第一章22 屍は語る
二人は再び通路を進む。
リオナは無言のまま、もう一度だけ屍を見た。
あの人にも、誰かを待っていた時間があったのかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
薄暗い通路の空気は、湿って重かった。
カイは違和感を覚え屍の方へ振り向くき立ち止まる。
装備は破れ、汚れ、布はほとんど原型を留めていない。
ここに来て、かなりの時間が経っているのは明らかだった。
だが進めないほどだろうか。
「おにい?」
「……変わんねぇな。俺と…」
カイは皮肉っぽく言って屍から視線を外そうとした
瞬間その足元に、しわしわの紙が落ちていることに気づいた。
「……んだこれ」
近寄りしゃがんで拾う。
紙は湿気を吸ってヨレヨレで、角はほつれ、黒ずんでいた。
「地図……じゃねぇな。迷った軌跡か」
雑な線がいくつも重なり、ところどころ震えている。
動揺した手で描いたのだと想像できた。
端には、短いメモ。
『出口はある
下に行ってはいけない
何があっても戻れ
私は……まに』
リオナが息をのむ。
「……まに?合わなかった?」
「つーかこの字……最後のほう、めちゃくちゃ震えてるな」
カイは紙を薄明かりに透かし、細かい線を追う。
「これ……ギリギリまでこの先に向かって足掻いてる」
「……じゃあ、続きが……ある?」
「あるかどうかは知らないけど、少なくとも参考書としては悪くねぇ」
カイは立ち上がり、通路の奥へ目をやった。
通路はまっすぐではない。
岩盤の圧迫で曲がり、屈曲している。
ところどころ黒く焦げた跡があり、足元には砕けた魔石の欠片が転がっていた。
「……この人、必死だったんだね」
「……でも、ここでくたばってるってことは一人じゃ越えられない何かがあったってわけだ」
「…進むぞ」
リオナは少し遅れて頷いた。
「……うん」
進んで通路の奥曲がった先は急に広くなり、天井も高い。
薄い光が差し込んでいるのは、天井の岩が割れて外気が入り込んでいるからだ。
「……風。外と繋がってるのかも」
「淡い期待は捨てとけ。どうせ換気口レベルだ。地上まではまだまだ遠い」
そう言いながらカイ冷や汗を垂らしながら前方の壁をじっと見る。
巨大な円盤のようなものが、壁の中に半分埋まっていた。
さびだらけだが、その左右には魔力を通す電鉱石が二つ。
「……これ、昇降機?」
「かもしれない…しかもこれ、二人同時に魔力流さねぇと動かねぇやつだ。
協力前提とか、ホント性格悪いわこの迷宮」
リオナが目を瞬かせる。
「この鉱石て魔力流すと蓄電するって言われてるやつ?」
「そうだ、てゆうかこれ…人工物か?」
カイは後ろの屍がいた方に目をやる。
リオナは唇を噛んだ。
「……届かせよ。あの人が行けなかったところまで」
「…え…どうしちゃったの急に、」
「うるさい。準備すんぞ」
二人が電鉱石に手を置くと、じわっと青く光った。
「合図したら魔力を流せ。どうなるかは分からないが作動したら走り乗れ。登るか、落ちるか、爆発する。」
「選択肢ひどすぎ、、」
「ここ迷宮だぞ?まともな選択肢なんかあるわけねぇだろ」
不安とツッコミで手汗が出るリオナ。
「――いくぞ」
カイとリオナの魔力が一気に流し込まれ、壁がゴウンと揺れる。
「今!!」
「ちょ、ちょっと待っ――わ!?」
足元の岩が崩れ始め、カイとリオナは全力で駆け、ジャンプして滑り込む。
バチンッ!!
円盤が上昇を始めた。
「っはぁ……はぁ……間に合った……!」
安堵の笑いを浮かべたその瞬間――
カイの足元がパキッと割れた。
「おにい!!」
リオナが腕を掴む。
手汗で滑りそうになるが、力を込めて両手で引っ張る。
「重っ……!」
二人は必死で引き合い、なんとか安全地帯に転がり込む。
昇降機はガラガラと音を立てながら上がっていく。
ガタン――と止まり、次に気付いたとき通路はうっすら明るかった。
湿っていた空気が、少しだけ乾いている。
「……ここ、上層?」
「みたいだな。
つまり、まあ……運だけは良かったってわけだ」
カイは苦笑し、肩の傷を押さえながら立ち上がる。
リオナは剣を握り直し、前を見た。
「……出口、目指そ」
二人の影が、少しだけ明るい通路の奥へ伸びていった。
――屍が残した道の続きを、自分たちの足で歩くために。
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