第一章31 霊獣とゲート
三人が森の小道を進み始めてしばらく――
アルフラムは先を歩き、二人は少し後ろをついていた。
カイはまだ完全には歩けないが、星露のおかげで足取りはなんとか安定している。
リオナは兄のすぐそばを歩きながら、ちらちらとアルフラムの背を観察していた。
(……どう見てもこの人、ただの便利屋じゃないんだけど)
そんな気配がする。
すると、アルフラムがふいに足を止め、ぽん、と手を打っち、
「――そうだ。君たちの名前、聞けてなかったね」
と、思い出したように振り返った。
急かすでも探るでもなく、振り返るアルフラムの声はやさしかった。
「カイ…です。 ……さっきは、本当に助けていただいて」
その声はかすれていたが、はっきりと聞こえた。
リオナは兄を一度見てから、うつむき気味に、小さく言った。
「……リオナ。です。」
アルフラムは優しく目を細め、
「カイに、リオナ。うん、いい名前だ」
二人とも少しだけ照れたように目をそらしていた。
アルフラムはその空気を崩さず、肩を軽く回しながら、
「よし、それじゃあ……もうあと十分ほどで着くから、頑張ろうか」
「……え?」
リオナが瞬きをし、
「フィルノアって……そんな近いの?」
カイも驚いた顔をしていた。
あの深い森の奥にあると聞いていたのに、もう十分ほどとはあまりにも早い。
アルフラムは再び歩き始めながら、
「いや、歩いたら一日以上はかかるよ。
でも、この先にエルフが作った近道があってね」
「近道……?」
リオナが首をかしげ、アルフラムは含み笑いを浮かべた。
「まあ、見ればすぐ分かるさ。 エルフが昔つくった根の門ってやつ。
一歩くぐれば、フィルノア外縁の樹壁までひとっ飛び…ってね」
「ひとっ……とび……?」
リオナが呆然とつぶやき、カイは息を吸い考えながら、
「そんなものが……本当に……?」
「本当にあるんだよ。エルフはこういうの得意なんだ」
と、アルフラムは軽く笑って歩き出した。
三人が森の小道を進み、空気が次第に冷たくなっていく。
リオナが両腕をさわさわしながら、
「……なんか、変じゃない? 寒い……」
その違和感にカイも緊張していた。
アルフラムは前を歩きながら小さく溜息をつく。
その瞳は、何かを見つけたかのように鋭くわらっている。
その瞬間――
空気が震え白い霧がモワモワと形を取っていき、
巨大な狼の白い霊獣が滲み出るように立ち上がった。
リオナは後ずさりながら、
「……っ……な、なにあれ……!?」
「ゲートの門番みたいなものだね」
とアルフラムは一歩前に出て言う。
が、声は少しだけ硬い。
「も、門番って……なんで急に襲ってくんのよっ」
「こいつ、エルフ以外は全部敵扱いだから」
「全部って……」
カイは冷や汗を掻きながら息を飲む。
(こんなの、勝てる相手じゃない……)
霊獣の圧力で、森が揺れる。
“ゴォォォォォォッ!!”
それだけでリオナは足をすくませ、カイも一歩も動けなかった。
アルフラムは二人の前に静かに立っていた。
霊獣の吠え声が森を震わせる。
リオナは声を詰まらせ、カイも喉を鳴らした。
巨大な狼の霊獣は、毛並みが風のように揺れ、青白い光をまとっている。
ただ一歩踏み出すだけで地面がびしりと音を立てた。
アルフラムは二人を庇うように前に立ち、
「……久しぶり……って、覚えてるわけないか」
声は静か。でも確かな圧を含んでいた。
リオナの足が震える。
カイは拳を握りしめるが――動けない。
霊獣の紫色の双眸が三人を射抜いた瞬間、
霊が跳ねるように巨体を前へっ――。
「来るっ!」
リオナの声より早く、霊獣は一瞬で距離を詰め、爪がアルフラムへ振り下ろされた。
ガギィン!!
金属にも似た音が響いた。
アルフラムは指先二本を動かしただけに見える。
霊獣の一撃は、彼の足元から数センチ手前で止まっており、振り下ろした爪は不可視の光の線によって防がれていた。
「……え?」「……っ……!!」
リオナとカイは何が起こったのか分からない。
ただただ呆気にとられていた。
アルフラムはそのまま霊獣の視線を受け止める。
怒りとも威嚇ともつかない光が霊獣の瞳に宿り、牙がきしりと鳴った。
それでもアルフラムは一歩も動かず、
ただ静かに息を吸い――
その瞬間だった。
空気が震え、森のざわめきが止まり、鳥の声も消える。
森全体が恐れるかのように、一瞬凍りつく。
アルフラムの周囲の空気が細かく揺らぎ、目に見えない圧が目の前の霊獣を押しつぶすように覆った。
「――十分だろ。落ち着け」
低く静かな声。
霊獣はびくりと体を震わせ、次の瞬間――
巨体を地に伏せ、頭を垂れた。
まるで――服従の姿勢。
「うそ……」
リオナの声が漏れ、カイはただ口が空いているだけ。
アルフラムは気をふっと抜くと、霊獣の首元にそっと手を触れ、
「よぉーしよぉーし」
と、ほのぼのした声。
さっきの圧を出した者とは思えないほどの緩んだ顔で、フワッフワの毛並みをなぜなぜしている。
霊獣は喉を鳴らし、すり寄るように姿勢を低くする。
その時――
根の門の奥から、風に乗って軽い足音が近づいてきた。
「――誰! この結界に干渉したの……!」
白銀でツインテールの髪を揺らし、弓を構えたこれぞまさしくエルフという姿をした者が現れた。
鋭い眼差しはすぐに霊獣の変化に気づき、そしてその前に立つ男を見て――
「……あなたたち何者!!」
その者は三人を鋭く睨みつけていた。
読んでいただきありがとうございます!
予定更新日から遅れてしまいすみません、、、
これからは少しずつ投稿していこうと思います!




