第一章12 導きと成長
「来る!」
巨大な影が、地の底から這い出してくる。
それは鎧を纏った熊のような獣。眼窩の奥に赤い光を宿していた。
「グォォォォ――ッ!!」
「……あれは、なんだ!?見た事がない……」
セラが言う。
「な、なんだあれっ……!?」
フユキの手が震える。
「っリオナ!右から回り込んで!カイは補助を!」
「了解。――」
カイの詠唱とともに、セラ、リオナに強化魔法が付く。
カイはそのままフユキの方へ手を向け防御魔法を付ける。
「命令すんなし。」
リオナが双剣を抜き、疾風のように跳ねる。
会ったばかりとは思えない程の連携。
「……俺も……!」
フユキは咄嗟に左手を前に出す。
だが――
「……っ……!」
頭の中が空白になり、ただ恐怖が渦を巻く。
「下がりなさい!フユキ!」
セラが割って入る。
剣が閃き、鎧の隙間を切り裂く。
しかし相手は怯まない。
「何こいつかった!」
リオナが息を吐く。
敵の一撃が地を砕き、破片が飛び散る。
フユキの胸が焼けるように熱い。
(……俺はまた、何も出来ないまま見ていることしか出来ないのか……!)
その瞬間、敵の一撃が地を砕き破片がフユキの方へ飛び散り、
「フユキっ!!!」
「…あ……」
セラ叫び声が聞こえ、それと同時に走馬灯のようにカーフリュンヌでの事件を思い出した時、耳の奥で何かが揺れる音がした。
――カリン……ッ。
それは鈴の音のようで胸の奥で、何かが噛み合った感覚がした。
(もう絶対に…負けたくないっ!…)
「――Enhance…」
フユキの口が勝手に動いた。
言葉を吐いたと同時に、何かが流れ込んでくる感覚
筋力でも、魔力でもない。
世界のエネルギーそのものが、自分の身体に通る感覚。
身体が軽い。一歩。地面を踏み抜き、二歩目で、反射的に体が動き破片を紙一重でかわしながら、流れるようにその破片を掴み魔獣へ投げ返す。
「っっ!!!」
――ガキィン!
砕けた石片が弾丸のように魔獣の胸に突き刺さり、
装甲の一部がはじけ飛ぶ。
セラが一瞬だけ振り返り、目を見開きながら、
「……今の、動き、何?」
カイとリオナも同様に驚き言葉を失っていた。
だがすぐに、膝が崩れる。
「はぁ、はぁ……なんだ、今の……」
自分の手がまだ震えている。
一瞬魔獣はよろめいたが、また目を光らせリオナの方へ突っ込んでくる。
紙一重でリオナはかわしながら、
「てかこっちも、そろそろスタミナ限界なんだけどっ!」
その隙にカイがフユキの肩を掴み、支える。
「はいはいちょっとどいててね。」
カイの詠唱とリオナの刃が連携し、セラがフユキの与えたダメージの上から一撃を重ねる。
三人の攻撃が集中し、ついに化け物が崩れ落ちた。
――
「はぁ…はぁ…」
セラが息を吐く。
「フユキ、無事?」
「はい……なんとか。」
彼の顔は汗でびっしょりだった。
セラが静かに言う。
「……あなた、さっき何をしたの。」
「わかんない。気づいたら、体が勝手に……」
セラはしばらく見つめたあと、小さく笑う。
「……興味深いわね。少し休息を取りましょう。立てる?」
「はい……」
――
少し移動し、小さな滝の音が響く空間。
冷たい霧が頬を撫でてくる。
セラは剣の鞘に手をかけたまま、フユキに目を向け、
「……さっきの、よく動けたわね。」
「……あれは、たまたまです。体が勝手に……」
「たまたま、ね。」
セラは短く息を吐く。
「けど、あの一瞬の迷いのなさは本物だった。戦いで大事なのは、そこ。」
「迷いの……なさ?」
セラは静かに頷く。
「恐怖も焦りも、全部動きを鈍らせる。でも、あの時のあなたはためらわなかった。その感覚を、覚えておきなさい。」
フユキはうなずき、少し考える。
「……でも、あれって偶然で。再現できる気がしないです。」
「剣も同じ。力んだら斬れない。流れを見て、合わせるだけ。」
「……流れ……」
「難しく考えないで。ほら、あの水。流れを止めようとしたら、余計に乱れるでしょ?
でも、流れに乗れば、自分も動ける。イメージはだいたいそんな感じ。」
フユキは滝の水を見つめる。
(……セラさん…感覚派なんだ……)
「焦らなくていい。戦い方も力も、結局経験が大事なの。」
「経験、か。」
「そう。どうせまたすぐに嫌でも試される。迷宮は、そういう場所だから。」
セラは腰のベルトからサブで使っていた短剣を抜き、無言でフユキに差し出した。
「……一応、持っておきなさい。」
「え?でもこれはセラさんの……」
「丸腰で突っ立ってる方が、よっぽど危ないわ。」
フユキはおそるおそるそれを受け取る。
刃は短いが、鞘から抜くと光の反射が鋭く、手の中で思ったより重く感じる。
「……使い方なんて、知らないですよ。」
「だから今から教えるの。」
洞窟のような中でセラは自分の剣の鞘をつかみ、
「構えてみなさい。」
「え、こう?」
「違う。腰が浮いてる。もっと沈めて。」
「こ、こう?」
セラの声は落ち着いていた。
「うん、それなら……そう、今のは悪くない。」
セラの声は柔らかく、普段より少しだけ優しかった。
フユキが呼吸を整える。
「へぇ……様になってきたじゃん。」
リオナが遠くから寝転びながら言う。
「いやいやあの構えは元々少しやってたでしょ。」
カイがぼそっと呟く。
「フユキあなた中々筋がいいわ。」
「え? あー……おじいちゃんが、剣道を教えてた人で。
剣の使い方というか、刃物はどう振ったらよく切れるかは無理やり聞かされていたので。」
セラが目を細める。
「ケンドウ?……なるほど。その時覚えた技、ってわけね。」
「ハハ、それがここに来て役に立つとはね。」とカイはボソッという。
「ウケるおにぃ誰と喋ってんの?」
「お兄ちゃんの心えぐりに来るのやめてね。」
相変わらず兄妹は仲良さそうに喋っている。
セラは静かに短剣を見つめ、
「――でも、今のあなたには、それが必要だったのかもね。」
とだけ言った。
フユキは短剣を見下ろす。
(……もう、怖いなんて言ってられない。次こそは――)
迷宮の奥へと続く道。
嫌な空気が常に漂っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はフユキの中でひとつの転機となる回でした。
次回も明日19時投稿予定です!
よければまた読みに来てください!




