのが今は自然だろう。
「――――あと一体!」
「二人は離れていてくれ。もう一度アストラを試す」
後方で起きていたことに全く触れないレインだったが、彼女が残りの《フロース・ジャッカル》を足止めしてくれていたおかげで状況整理の時間が生まれた。
神銃を構え、引金に指を掛ける。意識を指先だけに集中し全身に行き渡っていたエネルギーを一点に凝縮させてそれを引く。すると再び身体が白い光に包まれて意識が遠のいた。世界が暗転し、両手両足の感覚が消失する。
次に視界が戻った時目線は腰の位置にまで低くなっており、俺の身体があった場所には空色の鎧を纏う青年の姿に置き換わっていた。
「……さっきよりもマナタンク残量とやらが増えているね。シルヴァの予測は正しいかもしれないよ」
『そこまで言った覚えは無いのだが、心も読めるのか?』
「さあ――――どうかな!」
言葉を濁しながらアストラは鞘から剣を引き抜く。《スライム》を斬った時よりも強いペールグリーンの光がそれを包み、片手で持ったまま目の前の亜獣に飛び込んだ。
「――――はあああッ!!」
足元が凍結され得意の機動力を奪われた《フロース・ジャッカル》は、アストラの剣がその身体を貫く直前に身に咲かせた花を萎ませて咆哮する。
「――――クォォオオオオッ!!」
最後の足掻きを見せたと同時に、アストラの一撃が心臓部を狙って一刀両断にした。一滴の血を流すこともなく肉片となり、戦闘が終了した。
「さすがの剣術ね……」
「君が足止めしてくれていたからだよ。ありがとう……レイン、でいいのかな」
青年はレインに向けて柔らかく微笑みながら感謝を述べた。戦闘の際敵を倒すべく集中していた時とは明らかに雰囲気が異なっており、レインもそれに驚いてそっぽを向いてしまう。
「……あ、当たり前のことをしただけよっ!」
「レイン照れてる~!」
「顔が赤いね、大丈夫かい?」
「ちょ、ちょっ――――」
剣を納めたアストラは、そのまま両手をレインの両頬に伸ばして自身の方へ顔を向けさせる。エレノアの言う通り彼女の頬は火に中てられたように朱く染まっていた。
二人は見つめ合う形になり、ほんの一瞬時間が止まったかと感じてしまう程その場で固まる。エレノアがアイコンタクトでこちらに何かを訴えて来るが、意図が読めない上に今は動くことができない。ひとまず何も口を開かずいるのが賢明か。
「だ、大丈夫だから! あと近すぎっ!」
「ご、ごめん……」
慌てた様子でアストラはレインの頬から手を離す。気まずい、というのはこういう状況を言うのだろうか。純粋に彼女を心配してのアストラの行動が却ってこの空気を生み出してしまった。
「じゃ、じゃあ行こっか~」
『そうだな。先を急ごう』
エレノアが流れを断ち切ってくれた為そこに乗じて発言する。同時にアストラが白い光に包まれて、俺の意識も元通りになった。
先程よりもずっと長い時間入れ替わっていたことから、俺が左手で受けた《モノ・ウルフ》の力を吸収し、その力を神銃を使用するエネルギーに変換できることに間違いはないだろう。
「はあ……全く心臓に悪い力ね」
「アストラもすごいけど、さっきのシルヴァの力はなんだったんだろうね?」
『神銃を介さず力を使える人間がいる、ということなのかな?』
「それに関しては色々調べる必要があるな。神銃についても興味がある」
亜獣の出現により足が止まってしまったが、日はまだ昇ったままだ。少女を背中に抱え、二人も歩み始める。一歩踏み出し、反発してくる衝撃が足に伝わっていく。
「もうすぐ森を抜けられるはずだわ」
「よし! 早く戻って揚げパン買い食いするぞ~!」
『揚げパンってなんだい? 美味しそうな響きだね』
まずは少女を送り届けることが優先だろう、と言うまでもなく前方を駆ける二人のスピードは増していく。未だに空腹は感じていないが、確かに揚げパンとやらは気になるな。
「パンを油で揚げたお菓子でね、外側がサクッとしてて美味しいんだよね~」
「私には重くて一口で十分ですわ」
『へぇ~、ねえシルヴァ。揚げパンを食べるときは入れ替わってくれよ』
「……構わないが、機械らしくない発言だな」
確かに、と言わんばかりに微かに唸るアストラ。だが俺とアストラが入れ替わった状態で彼が食事を摂ることができるのかは少し気になるな。味覚や食感、満腹感などの要素が、自身は機械であるというアストラに備わっているとしたら……それは人間とどう違うのだろうか?
「――――出口付近に《スライム》よ!」
「――――任せて!」
思考を巡らせている内にレインが接敵の合図を送り、即座にエレノアが神銃を構えて射撃する。三体の《スライム》が一瞬にして爆散した直後、そのままの勢いで俺たちは森の外へ飛び出していった。
――――広大な草原と地平線に建つ人工物。一つの大きな城が構えており城下町も遠目で見ても栄えていそうだ。地平線の向こうには海が広がっており、その向こう側はここからではよく見えない。自然に生み出されたと思われる土肌を晒した歩道が城下町まで繋がっているようだ。
「ここはパーレスト国北部、首都アルケーよ」
『のどかな場所だね』
「ま、こっちの反対側の出口の先は砂漠化が進んでるけどね~」
走るスピードを緩め、目の前に広がる景色を脳に焼き付ける。パーレスト国、首都アルケー……どれも聞き覚えはない。失った記憶を取り戻すにはまだ時間が掛かりそうだ。
「あとは城下町まで一直線よ」
「じゃあここからは競争だ~!」
「――――こら、待ちなさい!」
城下町へ繋がる道を走り出すエレノアと、それを追いかけるレイン。今更ながら思うが、二人の容姿からしておそらく年齢は二十を下回っているだろう。
亜獣という恐ろしき悪魔と対峙するほどの胆力を持っているが、本当は年の近い友人と遊びたいと思うのは何ら間違っていないはずだ。彼女たちが命を懸けてまで戦う理由が何なのか、あの町へ行けば少しは理解することができるだろうか。
『何やら難しいことを考えているね』
「そんなことはない」
アストラはまた俺の心を読んだかのように得意げに話し始める。
『シルヴァが考え事をしている時、決まって左手を顎に添えているからわかりやすいよ』
「よく見てるな」
『君もわかるだろう? 退屈なのさ』
数十歩先で駆け回るエレノアとレインを追いかけながらアストラと話していると、やがて城下町と平原を繋ぐ門の前に辿り着く。門といっても扉は無く、石で造作された枠が俺たちを出迎えてくれている。その更に手前、つまり今俺たちが対面している一人の人間がこの城下町を護る衛兵だろうか。
「――――エイレイン様、エレノア様、お帰りなさいませ」
「本日もご苦労様、リベルタス」
「はあっ、はあ~……。レイン速過ぎだよ~……」
どうやら先程の競争はレインが勝利を収めたらしい。息を整えるのに精一杯なエレノアに対し、レインは呼吸の乱れを見せずに、顔を含めた全身を鉄の鎧で包んだ衛兵に挨拶をした。声だけでは女性なのか男性なのかわからない程落ち着いた中性的な声質で、衛兵は彼女たちを迎えている。
「ところでその男はどうされたのですか? 見慣れない姿ですが、何よりその銃は……」
「実はさ、そこの森で私たちを助けてくれたんだよ!」
「それはまあ……ご無事で何よりでしたね」
「実際彼がいなかったら私たちは最悪死んでいたわ。シルヴァは信頼できる人物よ」
どうやら俺の株を上げることで衛兵から怪しまれずに中に入れるよう芝居を打ってくれているらしい。
話の内容に嘘偽りはないが神銃に関わる話を二人がしないことから、神銃がどれだけ特別な代物であるかが伝わってくる。森の中でエレノアが話していた神銃技士という存在がこのパーレスト国以外にもいる可能性はゼロではない。敵国のスパイが潜入してきたと見られても不思議ではないのだ。
「そこまでの紳士であるならばきっと問題は無いのでしょう。さあ、ようこそ首都アルケーへ」
衛兵の腰に掛けられていた鞘から剣が抜かれることが無く安堵する。先行してエレノアとレインが門のあちら側へ歩んでいくのを眺めていると、すぐに振り向いてはエレノアが手招きをしてくる。
「ほらシルヴァ、こっちこっち!」
「まずはその子を医者に連れて行きましょう」
森でこの二人の少女と出会えてよかった、と心から思う。城下町に住まう人々やパーレスト国の王と話ができれば、俺の失った記憶を取り戻すきっかけとなるかもしれない。そして共に目醒めた空色に輝く神銃が何なのか、それを追い求めるように俺は一歩踏み出して門を潜り抜ける。




