第一章13 崩落
迷宮の奥へと続く道。
嫌な空気が常に漂っていた。
「……なーんかさっきより空気悪くない?」とリオナ。
「気のせいじゃない。魔力が濃い。」カイが小声で返す。
フユキも、はっきりとは見えないのに背中がざわつく。
「なんか……じめじめしてるっていうか、見られてる気がします……」
セラだけが立ち止まり、周囲を静かに見回した。
「……止まって……」
その声の直後だった。
ぴちゃっ、と湿った音と共に天井から何かが垂れてきた。緑がかった液体がセラに向かって落ちる。
「っ!」
セラは即座に腕で受け拭うが、布地が「じゅう」と音を立てて溶けた。
「……酸か!」
セラはつけていた手袋を捨てるが少し貫通して手の甲が赤くただれている。
フユキが恐る恐る視線を上げる。
灰色の岩と同化した壁一面に、カメレオンのような生物が張り付いており、全身が岩と同じ色に擬態しているが、眼球だけが濡れたように光っている。
「いやいやいや、キモいキモいキモい!」
リオナが顔をしかめて一歩後ずさる。
「数が多すぎる。戦ってもきりがない」
セラの声は低く鋭い。
「《グラヴィ・フィールズ》!」
――どすん、と空気が沈み、壁に張り付いていた魔物たちが、次々と床に落ちる。
「今だ!」
四人は一斉に駆け抜けるが、足元でぬめった音がして落ちた魔物の尾が靴の下を「ぬめ」っとさせる。
「もう無理っ、きもいきもい!」
数十メートルほど走った頃、ようやく空気が軽くなった。
「……ここなら、ひとまず安全ね」セラが振り返る。
「はぁ…はぁ…全員いるか? フユキ、セラ、リオナ、俺――」
カイの言葉が途切れ、壁の中の岩が形を変えた。
「カイさん!」
セラの声より早く、壁の中から飛び出した影がカイに襲いかかる。
「おにい!」
――ギンッ!
リオナの反射速度で、飛び出した魔物の首を斬り払った。
「あ、ありがとう……」
「べつに……」
セラは軽く頷いた――その瞬間だった。
――
地の底から、低く唸るような音が響いた。
壁が鳴る。足元が微かに震えた。
「……下がって!」
セラが叫ぶと同時に、地面が崩れた。
「っ……!?」
崩れ落ちる足場。
フユキが落ちかけた瞬間、セラがその手を掴む。
指先が、滑る汗と土でざらつき、
「離さないで!」とセラ。が、しかしセラのもう片方の手を支えていた岩が砕けた。
轟音。
その瞬間、二人の姿が下の闇に呑まれていった――。
「――セラさん!フユキさん!」
リオナの叫びが響く。
崩落の縁まで駆け寄ろうとした彼女の腕を、カイが掴み、
「危ない!」
「でもっ!」
足場の岩がさらに割れ、砂煙が舞い上がる。
下は真っ暗で、底が見えない。
「二人とも……生きてるよね?」
カイは短く息を吐き、
「わからん。でも、セラさん達なら……。」
リオナが唇を噛み、崩れた穴の縁を睨みつける。
底がないほどに深く静まり返っていた。
――その頃の地上では、風が吹いていた。
ミトレアはゆっくりと目を開け、背中に感じるのは湿った土の感触。
見上げた空は、森の木々に覆われてほとんど見えない。
「……ここ、は、ザドゥの森……?」
周囲を見渡すが、見覚えのある地形ではなかった。
霧が濃く、光の届き方もおかしい。
謎の圧迫感。
近くで小さな声がした。
「……ミトレア?」
ラナが木の根元に座り込んでいた。
額に少し血が滲んでいる。
「ラナ、大丈夫?」
「うん……たぶん。でも、ここどこ?」
「わからない。でも…ザドゥの森の中、なのは確かだと思う。」
ミトレアは立ち上がり、
「……他のみんなは……」
「いないよ。」
ラナの声が小さく震える。
「……ごめん、私のせい。いつもお姉ちゃんから慎重に行動するように言われてるのに……」
ミトレアは黙ってラナに近づいて行く。
ラナは半べそかきながら、
「私、いつも軽く見られて……本当に役に立ててるのかわからないんだ……」
ミトレアは静かにそばにしゃがみ、ラナの髪の葉を払った。
「ラナの明るい性格私は好きだよ。どんなに暗い時でも、ラナのおかげでその場が明るくなるの。」
ラナは少し涙ぐみながら顔を上げる。
「確かにちょっと軽率すぎる時もあるけどね!」
とミトレアは微笑みながら言う。
「うん……」ラナは涙を拭う。
ミトレアは拳を握った。
「大丈夫。みんな強いから、きっと生きてる。だから私たちも動こう。ここに留まる方が危険。」
「どこへ?」
「できるならフィルノアに向かいたい。きっとフユキやセラさん達もそうするだろうから。」
読んでいただきありがとうございます!
迷宮の崩落により、仲間たちはそれぞれの道へ――。
それぞれの視点で、少しずつ物語が動いていきます!
次回も明日19時投稿予定です!




