ep.10 帰還した者たちの進む道
――――首都アルケー北西部、【ギルド】。
ギルドからの《特別依頼》である亜獣の調査から帰還した俺たちは、すぐに診療所へ負傷した冒険者三名を運んだ。容態は良いとは言えない状況が続いており、診療所のサピエンスによると、フロース・ジャッカルに噛まれた傷から感染症を発症していて命の危機に陥っているとのことだ。
これ以上俺たちにできることは無かった為、まずは今回の調査結果を報告するべくギルド前までやってきていたのだが、エレノアがその場で立ち止まって俯いていた。
「……ねえ、シルヴァ」
「どうした?」
「気にしすぎなのかもしれないんだけどさ。どうして私が亜獣を撃とうとした時に止めたの?」
「その方がこちらが有利な交渉を持ちかけられると判断したからだ。王妃の目的を短期間で叶えるなら、あの状況はまさに好都合だったんだ」
エレノアは俺の言葉を聞いて、少しだけ驚いた表情でこちらを向く。まるで「信じられない」と言いたげな目で訴えてくるが、俺はそれをただ見下ろすだけだった。
「確かにそうかもしれないけれど……私的には、もっと早く行動することができたら、なんて思ってたりするんだよね」
「そうかもしれないな」
彼女の言うことに何一つ間違いはない。結局俺は亜獣と戦闘を再開する判断を下し、結果攻撃を続ければ倒せることがわかった。ならば一秒でも早くその判断に至れれば冒険者たちの症状が悪化する前に治すことができたのかもしれない。
しかしそれはあくまで結果論だ。最悪の場合商人だけを救出して撤退をする可能性は常に想定していたし、どういう結果であれ商人を救うことに変わりはない為、先に交渉を持ちかけて報酬をより多く受け取った方が王妃の言う《災厄》の備えに繋がると考えた。
「私はあの時すぐにあの人たちを助けたくて動きたかった。救える命があるなら、手が届くのなら私はどこまでだって手を伸ばしたい。亜獣にやられて普通の生活ができなくなる人をいっぱい見てきたからこそ、私はシルヴァの行動を素直に受け止めきれなかった」
再びエレノアは俯いた。俺には彼女の気持ちが完全には理解できなかった。
サピエンスから聞いた話では、あの三人の冒険者は亜獣と戦闘が許可されている《Aランク》よりも三つも下の《Dランク》だったそうだ。商人の護衛には最低でも《Bランク》以上の実力を持っていないといけないそうだが、なぜ彼らが護衛任務を受けられたのかという経緯は不明だ。
いわゆる自業自得、そう考えるのが自然だと俺は思っていたのだ。だがエレノアは違った。相手がどんな人間であろうと、危機が迫っていれば状況を問わず手を伸ばすというのだ。それはあまりにも無茶であり、もしそれで助けられなければ彼女自身が精神的ダメージを受けるだけ。最悪の場合命を失う可能性だってあるのだ。
「……私がおかしいのかな。ごめんね、変なこと言って」
「おかしいことではない。だが、それではいつかエレノアに限界が来てしまうだろう」
この言葉に対しての返答はなかった。
昨日の夜、エレノアは普通の生活を望んでいると言っていた。しかし今の言葉はそれに反する思いが込められているように感じる。彼女の気持ちがわからない。俺は記憶だけでなく、人の心を理解しようとする気持ちさえも忘れてしまったのだろうか。
「私、先に戻ってるね。受付で報酬を受け取ったら、全部シルヴァが好きに使っていいから」
「……ああ」
「じゃあ、また後でね」
背を向けたエレノアが振り返ることはなかった。城の方へ歩いていく彼女を追いかけるか思考するが、今は一人にしておいた方が良いという結論に至りギルド施設へ向かうことにした。
ギルドの大扉を開け中に入ると、すぐに受付の女性と目が合った。早朝に話した人と同じ人物だ。
「――――お帰りなさいませ。シルヴァ様。ご無事で何よりでございます」
受付係のいるカウンターまで向かうと、不思議そうな表情でこちらを見つめている。
「おや? エレノア様はまだいらっしゃっていないのですか?」
「先に城に帰ると言っていた。代わりに俺が報告をしにきた」
「そうでしたか。エレノア様もご無事のようで安心いたしました」
すぐに頬を緩ませて笑みを浮かべた受付係は、後ろに一つ結びでまとめた髪を揺らして安堵している。無理もない、エレノアのことが心配だったのだろう。
「調査結果の報告だ。例の亜獣は通常の個体とは異なる特性を持っており、視認することが不可能な障壁によって《神銃》の攻撃を無効化していた」
「《神銃》の攻撃を無力化、ですか……!?」
「その障壁は攻撃を続けることで突破することが可能だ。だがその障壁を破壊するのに少し時間がかかる。もし複数体同様の個体が出現すれば、対応は困難になるだろう」
受付係は小さく頷きながら、手元の羊皮紙に羽ペンで報告内容を書き記している。
「なるほど……これは早急な対策が必要ですね。《特別依頼》のご協力、ありがとうございます」
一礼をした後、受付係はカウンターの棚の鍵を開けて小さな革袋と木箱を取り出した。
「こちらは《特別依頼》の報酬です。革袋にはミスリル金貨二十枚が入っており、木箱の中にはギルドで管理されている貴重品が入っております。ぜひ一度、箱を開けてみて下さい」
掌を木箱に向けて促されるがまま箱を開けると、そこには透き通った赤色が煌めく鉱石が入っていた。その中には一輪の桃色の花が埋まっており、すぐにそれが《フロース・ジャッカル》が咲かせる花であることに気付く。
「これは……」
「ご存じかもしれませんが、この鉱石の中には《フロース・ジャッカル》という亜獣が咲かせる花が埋め込まれています。抜け落ちた花が長い時間をかけて地中で結晶化し発掘されたとても貴重な代物です。換金すれば一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入る、と言われているほど珍しいものですので、ここぞという時にお使い下さい」
そんなものを簡単に譲っていいのだろうか。それだけ亜獣の調査を重要視しているのかもしれないが、《特別依頼》の度に渡していたらギルドの運営に関わってくるのではなかろうか。
「そこまでの物を貰ってもいいのか?」
「もちろんですよ。特に今回のような現場の状況が全く不明瞭な環境で調査をお願いするというのは、本来はかなり拒まれてしまう話なのです。進んで依頼を受けてくれるのは王室護衛隊の中でも僅かな方々だけですので、シルヴァ様とエレノア様が受けて下さったのは大変有難いことでした。なのでそれなりの報酬をご用意させて頂いたまでです」
なるほど。普通は解明されていない亜獣を進んで調査しようという命知らずは珍しいのだ。今回は王妃の指示があった為疑いもなく依頼を受けたが、もし遭遇した亜獣がより恐ろしい力を持った個体だった場合、自分だけでなくエレノアを失っていた可能性もある。今後もし《特別依頼》を受けることがあれば、エレノアはなるべく連れてこないようにしよう。
「わかった。有難く使わせてもらう」
「ええ。お金に換えるかの判断は所有者であるシルヴァ様にお任せしますが、例えば武器として加工してもらうという手段もあります。長い年月をかけて結晶化された鉱石……それを武器にすればきっと強力な剣ができることでしょう……ロマン、ですね」
じゅるり、と唾液を啜るような音が聞こえたような気がしたが気にしないでおこう。それはともかく、武器にする選択肢があるのは非常に興味があるが、流石にそこまでの貴重品を溶かして剣に変えるのは抵抗する自分がいる。
「考えておく」
「そうですか……深紅の鉱石に包まれた花、《フロラタイト》をベースに生み出される剣、見てみたかったんですよね~……」
遠い目をしながらぼそぼそと呟く受付係に少し驚いてしまう。そんなに見たかったのか。
「――――はっ! すみません! 私としたことが……じゅるり。そういえば伝言があったのをお伝えそびれておりました」
口元を袖で押さえながら、何事もなかったかのように彼女は話を続ける。
「城内で《神銃》の研究をされているエリアン様が、後で研究室に顔を出すように仰っていました。今回の調査の結果も是非直接お伝え下さい」
研究室……王妃が話していた神銃の研究をしている人物がいるのだろう。神銃のことや亜獣のこと、そして《災厄》についても何か情報があれば知りたい。俺が関わることで研究が進むのなら喜んで協力するつもりだ。
「ああ。了解した」
エリアンという人物に会うべくギルドを出てその場を後にする。城の方に繋がる大通りへ向かいながら歩いていくが、その道中で《特別依頼》の報酬で受け取った木箱の中にある《フロラタイト》の使い道を考えていた。
◇ ◇ ◇
「――――まさかその顔、その《神銃》……そしてその剣ッ! 兄ちゃん、昨日の神銃騎士じゃねぇか!?」
結局、フロラタイトの使い道を考えながらやってきたのは武器鍛冶屋【ソーテリア】だ。店主であるモヒカン男がバックヤードから現れては大声を上げた。
「一応言っておくが俺は神銃騎士じゃない。それよりも、この鉱石を使って武器を作ってほしい」
そのまま、ギルドの受付係から手渡されたフロラタイトが入った小箱をモヒカン店主に見せると、男は驚いた表情を維持したまま再び大きく声を上げる。
「こいつをいったいどこで手に入れたんだ兄ちゃん!?」
「ギルドの依頼報酬で貰ったんだが、使い道に困っていたんだ」
「実物を見るのは初めてだ……売れば一生遊んで暮らせるんですぞ?」
「金も必要だが今はより強い装備が欲しいんだ。亜獣の身体の一部であるこの花がどんな力を持っているのか、武器にして試してみたくなった」
緋色に煌めく《フロラタイト》をモヒカン店主に手渡すと、彼はそれをじっと眺めながら「う~ん」と唸り続ける。
「兄ちゃんは俺の武器を一級品と言ってくれた最高のお客様だ、当然要望には応えてやりてぇですがこの大きさの鉱石じゃ短剣一本も作れやしねえんですよ」
片手の掌に収まる程の大きさの《フロラタイト》ではサイズが足りないようだ。ならば俺が今持っているこの剣を一緒に混ぜれば上手くいかないだろうか?
「この剣を強化する素材に使ってみるのはどうだ?」
「なるほど……確かにできなくはねぇですが、この鉱石の力を最大限に引き出すならもっと《フロラタイト》を集めてからの方がいいんじゃないかとも思うんですが……」
「構わない。使わないまま死ぬよりかはずっとましだ」
「さすがは王女二人を護る兄ちゃんだ! 金はとらねえ、だが少し時間をくれねぇですかい?」
当然だが剣一本を作り上げるのにもかなりの時間がかかるという。基本的には鋼を高温に熱して加工しやすくなった状態から叩いて刀身の形に伸ばすだけでも作製することはできるが、それでは強度が足りない為何度も何度も叩いて鋼の密度を上げることでより強力な武器となるのだ。
「これだけ希少な鉱石を扱うのは初めてなもんで、加工にも力を入れてぇんです! 兄ちゃん、必ず俺が一級品を超える武器に仕立て上げてみせるから待っててくれぃ!」
「ああ。頼んだ」
モヒカン店主は受け取った《フロラタイト》とこの店で貰った一本の鋼の剣を持ってバックヤードの奥へと消えていき、直後にカン、カン、とハンマーで剣を叩く音を店の前にまで響かせる。
そういえば彼の名前をまだ聞いていなかったが、まあいいだろう。俺にとって彼は『モヒカン店主』であり、モヒカン店主にとって俺は『兄ちゃん』なのだ。
などと自分でも理解に苦しむ理論を展開し終えて、俺は改めてエリアンという神銃を研究する人物に会うべく城へと戻るのだった。
……エレノアともう一度話してみないとな。




