第一章7 泣き終わったら、立ちなさい
話を終え外に出るともう夕暮れだった。
王都の町を歩く二人には、希望と不安が見える。
「ザドゥの森を抜けるには準備が必要だな。」
ミトレアは心配そうな表情をしながら、
「はい、、」
とただそれだけ。
二人の影が夕焼けの光で伸びていた。
アルフラムは王国のお偉いさん会議に出席しなきゃいけなく、二人は別行動をする事になる。
病室のライトの下、フユキはその部屋にあった手すりを掴み、ぎこちなく歩く練習をしていた。右腕は包帯に覆われ、指先を少し動かすたび、骨の軋む音がする。
「……くそ、まだ全然動かねぇ。」
そこへ丁度もどったミトレアがその姿を静かに見守っていた。
彼の呼吸、力の入り方、目の奥に宿る焦り。
何も言わずにはいられず、
「無理しないで。あなた、まだ――」
フユキは息を吐き、俯いたまま小さく呟く。
「……俺はビビって動けなかったんだ。あの女を見た途端、横たわるミーネも、サトツさんも見えているのに、、、何もしなかったんだよっ....」
ミトレアは言葉を失った。
彼女もまた、その痛みを抱えている。
けれど、前を向かなければと自分に言い聞かせるように、
「……助ける方法が、、見つかったの。」
「……え……?」
ミトレアは一日の出来事を話しはじめた。
王都で出会ったカランシア、森都フィルノアの存在、そしてハイエルフの再生術。
話を聞くフユキの瞳が徐々に熱を帯びてゆく。
「俺も行く。」
フユキの瞳を見て「ダメ。あなたはまだ動けない。」とは言えなかった。
「この手足だって....,動けるようにする。絶対に。」
彼の声は震えていたが、目だけは真っ直ぐで、
その決意を見たミトレアの胸の奥が少しだけ熱くなり、
「......ありがとう。私、フユキがいてくれて、良かった。」
ミトレアの目尻に涙があった。
その夜、フユキは病室で、ミトレアは宿で別々に眠った。
けれど心は同じ目的を定めていた。
一方その頃、アルフラムは王城の会議室にいた。
ロウソクの光が静かに揺らめく。
机の上には国の地図と無数の赤い印が書かれていた。
お偉いさんその壱が口を開く。
「リュミエラ王国、またはその周辺での異形出現はこの三ヶ月で四十件を超えた。」
「……また異形が出たのか」と、お偉いさんその弐
「加護持ちの消息不明など、隣国サガレスト公国では、知性ある異形が現れたとの報告もある。」
重い空気が漂う中、アルフラムは椅子の背もたれ、ぼんやりと窓の外の星を見ていた。
(知性を持つ異形……? それはもう、ただの災厄じゃないだろ。)
「――ヴェイル卿、意見は?」
声をかけられ軽く息を吐き、
「俺は今それどころじゃあないんですよ。あなた方の耳にも入ってますよね、村に来た暗殺者の話。俺はまずそっちを優先させてもらう。」
国のお偉いさん達は顔を見合わせたが、アルフラムは立ち上がり背を向ける。彼の瞳には、硬い決意の色が宿っていた。
お偉いさんその弐が彼を止めるように口を開く。
「その暗殺者のしっぽは掴めている。」
「.....?!」
「どういうことだ?」
「まぁ一度座りたまえよ。オリオンの加護持ちだからと多めに見ていれば無礼が過ぎるぞ。」
「....ッハァ」
アルフラムは再び席に着く。
「その暗殺者は''聖紋教団''の一派と繋がりがあるらしい。」
「聖紋教団?」
「異形を神の使いだとか呼ぶ頭のイカれた連中だ。」
「異形を神と崇める狂信者に理屈は通じませんぞ!」
「それは貴方たちも同じでしょうに。」
「.....ッヌ!!」
(まったく……次から次へと……)
アルフラムは再び窓の外の星を見る。
3日目の朝。
ミトレアは出発の日に備え物資の調達や荷馬車の手配などを始めていた。
「ロープは三巻き。乾燥食は五日分、いや六日分……」
ザドゥの森は抜ける予定日より遅れるのが常だ。
「刃物は短剣。火打ち石は二つ。灯りは油を多めに。
それと。星露は一本だけ。絶対に——」
ミトレアの声は硬く呟いた。
――同刻――
「はーいフユキ君、動かないでー。」
白衣の長衣をまとった治癒師が、右腕に指を伸ばす。
「……ッ、あつ……!」
「痛いのは生きている証拠だ。」
脇で見ていたアルフラムが肩を竦める。
「彼女が王都凄腕の治癒術師、カターシャ。腕は確かだ。」
「確かじゃなきゃ困る……ッ……!」
フユキは汗を拭い、歯を食いしばる。
カターシャが淡々と呟く。
「骨は再生途上。神経伝達は乱れている。右腕は痺れがまだ少し残るかもしれないけど時期に無くなる。まぁだからと言って無理に動くとまた悪化するがね。
……だが、走るくらいなら夕刻には可能だ。」
「本当かよ! 走る! 走れるなら何でもいい!」
「調子に乗るな。」
フユキは気まずく笑う。
「……はい。」
夕暮れ――
扉を開くと、いつもの散らかった部屋。だが机の上だけは片付いていた。
「待っていたわ。そこに座って。」
カランシアが腕に付けていたブレスレットを差し出す。
「昨日言っていたものよ。これを渡したかったの。」
「え……いいんですか?……綺麗。」
「あなたが困った時必ず役に立つ」
ミトレアの瞳が潤む。
「でも、これ……どうして私に?」
「あなたが抱えているように見えるから。」
カランシアは穏やかに微笑む。
「何もかも投げ出したくなる時もあるでしょう。それでも前を向いて。あなたは独りじゃない。それに、これにはあなたを守るよう念を込めておいたわ。道具って、そういうものよ。」
ミトレアは一度唇を噛み、次の瞬間、何かが吹っ切れたようにカランシアの胸に飛び込んだ。
「……っ、っ……わたし、なにもできなくって……怖くて……悔しくて……!」
ミトレアの声が震え、抑えていた涙が一気にあふれた。
顔を隠した手の隙間から、涙がぽたりと落ちる。
静かな部屋に、涙の音だけが小さく響く。
「怖いままでいいのよ。」
カランシアは何も言わず、そっと彼女の背中を撫でた。
数秒の沈黙――。
「泣き終わったら、立ちなさい。大丈夫、あなたは立てる子。」
ミトレアは大きく息をし、涙を袖で拭う。
「……ありがとうございます。必ず、連れ戻します。」
カランシアは優しく微笑んだ。
夜――。
フユキが院の廊下を小走りに往復する。包帯の右腕は胸に固定。
「はっ……はっ……いける……!」
ベンチに座るアルフラムが、
「あと五週くらいにしておけ。それで今日は終わり。」
「二十いける!」
「五。」
「十五!」
「五。交渉決裂なら零にする。」
「零はやめろよ!」
アルフラムがふっと笑う。
「明日、お前は誰かを運ぶかもしれないし、魔獣と戦わなきゃいけないかもしれない。体力は温存しておくものだ。」
脳裏に浮かぶ割れた鈴の音、氷の欠片、折れた爪、
床に流れた赤い血。
(俺はもう…逃げないっ!)
夜風が吹くリュミエラの街。
ミトレアは宿の窓辺に座り、空を見上げながら、
「待ってて、ミーネ。」
空の星がきらりと光った。
明け方――。
まだ日が登っていない頃、霧が街を包み
その中を二人の影が歩いていた。
ひとりは包帯の巻かれた右腕を押さえる少年――フユキ。
もうひとりは蒼い宝石を埋め込まれたブレスレットを左手に着けた少女――ミトレア。
二人は王都の外れ、小さな墓地に立ち風に揺れる白い花の前で、ミトレアはそっと膝をつき、
「……行ってくるね、サトツおじさん。」
フユキも隣に立ち手を合わせながら、
(俺たち、必ずやり遂げます)
と、心に誓う。
――そして朝日が昇る。
王都の外れ、まだ朝露が残る馬屋。
馬の鼻息と、荷を積む音が響く中、
「おうおう、早ぇなぁ嬢ちゃんたち!」
声を張り上げたのは陽気な中年男で、癖のある白髭を撫でながら、軽く帽子を上げ、
「オレがこの道三十年の御者、テリーってもんだ! ま、森を抜けるまで安心してくれや。」
「よろしくお願いします、テリーさん。」
と、ミトレアが微笑むと、彼はにやりと笑って片目をつぶり、
「いいねぇ、その笑顔! 旅はな、出発前に笑っとかねぇと運が逃げるってもんだ。」
「……笑う気分じゃないんですけど。」
フユキが呟くと、テリーは腹を抱えて笑った。
「そいつぁ結構! 重い顔してる旅人ほど、最後に笑うもんだぜ。」
全部吹っ飛ばしていくような男の笑顔にフユキは少し圧倒され気味だった。
その時、アルフラムとその後ろを歩く二人の影。
黒青髪の腰に刀をさした女性と、赤髪の少女だった。
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