第一章3 朝食と星の守り
扉が開き、アルフラムが入ってきた。
「お、起きたか。気分はどうだ?」
こんなに朝食が美味しく感じたのはいつぶりだろう。
「幸せです。とても、、おいしいです、、、」
フユキは異世界に来てから初めての食事に人の温かさを感じながら、不安だった心とごちゃ混ぜになり、目から涙がこぼれそうなほどうるうるとしていた。
まさに感極まれりと言ったところだ。
それを見ていたアルフラムは少し微笑みながら、
「大袈裟だな、あとその敬語はやめてくれ。むず痒くなってくる。」
アルフラムは椅子に腰を下ろし、紅茶を飲む。
「やっぱり朝は静かな方が落ち着くなぁ」
「この辺りって、いつもこんなに穏やかなの?」とフユキ。
「リュミエラ王国は昔から''星の守り''が強いからね。
ここカーフは王都から少し離れた小さな村だけど異形も滅多に出ないの。」
アルフラムは言葉を区切り、静かに続けた。
「……最近は、それも怪しいがな。」
「え?」
「王都のお偉いさんの中でも噂だ。天秤の加護を継いでいたセレナが消息を絶ったらしい。」
「え!?セレナ様が!!?、、、、そう、、だったんですか。一体どこへ......」
ミトレアが表情を曇らせた。
「星々の恩恵が弱まると、人や、獣人、あらゆる生き物の心にも影響が出ます。
欲望や嫉妬、悪行だと分かりながら''それ''を働くと''それ''が形を取り、“異形”になる。あの黒い影見たでしょ?」
フユキは頷いた。
「じゃあ、あれはあの獣人の……?」
「そう。あれは命ごと吸い取っていきます。だから祓うたびに少し胸が痛む…」
「でもどうして急に...そんな異形が....肩をぶつけられただけだったよ。」
「そうですね。元々その獣人は悪行を働いていてそれが蓄積されていた。あるいは、」
「星の守りが弱っているかだな。」
「本で読んだことがあります。」
ミトレアは指先でカップをなぞりながら話し始めた。
「リュミエラ王国は、かつて滅びかけたことがあるそうです。異形の災厄に襲われた時、貴族たちは星々に祈り、最後には“星神”と契約したそうです。
星の守りはその時与えられたもの――王族の血と、“天秤の加護”の継承者を差し出すことで得たと」
「じゃあ……セレナって、その……?」
「ええ。おそらく、その継承者だったのでしょう」
ミトレアの声が震え、カップを手で覆っている。
その時、足元のミーネがふわりと宙に浮いた。
光の粉が尾を描き、まるで魔法をかけられたかのようにフユキに降りかかる。
「え、ちょっちょっと!!? これ何してるんだ!?」
「ミーネ、遊び魔法はダメって言ったでしょ!」
猫の姿のままミーネはくるりと宙を回って床に降り立った。
そしてかすかに――だが確かに声を発した。
「……守っているの。」
フユキは目を見開きながら、
「い、今喋った!?」
アルフラムが肩を竦める。
「ミーネはリュクス族。滅びかけの古代種だ。
結界魔法と守護の術に長けてる。普段はあんまり喋らないけどな」
「珍しいんです。」
ミトレアが補足する。
「リュクス族が人の前で言葉を発するのは、心を許した証。だから、少し羨ましいですね……。」
「何もした覚えないけど、どうして?」
「この子なりに何か君から感じたものがあったのかも...」
ミーネはミトレアに撫でられながらふにゃっと欠伸をして、再び丸くなった。
その姿はただの猫そのものだが部屋の空気が少し柔らかくなった。
「……さて。」
アルフラムが立ち上がりながら、
「昼には王都へようじかあるし。星露の補充もしなきゃな。」
「星露?」
「魔力の力を一時的に引き上げたり巡らせるための霊薬よ。この世界では、加護がなくても訓練と適性があれば魔法を扱えるの。
けれど星露は飲みすぎると魔力が暴走して異形化することもあるの。」
「……それは、、かなりのリスクなんじゃないか?」
「ああ。だからこそ加護持ちは敬意と恐れの対象なんだ。」
ミトレアが頷きながら、
「アルフラム様''オリオンの加護''もそのひとつです。」
「様はやめてくれ。くすぐったい。」
「でも、王都では皆そう呼びますよ?」
「ここはカーフだ。俺はただの常連客だ。」
パンを平らげ三人は準備を始めた。
ミトレアはフユキの背中を見て思い出したかのように、
「あ!そうだ!フユキさん!」
フユキは驚いたように振り返る。
「この服良かったら使ってください!その、背中が破れた服では少々目立つ気がするので、、」
そう言うと上下服一式を渡してきた。
落ち着いた、黒を基調にしたシンプルな服だったが、手に取ると意外と重みがあり、生地も分厚い。魔物の爪でも弾きそうな丈夫さだ。――これなら戦えそうだ、そう思えた。動きやすそうなコンパクトな黒ズボンにベルトをしめた軽装。
胸元には紐で編み上げた開襟があり、戦闘時の動きやすさを重視した造りになっていた。
華美さは一切なく''生きるために必要な服''という言葉が似合う質実剛健なスタイルである。
「これすごくいい!なんつーかめっちゃ動きやすい!」
「それは良かったです。その服前に来た村の子が雨に濡れて置いていった服なんだけど、見た目的にサイズも丁度よさそうだったから。」
「そんなの!?いいの?」
「はい。もうかなり前の事ですから。洗って取りに来るのを待っていたんですがいつになっても来ないので。」
「さあ、そろそろ行こうか」
とアルフラムが言う。
外は日がもう少しで上り切りそうで、
ミーネが窓辺に座りその様子を見送っていた。
琥珀色の瞳に光が映りこむ。
その光はフユキたちの背中を移していた。
――まるで、この穏やかな時間を守ることが彼女の使命であるかのように。
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日は登りきっており王都リュミエラは、いつになく穏やかな陽光に包まれていた。
石畳の通りを行き交う人々の声、香辛料と焼きたてのパンの匂いが混じり合い、フユキは思わ両手を広げながら深呼吸した。
「人が多いな……やっぱ、王都ってすげぇや」
「ふふ、そんなにきょろきょろしないの。田舎者だって思われるわよ」
ミトレアがからかうように笑う。
その隣を歩くフユキは、どこか落ち着かない。それもそのはず隣にこんな美人が歩いているんだ。歳頃の男なんだからドキドキするのは当たり前だろ。
彼女の髪が光に照らされながら揺れる度、胸の奥が妙にざわついた。
アルフラムは荷物を軽くまとめていた。
「俺は一度王城に行かなきゃいけない。買い出しは任せる」
「またお仕事ですか?」
「俺は便利屋じゃない。……だが、放っておけないことが起きてるからな」
そう言って人混みの向こうに消えていくアルフラム。
フユキはうなずきながら、少し視線をそらし、
(……アルフさん、本当は行きたくないんだろうな)と思っていた矢先、
「フユキ、行くよ。」
呼ばれて顔を上げると、ミトレアが店の前で振り返っていた。
光を浴びた髪が淡く輝き、風にふわりと揺れる。
王都の広場には露店が並び、魔具や薬草、星露の小瓶が並んでいた。
ミトレアはひとつの瓶を手に取り、
「これが星露よ」
「これが?」
「魔力を癒やす液体。体の中の魔力を回復させる。けど、さっきも言ったけど飲みすぎれば逆に“異形化”することもある。扱い方を間違えれば命取りね」
「……ほんと危険な薬じゃん」
ミトレアは瓶を光にかざし、輝く雫を見つめた。
フユキは、そんな彼女の横顔に視線を向ける。
その頃、昼下がりのカーフはいつもより静かだった。
休業日の店先で、サトツは腰を下ろし湯気の立つマグカップを手にしていた。
ミーネは自分のお気に入りの寝床がある二階へ「ぴょんぴょん」と上って行った。
外の風鈴が、かすかに鳴る。
静かな通りの中、ひとりの影がカーフ・リュンヌの前に立っていた。
この後本日21時頃に続きを投稿します!




