ep.1 神銃と神銃技士・上
……暖かさを感じる。腹部や顔が天からの熱に中てられて今にも灼けてしまいそうだ。
ここは何処だろう、身体が上手く動かない上に全身が何かに縛られているようにも思える。
その違和感から解放されたい一心で右腕を持ち上げようとすると、みしみしと音を立てながら僅かに手首から先が動作することを確認できた。自分を縛っている何かはそこまで強度があるわけではなさそうだ。
夢でも見ていたのだろうか? 今になってようやく意識の覚醒を認識した。
鉛のように重たい瞼を開こうとした瞬間、閃光弾を浴びせられるような眩く真っ白な光で視界が遮られてしまう。
慣れるまで細目で小さく瞬きをすると、膨大な情報と強い刺激がついに電気信号に変換されて脳への処理を終えたのか、この目に青々とした見慣れない景色を映し出した。
「…………ん?」
視界には雲一つ無い青く澄み渡った空。太陽は丁度顔の真正面まで昇ってきており完全に瞼を開けることはできない。眼球を左右に動かすと、仰向けの状態の自分を縛っている物が人工物ではなく土から伸びた雑草であることに気付く。
植物がこの身体に纏わりつく程長い月日が経過していると推測でき咄嗟に全身が強張った。両頬が震えて腰が少しずつ持ち上がる。
雑草の根が地上に引き抜かれ可動域が広まるとすぐに上半身は起き上がり、視界の揺れに酔いそうになりながらなんとか自然の一部にならずに済んだことに安堵した。
脚も同様に天然の縄から解放されると、驚く程簡単に立ち上がることに成功する。
相当な月日が経っていると思われたが本当はそうでもないのだろうか。当たり前のように直立し、足元を見ながら軽く足踏みをすると問題なく膝は曲がるし太腿も持ち上がる。
不思議な体験に動揺を隠せないが、もしかしたら昼寝をしていたところに何か悪戯でもされていたのかもしれない。
周囲を見渡すとどうやらここには元々村があったらしく、木で建てられていたであろう一つの家は草木に覆われ屋根の重さを支え切れずに潰れてしまっている。
それを囲む柵は全て倒れており、苔に蝕まれて完全に機能を失っていた。この家に住んでいた者は家畜を飼って生活を営んでいたのだろうか。
昼寝をしていたにしてもこんな人気の無い不気味な空気が漂う場所で堂々と寝られるはずがない。眠りに就く前の記憶を辿ろうとすると、今以前の情報が全く思い出せない。
ここが何処なのかも、今まで自分が何をしていたのかも、家族のことも友人のことも――――自分自身のことも。思い出そうとすると頭痛が起きて痛みが迸るばかりだ。
『――――ようやくお目覚めかい?』
耳を撫でるような優しい声が廃村に響き渡った。こんなところに人間がいると思わず臨戦態勢になるが、周囲は相変わらず人影も見当たらない。伸びた襟足が風に揺れるばかりで緊張感が走る。
『腰のホルダーを見るといいさ』
状況を把握していない自分に見かねてか再び同じ声の者に促され自身の姿を確認すると、麻で作られた半袖の衣服で胸元には一本の紐が通してある。肌触りが良いとは言えないが日差しや草木から身を守るには最低限の装備と言えよう。
腰には動物性の皮と思われるベルトが通してあり脚は上半身同様の材質でできた長ズボンを穿いていて、右手側の腰には重みのある入れ物が提げられておりそこには両手に収まる程度の大きさの見慣れない鉄の塊が掛けられていた。
「これは……」
『神銃と呼ばれている代物だよ。そして、そこには僕の意思が存在している』
初めて聞く単語だ。言われてみれば確かに銃の形をしているし、それ以外の特徴は見当たらない。美しい空色に染められた銃身は光沢を出していて光に当てると鏡のように反射し目を細める。
グリップを撫でた後ホルダーから引き抜くと、驚く程手に馴染んで右手に収まった。掌を見るようにして眺めていると、そこから『彼』の声がしていた事実を確認するべく喉を開く。
「本当にここから声を出しているのか?」
『そう言ってるだろう? まあ、僕もさっき起きたところなんだけどね』
銃身に耳を澄ませるとさっきより声が大きく聞こえてくる。ここから彼の声が発せられているのは事実のようだ。
それに『さっき起きた』ということは、彼もこの状況を理解できていないのだろう。まあそもそも銃が喋ること自体まずおかしいとは思うのだが、今は話相手がいる現実に感謝を述べるべきか。
「君は何者なんだ? 俺は何も覚えていないし、自分のことを何一つ知らない」
『僕が知っているのは二つだけだよ。僕は神銃に組み込まれた人工的な知能を持った機械であること、そして神銃には特殊な力があるということくらいさ。むしろ君が何か知っていることに賭けていたんだけどね』
神銃とやらは不思議な力を持っているらしい。人工的な知能を持っているにしては喋り過ぎな気がしなくもないが。
「特殊な力とは?」
『引金を引くことで様々な超常現象を引き起こす異次元の力が行使されるそうだよ。実際に見たことはないから使ってみないことにはわからないけどね』
「超常現象……」
喋る銃がある時点で確かに普通ではない。超常現象がどのような規模なのかは使ってみなければわからないが、今は試す時間よりも状況把握を行いたい。
改めて周囲を見渡すと、人工物は先程の家だったものが五軒。全て同じように屋根だけになって自然に飲み込まれてしまっている。この村はどうやら森に囲まれているらしく、遠くに何があるかを見るにはまずここから抜け出す必要があるだろう。
「この森を抜けて国や町を探す、でいいか?」
『ここに居続けるよりはいいだろうね。君が自分のことを思い出す為にも行動を起こす方が賢明だ』
神銃も同意見のようだ。表情が見えない為話しづらくもあるが、人工的に作られた機械であるならむしろ最適解を提案してくれるかもしれない。
――――きゃぁああああっ!
甲高い女性の悲鳴が森中に響き渡った。まさかここに人間がいるのか?
もしそうであれば今すぐにでも声が聞こえた方へ向かうべきだろう。最寄りの町を聞ける可能性があるだけでも行動する価値がある。
未だに自分の身体が動くことに違和感を覚えつつ俺は森の奥へと歩みを進める。
◇ ◇ ◇
針葉樹に埋め尽くされた森を進み、道無き道を駆けているとすぐに対象物と思われる人物を見つけ足を止める。
しかし状況はあまり良いとは言えないようだ。二人の少女が二本の木の幹を背にそれぞれ《何か》と対面していた。
「――――レイン、そっちは大丈夫?」
「大丈夫よエレノア。的確に処理していくわよ!」
得体の知れない二体の《何か》は緑色の粘液のようなものを地に這わせながら少女たちの方へ寄っていく。
不定形でありながらそのゼリー状の粘液は崩れることなく進んでおり、不思議なことに地面の土が一粒も体に付着していない。動物というにはあまりに異形の姿だ。
「あれは何だ?」
『悪魔、と呼ばれている者たちだよ。悪の神が生み出したとされる神と人類の敵で、人界を支配するべく侵略を進めている脅威の存在』
当然だが初めて聞いた単語だ。悪の神だか侵略だか理解に苦しむ話だが、実際に今目の前にいるのは明らかな敵意を持った生物。人間を捕食対象にしているのか、はたまた人間を殺す為に存在しているのかは彼らに聞いても答える口が無いので不可能だろう。
そんな怪物を相手にする二人の少女の装備は俺が着用している麻の服よりもずっと良い素材が使われていると見える。滑らかな布と胸部には頑丈そうな鉄の胸当てを装着しており、何より気になったのは――――。
「同時に行くよ!」
「ええ――――《神銃》を使うわ!」
レインと呼ばれていた少女の言葉をきっかけに二人は腰のホルダーに収められていた拳銃を握りしめた。ここでは神銃は一般化されているのだろうか、ゼリー状の怪物を前に銃身を突き付けて引金に人差し指を掛けている。
「えい!」
エレノアの方が声を上げると少女らは引金を引いた。森に響く程の爆発音を唸らせながら銃口から小さな弾丸が怪物へ打ち込まれたかと思えば、エレノアの撃った弾は粘液に飲み込まれ内側で爆発を引き起こし爆散した。
対してレインの弾は発砲した瞬間に怪物を氷漬けにしてしまい、その場で生命活動を停止させる。
「あれが……」
『やはり神銃には悪魔に対抗する力があるようだね。でも何かおかしい……』
悪魔と神銃、そして神銃を使う者たち。世界情勢が気になってくるが俺の持つ神銃は何かこの状況に違和感を覚えているらしい。
言われてみれば少し引っ掛かる。先程聞こえた悲鳴が少女たちのものとは思えない程冷静に対処していたではないか。人気の無い森で悪魔に対抗する装備をした二人組が、悪魔の出現するこの場に現れる理由……。
「――――来たよ!」
「ええ……ボスのお出ましね」
少女たちが居る更に向こう側から木の軋む音が聞こえてくる。次第にその音は大きくなり森全体が轟き始めた。陽の光が閉ざされ夜の森の様相を呈していく。
「――――グォオオオオォ……」
外耳道を鈍く震えさせる程の唸り声を上げながら、その姿を現した。
形状は先程の悪魔と同じゼリータイプだが、あまりにも巨大だ。森の木々をも超える背丈で存在感が凄まじく、色は透明で体の中心には心臓と思われる核がはっきりと見えている。
恐らくその大きさになるまでに身体の色が緑色だったものが色素の分散によって透けてしまったのだろう。血管のような管が核を中心に粘液へ張り巡らされており、それが生命維持を担っている器官であることがわかる。
「エレノア、核の部分にターゲットを視認したわ」
「私も見えた……早く救出しないと!」
ここからではよく見えないが、核の部分には小さな黒い影が映っている。ここに来る前に聞こえた悲鳴の持ち主は目の前に立ちはだかる悪魔に吸収されてしまっているのか。
「一筋縄ではいかないかもね……」
「少しずつ削りながら戦いましょう――――えっ!?」
「――――レイン!?」
一人の少女が小さなゼリーの悪魔に背後を取られていた。ぞろぞろと森のどこからか出現し数を増やしていく。奇襲を受けたレインは悪魔の粘液が脚に纏わりつき身動きが取れなくなってしまう。
「こっちは問題ないわ! ボスが逃げてしまう前に女の子を救って!」
「了解!」
エレノアはすぐさま巨大な悪魔に神銃を発砲し攻撃を開始する。木の根元に近い部分に打ち込まれた弾丸は粘液の中で連続爆発を起こし、その箇所の形状が崩壊しダメージを与えた。
「くっ…………」
レインの状況は最悪だった。足元にへばりついた悪魔を神銃で撃退しようと銃身を向けようとした瞬間、更に別の方角から悪魔が彼女の華奢な身体へ飛びついてしまう。手元が狂って神銃を手放してしまい、悪魔は奇妙な行動を見せる。
「弱い奴ほどよく群れるとは言うけれど……こんなに《スライム》が厄介な相手だったなんて」
足元と右肩へ付着した《スライム》と呼称されているらしい悪魔が白い煙を発生させる。それと同時に彼女が装備していた一部の防具が蒸発するみたく煙へと変化していった。露わになっていく白い肌はその面積を広げていき、肩に掛けられていた胸当ての紐が溶けて防具としての意味を失った。
「レイン――――ぐあっ!?」
順調にボスの体を削っていたエレノアは、すぐにレインを解放しようと方向転換をして彼女を襲うスライムへ神銃を向けたが、その瞬間にボスの攻撃が始まった。
地響きを起こしながらその巨大な体を揺らし、その一部がエレノアへと向かっていく。首元に付着した粘液が彼女の口を塞ぎ今にも酸素を奪わんとしていた。
「このまま見過ごすわけにもいかないな」
『僕を使ってみるかい? 試すには丁度いい機会だとは思うけれどね』
ここで三人の人間を失えば先へ進むきっかけも消えてしまう。もし神銃が悪魔と戦う為に存在しているとしたら、これも戦力に成り得る可能性がある。
――――土を蹴って戦場へ駆け出す。不思議と身体は軽く、最短ルートで向かうべく木の幹へジャンプして木々を伝ってボススライムが作り出した広場へ着地した。
「――――誰!?」
赤髪の少女レインがこちらに気付き声を上げるが、状況は現在進行形で悪化している。粘液の侵食は進んでおり数刻もすれば全身の装備が解除されることだろう。
ホルダーから空色の美しき銃を取り出し右手で構えると、キィン……と心地良い金属音が耳に伝わってきた。すでにエレノアは口に粘液がねじ込まれ呼吸困難に陥っている。まずはエレノアを助けなければ窒息死してしまうだろう。
神銃をエレノアの首元に付いたスライムに向け、万が一彼女に損傷を与えてしまう可能性を鑑みてすぐに救出できるように身構えた。
引金に指を掛け、躊躇いを捨てて発砲する。
同時に爆発音と共に白い光が視界を奪い、身体の感覚が掴めなくなっていく。
一体この神銃がどんな力を有していたのかわからないまま意識が遠のいていき、まさかこれが死というものなのかとさえ錯覚した。暗転した世界に手足は存在せず、身動きが取れないまま眠りに就こうとするがそれも許されなかった。閃光に身体を包まれて世界が再び構築されていく――――。
「何が起きたの……!?」
レインの声だ。目を丸くして困惑した表情が見て取れるが、視線はこちらに向いていなかった。死んではいない、だが先程よりも自分の目線が低くなっていることに気付いた。
「これが……この神銃の力……」
やけに耳に響く穏やかな音色は、神銃から聞こえていた彼の声そのものだ。何故か上空から聞こえてくる為上を向こうと視線を移動させると、驚くべき現象が起きている現実を叩きつけられる。
神銃と同じ空色の重厚な鎧に、それに似つかわしくない顔立ちの整った青年の横顔。小麦色の髪を揺らして左手を握りしめながら、もう片方の手を左腰へ伸ばす。
すると、見慣れない鋼の剣が鞘から引き抜かれその勢いのまま凄まじいスピードでエレノアの首元に付着したスライムへ一閃。鞘に収めると同時にスライムは形状崩壊を起こした。
――――突然暗転し目醒めた途端身動きが取れなくなっており、周囲にはいなかったはずの青年がすぐ目の前で戦闘を始めた。俺の身体の感覚は無く目線は丁度青年の腰辺りにまで低い位置になっていることから、神銃に秘められたその力が推測される。
『……神銃と発動者の意識を入れ替える力、というわけか』




