ep.11 神銃と対幻獣兵器研究・上
――――城外外構、【研究室】。
城の敷地の西側にある訓練所とは逆に、東側には一棟の小屋が建っている。そこにはエリアンという人物が神銃の研究をしているとのことだ。俺は彼に召集をかけられた為研究室の入口前まで来ているのだが、扉には『ノック禁止!』と書かれている上に実験の結果か建屋自体がかなりボロボロになっている。
「…………あっ」
扉の横にはドアノッカーが付いており試しに軽く持ち上げようと指を触れた瞬間、根本が錆びていたのかノッカーが地面に落ちてしまった。
仕方なく扉のドアノブに手を伸ばし、次は壊れないようにとそっと様子を確認しながら引いてみると今回は外れることなく扉を開くことに成功する。
「――――亜獣の身体は鋭利な刃物ですら傷つけることが叶わなイ。だが神銃から放たれる超常現象でなら効果があり、生命維持機能として心臓部に存在する核を破壊することで完全に機能を停止させることができル……。亜獣がどこから生まれたのか、《神銃》はどのようにして作り出されたのカ? それを解明すれば、いずれ――――」
一人の男が独り言を呟きながら研究室の中を歩き回っている。研究室の中は貴重なはずの羊皮紙が大量にばら撒かれており、『《神銃》と戦争の関係性』や『超常現象が起こる際に発生するエネルギーについて』など様々なテーマの論文が落ちている。
研究室自体は狭く、俺が寝床にしている使用人室の一室程度の広さだ。その空間に様々な植物や亜獣の核が保管されたガラス製の容器が不規則に並べてあり、彼がどのような実験をしているのか予想がつかない。
「不思議でしょウ? 研究室と言ってもワタシが行っているのは亜獣の核の解剖や神銃を使った実験程度ですから、物騒なことはしていませんヨ」
背を向けていたこの男――――エリアンが振り向いてにやりと笑う。研究者らしい白衣姿に対して後ろで結んだ長めの金髪を靡かせて、顔に小さな皺を寄せながら口を開く。
「それにしてもその《神銃》、やはりワタシが今まで見てきたものとは少し性質が違うようですネ。いわゆる《変化系》に分類されるのでしょうが、使用すると異なる容姿の男が鎧を纏った姿で現れるなんて初めて見ましたヨ」
よく喋る男だ。こちらから言葉を掛ける隙も無い。
王妃の言う通り、彼は俺が持つ《神銃》にかなり興味を持っているようだ。しかし気になるのは《変化系》という単語。神銃には特性に合わせた分類がされているのだろうか。
「《神銃》には系統があるのか?」
「いい質問ですネ。記憶を失ったらしいアナタにご丁寧に教えて差し上げましょウ。シルヴァ、アナタは王妃の命によりワタシの助手として働いてもらうのですカラ」
そこまで話が進んでいたのか。仕事があるのは有難いことだが、ギルドの依頼や研究の補助、城の護衛などやることが多くなってきたな。いずれ限界が来るのは俺の方かもしれない。
「――――まず神銃には火、水、風、光、闇の五つの《属性》があり、《神銃》ごとに異なる属性が付与されていマス」
神銃に与えられた《属性》か。ゼファリオンが《風属性》、エレノアの場合はおそらく《火属性》、レインの場合は亜獣を凍結させていたがもっとも近いのは《水属性》か。だが、俺の神銃に《属性》らしいものは無かったはずだ。
「また、《属性》と合わせて結びついている特性こそがシルヴァの言う《系統》デス。これにも五つ存在が確認されており、純粋に属性の弾丸を飛ばすものを《打撃系》。その弾丸を鋭い形にして貫通力が高くされているものを《刺突系》。弾丸自体に瞬間的な攻撃力は無いが、属性効果が着弾地点に長時間続く《汚染系》。全ての系統の中で最も攻撃力が高く、複数の亜獣に対して絶大な効果を発揮する《爆発系》が主な系統デス」
ゼファリオンも確か自身の《神銃》を《汚染系》と言っていたな。レインも凍結の力で亜獣の足を止めていた為《汚染系》。エレノアはわかりやすく《爆発系》だ。そしておそらく俺の神銃の《系統》は……。
「最後に、属性を持たず攻撃力も持たない特性を持った《系統》……それこそが《変化系》なのデスヨ」
「なるほど」
俺の神銃の《系統》は無属性の《変化系》で確定だ。今のところ俺と同じ《系統》を持った神銃は見たことがないが、他にはどんな超常現象を起こす神銃が存在しているのだろうか。
「《変化系》は特に希少ですから、アナタがどうしてそんなものを持っているのか不思議で堪りませんが……まあいいでしょウ。それよりも、早く亜獣の調査結果を報告しなさイ。ワタシはとにかく亜獣が何者なのか知りたいのですヨ」
なぜそのことを知っているのだろうか。ずっと研究室に籠っていそうな雰囲気だが、意外にもギルドに頻繁に顔を出していたり、情報提供者が身近にいるのか。
「そこまで知りたい理由は?」
「記憶を失っても好奇心は忘れていないのですネ。素晴らしいことデス」
大きく首を縦に振り、俺の右肩をポンポンと叩くエリアン。どうやら俺の質問が少し嬉しかったらしく、笑みを浮かべながら話を続ける。
「ワタシは戦争が嫌いでしテ。両親はモルテ帝国の軍人に殺されてしまったんですヨ。住んでいたところは全て帝国の領地になり、未だ戦争を起こしては国土を拡げていっているのデス。彼らは自分たちと異なる神の考え方を嫌い、唯一神を崇めるべく各国と争っていマス」
そんな理由で人の命を奪っている国だったのか。このパーレスト国が同盟を組んでいるということは、神に対する考え方が近しいのかもしれない。だが帝国を嫌う人間は今も数を増やしているのだろう。エリアンもまたその一人だとして、一体なぜ亜獣や神銃の研究を進めているのか。
「――――自由になりたい、それがワタシの願いなのデス。できることならば、天使のような大きな翼を広げて空を飛んでみたいものデス。そして神銃の力を解明し、戦争を終わらせるほどの力を持つ兵器を以て平和を生み出すことが、ワタシが研究の目標なのデス」
「随分と物騒な願いだな」
「帝国のやっていることの方がもっと物騒ですヨ」
それもそうか、と一瞬頷きかけたがやはり同意することはできない。戦争をきっかけに技術が発達し、新たな争いに発展する可能性があるのだ。翼を広げて空を飛びたいという気持ちは同意だが。
「……ワタシがどういう人間なのか、少しは理解してもらえたでしょうカ。さあ、本題に入りましょウ」
「調査結果としては、俺たちが遭遇した《フロース・ジャッカル》に今までにない特性を持った個体だった」
「ほう……その特性とは?」
「亜獣の身体に《神銃》の弾丸が当たる直前、《見えない障壁》により攻撃が防がれてしまう個体だ。攻撃を続ければ障壁は破壊され、通常通り攻撃が可能になる」
受付係に報告した時と同様に状況を説明すると、エリアンは腕を組んでその場で沈黙する。「まさか……」と何か思い当たることがあるような独り言を呟いた後、室内の小さな机にあった一冊の本を持ってページを捲る。
「これは世界で有名なおとぎ話、《アストラ物語》の一部デス。長い歴史がありますので、時間の流れとともにほとんどのページが破れてしまってネ」
やれやれと言わんばかりに言い放ったエリアンは、そのまま開いた本をこちらに向けてくる。
おとぎ話。レインやエレノアが話していた物語で、アストラという勇者が悪の王を倒す話だったか。
「『白煙と共に現れし獣、神の加護を以てしても傷つけることは叶わぬ。彼らもまた、神の加護に護られし星の守護者なのだ』。つまり、その亜獣と同じ力を《幻獣》は持っているということデス。裏を返せば、幻獣の力を持った亜獣が出現してしまったのですネ」
おとぎ話に登場する《幻獣》と同じ力を持つ亜獣……つまりそれは、《災厄》がすぐ近くにまで迫っていることにならないだろうか? その影響で亜獣にも特殊な個体が出現している可能性は大きい。
「《災厄》が迫っている、ということか」
「その通り。しかし今現状でこの国に《幻獣》を討伐できる術はないと言えるでしょウ」
「それを考えるのがあなたの仕事だろう」
「生意気な助手ですネ。実物がないだけで計画はできてますヨ」
床に散らばった羊皮紙の中から一枚を摘まみ上げたエリアンは、それを机に広げる。羊皮紙には設計図が書かれており、神銃に似た形状の、だが全体的に銃身が長く長距離用に特化されている銃だ。
「これは?」
「対幻獣用障壁破壊特化型改造神銃……うむ、最高の響きですネ」
「障壁破壊特化型……最初から障壁があることを想定していたのか」
「当然デス……が、しかし作製に至るまで最大の壁があるのデス」
机には両手に収まる程の大きさの木箱があった。それをエリアンが開けると、そこに入っていたのは一丁の神銃。レインと同じ水色に染められた神銃で、早朝に礼拝堂で見た物とおそらく同じ。
「神銃はどうやら人の手では解体することが不可能なようデス。内部構造がわからなければ、そもそもこの設計図はただの紙くずというわけですヨ」
神銃をよく見てみると、何か留め具で固定されているようには見えない。引金を引いた結果、どのような原理で超常現象を起こしているのかは興味がある。
……そういえば、俺の力は神銃から放たれたエネルギーを吸収することができるものだった。もし神銃そのものに触れて力を吸収しようとするとどうなるのだろうか?
「ちょ、ちょっとアナタ何をしテ……?」
目の前の神銃に手を伸ばし触れる。左手で持ち上げると、アストラの神銃とあまり重量感は変わらないことがわかった。スライムの核に触れた時のように、左手に意識を集中させ腕を伝ってエネルギーを吸い取るイメージを脳内で浮かべる――――
その瞬間、神銃が発光しペールグリーンに染まる。直後に銃の形をしていたものが分解され、それを形作る部品が机の上に落ちていった。
「これハ――――!!」
机の上に置かれた部品の中には、亜獣の核に似た爪の大きさ程の桃色の玉や小さな注射器のようなものがある。マガジンの箇所は空になっており、どうやら引金を引くことで玉に針が刺さるようになっているらしい。
だがこれだけ単純な構造だと、何をきっかけに爆発だったり旋風を起こしているのかまではわからない。一体どこにそんなものが……。
「助手、これを見なさイ。この小さな核に何やら模様のようなものが……」
神銃の核を掌に載せて目を凝らすエリアンに手招きされて、手渡されたそれをじっくりと見る。核には確かに模様が描かれており、一本の線が円を書いてその中にはそれよりも小さな円などの図形が見える。複雑な形をしていることから意図的に描かれているのだろう。
……神銃の構造を知ることができたのは大きな進歩だが、神の加護を受けている上に信仰の対象ともなっている神銃を解体するというのはあまりにも不敬ではなかろうか。少なくとも研究第一のエリアンにはどうでもいいことなのかもしれないが、相手が悪ければ即刻首を落とされていたかもしれない。
「この針を核に刺すことで超常が起こるのなラ――――ぎゃふっ!」
エリアンが分解された部品の中にあった小さな針を、俺の掌に載せたままの核に刺してしまった。その瞬間、空中で顔の大きさ程の水でできた球体がエリアンの顔面に落ちて彼と直下の床を濡らしてしまう。
「……構造自体はわかったな」
「そ、そうですネ」
神銃からどのようにして超常現象が起こっているのか、表面的な部分はこれで理解できた。核に描かれた模様や、なぜ針が核に刺されることによってそのようなことが起きたかまではまだ不明だが得られたことは多い。
「これで設計図の銃が作製できるようになるのか?」
「一歩前進、程度ですネ。ワタシの想定では、《幻獣》が持つ《障壁》は例の亜獣よりもずっと強固でしょウ。それを突破するには複数の神銃の力を束ねて威力を上げるのが最も有効であると考えているのですヨ」
「複数の神銃の力?」
「つまりは複数の神銃の力を一つの弾丸に込めて一点集中! というわけデス」
確かにエレノアの神銃による爆発でさえも複数回当てなければ《障壁》を破壊することができなかった。それがより破壊しづらくなると考えると、一度の発砲で大ダメージを与えられる手段があれば戦闘時に余裕が生まれる。
「だがどうやって神銃を再現するんだ?」
「まずは神銃の核の部分を再現するところですネ。助手君、手伝いをお願いしますヨ」
「了解」
神銃の基本構造を理解したところで、俺たちは本格的に《幻獣》を討つ為に必要な兵器の研究に移った。おそらく残された時間は限られている。この国を《災厄》から護るべく今はできることを一つずつやっていこう。




