ep.9 ギルドからの特別依頼・下
――――パーレスト国南部、【悪魔の森】。
「――――ふっ!」
森中に轟く爆撃音。エレノアの神銃によって生み出された爆発が次々と《スライム》たちを巻き込んで肉片へと変えていく。やはりエレノア一人でも十分に亜獣と戦えている為、俺が手を出す必要はないようだ。
「こんなもんかな!」
「ありがとう、エレノア」
「えっへーん、すごいでしょ」
目に見える《スライム》を全て倒したところで、エレノアは両手を腰に当てて満足気な表情を浮かべた。油断は禁物だが、これだけ倒してしまえば暫くは亜獣も顔を出さないだろう。
「……何してるの?」
肉片となった《スライム》に近寄り、俺は自分の腕をそれに突っ込んだ。対で発現した奇妙な力を調べるべく、まずは安全な死体の状態で試してみることにする。
しかし、肉片に触れても何かが起きるような感覚はなかった。亜獣に触れることがトリガーではない……ということか。それならば亜獣の核はどうだろうか。地面に転がっていた掌サイズの《スライム》の核に触れ、念じるように集中する――――
その瞬間、《スライム》の核がペールグリーンに輝いて触れていた左手に移っていく。すぐに輝きは失われ、左手の光もすぐに消えてしまった。
【マナタンクへの供給を確認。現在五パーセント】
脳内で機械的な音声が鳴り響いた。まただ。アストラと神銃を介して交代する時に、重要となっているのであろうエネルギー量を示しているのか。核に触れることで力を吸い取り、それを《神銃》で利用する。なるほど、少しだけ使い方がわかってきた。
それにしても、なぜこんな声が自身の脳内に聞こえてくるのかという疑問が浮かんでくる。
俺は一体何者で、なぜこの奇妙な力を扱えるのか……謎は深まるばかりだ。
『どうやら亜獣の核には、彼らの生命維持を行っているエネルギーが込められているようだね』
アストラが昨日振りに声を上げた。アストラも同様の結論を出した為、自身の考えが確信に変わる。
「わっ、アストラの声ちょっと久々!」
『それもそうさ。食事会場で急に神銃が喋ったら騒ぎになるだろう?』
「た、たしかに……」
亜獣の核は生命維持装置だ。つまりあの時モノ・ウルフを倒せたのはその核からエネルギーを吸った為で、その直後にアストラと入れ替わることができた状況にも辻褄が合う。ならばゼファリオンと決闘を行った際に、《神銃》が再使用できる状態にあった理由はなんだろうか。
一、アストラの《神銃》を使うにはエネルギーが必要。
二、エネルギーは亜獣の核から取得できる(微量)。
三、貯まったエネルギーで《神銃》の力を行使する。
四、つまり逆に《神銃》の力もエネルギーとして吸収できる?
五、ゼファリオンが使っていた風の《神銃》はすでに発動状態にあり、空気中から本能的に《神銃》の力を吸収した可能性が高い。
六、ある程度周囲の《神銃》の力を吸収した結果アストラに入れ替わることができた。
……といったところだろうか。少し無理なこじつけかもしれないが考えられる中で一番自然な結論だろう。見つけた亜獣は積極的に核を回収していくしかない。地道だが、これも身を護る為だ。
「エレノア。亜獣の核を集めるのを手伝ってほしい」
「りょ、了解!」
周囲に散らばった《スライム》の核を回収して周ると、計十五個の《スライム》の核が集まった。
それぞれの核に一つずつ手で触れていくと、その度に同様の光が起こる。核から手元に集まり、やがて消えていく。
【マナタンクへの供給を確認。現在十パーセント】
これでやっと十パーセントか。この値を百パーセントまで持っていくには、《スライム》の核が単純計算で二七〇個必要になる。森の中でどれだけの亜獣が息を潜めているのかはわからないが、気の遠くなる作業になるだろう。
「綺麗な光……」
エレノアは俺が核を手に取る様子を興味深そうに眺めていた。彼女の目に反射した光は、青々とした草原のような淡い緑色で彩られている。
「シルヴァはもしかして、神様に選ばれた人なのかもね」
「どういうことだ?」
「だって、《神銃》無しでそんな力を使えるなんて、神様がシルヴァの事を良く思ってるってことでしょ? もしかしてこれまでいっぱい徳を積んできたんじゃない?」
また神様か。記憶を失う前の俺も城下町の住人やエレノアのように、神を崇める人間だったかもしれないが、少なくとも今の俺からすれば考え方が合わないと感じる。神が実在し、神が亜獣に対抗しうる力を人間に与えていたとしたら。そもそも人類に干渉できる時点で、敵である亜獣そのものを消してしまった方が世界は平和だったのではないだろうか?
「ああごめん! 記憶が無くて辛いのはシルヴァだよね、デリカシーがなかった」
「いや、構わない。調査を続けよう」
そこから更に南へ進むと、森は濃さを増していった。植物臭が鼻を刺激する程の場所までやってきていたのだ。エレノアは慣れているのか、鼻歌を歌いながらスキップをするような足取りだ。
「さすが、慣れてるな」
「もっちろーん! 元々この【悪魔の森】は、子どもの遊び場だったんだ。だから私やレイン、護衛隊の皆もここは家みたいなものなんだよ。今は亜獣が大量出現した影響で立ち入り禁止なんだけどね」
「なるほど。なら昨日の少女はなぜこんな危険な場所に居たんだ?」
純粋な疑問だった。しかし、エレノアの口は少しの間固まってしまい、腕を組んで「ん~~」と低く唸っている。
「プルクラの家はね、父親がかなりの賭博好きで、ある日イカサマにやられて大金を失っちゃったの。家族を養う生活費をあろうことか娯楽に使っちゃったのね。それでも諦めきれなかったその人は、だんだんと横暴になって、家庭環境も悪くなった」
歩きながら話す彼女は、暗い顔を浮かべていた。依頼を受ける前に話を聞いたのだろう。しかしそれがどうして危険な森の中へ行くような事態になってしまったのだろうか。
「プルクラはいい子だから、『お金があれば元通りになる』って思ったんだろうね。《フロース・ジャッカル》が攻撃の直前に咲かせる花は、モルテ帝国でかなり高価で取引されているの。稀にそれが森の中に落ちてたりしてて、冒険者の小遣い稼ぎになったりするんだ」
「その為に危険を冒してまで森に来ていたのか」
ある意味冒険者の才能があるのかもしれないが、子供には危険すぎる。事実命の危機を味わっているのだから、きっとプルクラは目覚めた後は亜獣に対して強いトラウマを抱えることになるだろう。
「家族、か」
「あ……ごめん。私また……」
「いや、いいんだ。少し気になっただけだ」
俺の家族は今どこで何をしているのだろうか。両親、或いは兄弟がいるのならば元気にしているのだろうか? 少し考えてみるが、意外にも自分は家族のことを気にしていなかったことに驚いた。故郷がどこなのか、今はどうなっているのか? 頭の片隅には確かに存在しているのに、今はそれ以上にこの生活に大きな期待を膨らませている自分がいる。
「もし記憶を取り戻したら、シルヴァは故郷に帰っちゃう?」
立て続けに心配そうな声色で話しかけてくるエレノア。過去を思い出したとして、果たして俺は今のような立ち振る舞いを忘れ、元通りの自分になってしまうのだろうか。いや、きっとその時は俺は新たな自分としての人生を歩むのだろう。
「帰らないよ。今の俺が帰る場所は、あの城だ」
「――――! うんっ!」
はっとした表情でわかりやすく喜びの感情を見せる彼女に思わず口角が上がる。
「あっ! 表情筋動いたぁ!」
エレノアが背伸びをして俺の頬を人差し指でつつきながら「全然っ、笑わないからっ、すごい大変な気持ちなんだろなっ、って!」と精一杯につま先立ちを維持している。
「そんな風に思っていたのか」
「そうだよ? 絶対笑わせてやる~って思ってたんだから」
足に限界が来たのか、背伸びをやめてその場でぐるぐると回り出す。
「そんなに笑ってなかったか、俺」
「そんなにどころじゃないよ!? 笑ってない自覚ナシ!?」
追撃の溜め息まで吐かれてしまった。そこまで笑ってなかったか、俺。
これからはもう少し表情に意識しようと覚悟を決め、俺たちは再度森の調査を進めようと歩き出したその時。
――――助けてくれ! 誰か、誰か!
進行方向のその先で、姿は見えないが確かに男の声が悲鳴を上げているのが聞こえたのだ。まさか、例の亜獣が関係しているのか?
「エレノア」
「もち!」
すでにエレノアも走り出す直前だった。同時に駆け出し、木々の合間を抜けて先程の声の主のもとへと急ぐ。
現場に到着すると、俺たちは亜獣の背後に付く形となっていた。亜獣の正体は《フロース・ジャッカル》。昨日も遭遇した、身体中に蕾を生やす四足歩行の獣だ。
俺たちの向こう側で襲われているのは一人だけではない、商人と思われる人物とその人を護る体勢で身構える三人の男たち。それぞれ背中に剣の鞘を背負っており防御の姿勢を取っていることから、護衛の為に商人に雇われた冒険者なのだろう。
「ええい! 冒険者ならば仕事をしろ! 私を首都アルケーまで無事送り届けられなければ、給料が無くなるじゃ済まないからな!」
白い髭を伸ばした商人が大声で目の前の三人の冒険者へ怒りの言葉を投げていた。冒険者の方はというとどうやら圧倒的に権利が下らしく、「ひぃ!」と情けない声を上げているだけだ。
「お、おいそこの! 使用人のカッコしたお前! 助けてくれないか」
顔を真っ赤にしていたはずの商人はすぐに真逆の色相を浮かべている。なぜならすでに冒険者三名は怪我を負っていたのだ。腹部や腕から滴る血は止まらない。今すぐにでも医者に見せなければすぐにでもあの世行きだろう。そんな現実を目の当たりにした商人も自身の未来を彼らに重ねてしまったらしい。
……ここは状況を上手く使わせてもらおう。《災厄》を打ち倒す為にも、少しでも多く人手が必要なのだ。
「条件がある」
「シルヴァ?」
隣で今か今かと神銃の引金を引こうとしているエレノアの手を遮る。大丈夫だ、という風に目を合わせると、少し困惑した顔を浮かべながらも腕を下ろしてくれた。
「な、なんだ! 金か? 土地か? なんでもいいからははは、早く助けたまえ!」
なるほど、確かに冒険者は楽に稼げそうだ。王室護衛隊が駄目だったとしても、職には困らなかっただろう。必要があれば冒険者として生きていくことも視野に入れてもいいかもしれない。
「――――アストラ
『ああ。任せてくれ』
空色の《神銃》を握りしめ、ホルダーからゆっくりと引き抜く。鋭い金属音と共に露わになった銃身をフロース・ジャッカルに向けて発砲した――――
意識が暗転し、同時に身体が鏡のような銀色の鎧に覆われて、俺がいたはずの場所には小麦色の髪を靡かせる青年の姿が現れる。
「な、なんじゃあ!?」
「そこのおじいさん。少し危ないから離れていてね」
アストラはすぐさま剣を抜き、目の前の亜獣に対峙する。気配が変わったことに気付いたのか、獲物から視線を逸らした《フロース・ジャッカル》がこちらを向く。
「――――ふっ!」
小さく息を吐いたアストラは剣を両手で水平に構え、亜獣の口元目掛けて飛び込んだ。しかし、最強の神銃騎士ゼファリオンに一撃を入れたその剣技を叩き込むその瞬間————不可解な現状が起きる。
カァァァン、と空間が揺れる程の音を立てて、アストラの剣はフロース・ジャッカルの手前で停止したのだ。
『エレノア!』
「う、うん!」
すかさずエレノアに追撃を指示すると、彼女は即座に《神銃》を構え爆撃を起こした。が、それも亜獣に命中したかと思えば擦り傷一つ付いていない。
「シルヴァ。もしかしてこいつが《特別依頼》のターゲットなんじゃないかい?」
『ああ……傷一つ付けられない亜獣か』
ただでさえ《神銃》で無ければ倒すことのできないと言われている亜獣が、その神銃の力を持ってしても傷付けることすらままならないとは。
『亜獣の突然変異、あるいは強力な個体が存在していたのか、あるいは……人工的に改造されたか』
どうすればこの亜獣を倒せるのかひたすらに思考する。今の俺は戦えない為考えるしかないのだ。そもそもエネルギー切れ以外で意識が元に戻ったことがないが故に、俺自身の力を試す手段が現状は無い。
「シルヴァ、アストラ早く! 今助けないと三人とも死んじゃう!!」
エレノアが叫んだ。このまま撤退すると仮定しても、負傷している冒険者三名を亜獣から逃走しながら首都アルケーへ帰還するのは不可能に近い。
『エレノア、アストラ。攻撃を続けてくれ。現状俺らは逃走が不可能だ。討伐はできなくとも、撃退さえできればアルケーに全員生きて帰る可能性が生まれる』
目の前に立ちはだかる亜獣、フロース・ジャッカルと睨み合いが続く状況で、エレノアとアストラは俺の話を聞いてすぐに目線を合わせた。
「わかった。エレノア、君の《神銃》が頼りだ。僕が亜獣の攻撃を受けるから、すかさず爆発させてダメージを蓄積させてほしい」
「了解! とにかく撃てばいいんだね!」
『二人とも、頼んだ』
前衛で防御を担当するアストラ、後衛で攻撃を担当するエレノアに分かれて戦闘が再開する。
発砲し着弾した《神銃》の弾丸が凄まじい光を発しながら爆発を起こし、一瞬周囲の森を緋色に染め上げていく。亜獣に命中する直前にその手前で防がれてしまい、弾かれた数発が木々の根本から炭に変える。
当然も攻撃を受け続けているわけではない。エレノアによる爆撃が始まったと同時に、森の木を軽やかに伝って爆発に巻き込まれないようにと避けてしまう。
……エレノアの攻撃を避けるということは、あの亜獣の手前で攻撃が止まってしまう見えない障壁にも限界があるのかもしれない。もしそうなら勝機が見えてくるはずだ。
「――――だめ、あいつ速すぎて当たんない!」
「落ち着こう。あの亜獣はエレノアの攻撃を嫌がっているみたいだから、必ず君を狙って攻撃を仕掛けてくるはずだ。そのタイミングで僕が受けるから、隙を見て《神銃》を使ってほしい」
「わ、わかった」
亜獣も生存本能からか環境を上手く利用してエレノアの爆撃を避けていくが、アストラがすぐに次の策を提示する。流石あのゼファリオンの《神速》を咄嗟の機転で受けきった男だ、対応力が高くて頼もしい。
彼の予想通り、《フロース・ジャッカル》が枝の上で臨戦態勢に入る。その身体に実っていた花の蕾が咲き、花弁を開いて鮮やかな桃色を見せた。攻撃の直前に見せる動作で咲かせるあの花が、まさにエレノアが先程話していた高値で売れるという代物だ。
「――――クォオオオオンッ!」
『来るぞ!』
俺が咄嗟に叫んだと同時に頭上に居たはずの亜獣が姿を消し、後衛で待機していたエレノアの背後に現れた。森の中での戦闘において、隊列を組むことは無意味に等しいということか。
「わっ――――こんにゃろぉおお!」
バン、バンとエレノアが神銃を使い爆発を起こす。それも防がれてしまうが、超至近距離で起こる爆発によって黒い煙が発生しこの場にいる全ての生物の視界を奪うこととなった。
「――――アストラ! お願い!」
「ああ!」
剣を持って亜獣がいた方へと駆け出すアストラ。ゼファリオン程ではないが、鎧を纏った状態でも走り出す瞬間が目に捉えられない速度に達しており、瞬きの間にフロース・ジャッカルへ水平に剣先を叩き込んでいた。
「今だ!」
フロース・ジャッカルはエレノアに攻撃するべく花弁を閉じて力を溜めていたが、その瞬間にアストラの一撃を受けたせいか大きく身体が揺らされて体勢を崩している。アストラの掛け声と共に再度《神銃》を構えたエレノアが、引金を引いて亜獣の頭部目掛けて発砲した。
――――耳を劈く砲声と共に、ガラスの割れるような音が確かにこの耳に届く。神銃の姿になっている俺に耳という部位がどこに位置するのかは知る由もないが。
「――――ふっ!」
すかさずアストラが抜刀術を繰り広げてフロース・ジャッカルの心臓部を突いて貫くと、障壁に阻まれることなくその毛皮を貫いて血肉を散らした。
【マナタンク残量、三パーセントに低下。換装を解除。身体情報をロード】
意識が元の身体へと戻り、一部が返り血に染まっていた白銀の鎧は消えて使用人服の姿に変わっていた。今回の戦闘で学んだことと言えば、亜獣には《見えない障壁》を持つ個体が存在がいることと、アストラの力を使うと現状エネルギー切れ以外で元の姿に戻る手段がないことの二点。問題は山積みだ。
「――――急いでアルケーに戻ろう!」
「ああ。俺が二人抱えるから、エレノアは一人運んでくれ。商人の方は一人でも歩けるか?」
「あ、ああ……助かった。礼を言おう」
木の陰に隠れていた商人は、背中を小さく丸めながら出てきた。
「……ギルドの《特別依頼》は完了。まずは、全員で無事に帰ろう!」
エレノアの号令をきっかけに、俺たちは首都アルケーを目指してその場を後にした。




