第一章11 目覚める迷宮
夜が明け再出発してから数時間後、テリーが手綱を引き、馬をなだめるように撫でる。
「……悪ぃが、ここまでだな。」
彼がそう言って、前方を指さす。
そこには霧のかかった森が広がり、まるで壁のように立ちはだかっていた。
「どうしたんですか?」ミトレアが尋ねる。
「道がもうねぇ。馬も嫌がって動かねぇんだ。」
テリーは肩をすくめた。
「この先は森の腹と呼ばれてる。地面が生きてるみてぇにうねってて、車輪がもたねぇ。」
「では……ここからは歩きですね。」
セラが短く言うと、フユキが頷く。
「テリーさん、ここまでありがとうございました。」
「おう! 気ぃつけな。ザドゥの森は気まぐれだからな。昼でも道を変えるって話だ。」
ラナが軽く笑い、「こわ〜。帰り道ちゃんとあるかな?」
「帰り道も作るもんだぜ。」
テリーはにやっと笑い、手を振った。
馬車が去っていく音が遠ざかる。
残ったのは森のざわめきと、白い霧。
「……なんか、空気が重いですね」
フユキが呟く。
「魔力が濃い。呼吸が重くなるのはそのせいだ。」
カイが前を見つめ、
リオナはあくびをしながら、
「お腹すいた。」と言うが、
「いやいや俺たち拾ってもらってる身だからね。その辺わきまえようね。」と兄が静かにツッコム。
リオナはうるさいと言いたげな顔で、そっぽを向いた。
セラが剣の柄に手をかけ、
「全員、油断しないで。足元を見ながら進むわよ。」
霧の中、木々の影がゆっくりと飲み込むように迫ってくる。
――その日、彼らは森の中腹で野営をすることになる。
⸻
そして夜。
フユキ達は深い霧を抜け野営地を探していた。
霧が少し薄れ、木々の隙間から夜空がのぞくようになり、フユキたちはようやく足を止める。
「ここを今夜の野営地にしましょう。」
セラが短く告げる。
ラナが荷を下ろしながら大きく伸びをした。
「やっと休憩〜! 足がもう棒だよ〜!」
「この調子じゃ、まだ森を抜けるのは厳しそうだな。」
カイがボソッと呟くと、
「おにいのぶんざいで文句言うなし。」と
リオナが不満そうに言いながら、荷袋を地面に落とした。
焚き火の明かりが灯る。
ミトレアがスープをかき混ぜ、柔らかく微笑みながら、
「スープ、もうすぐできますよ。少し薄味ですけど。」
「やった〜!」
ラナが器を受け取り、
フユキも隣でほっと息をつく。
セラは静かに頷き、
「明日はもう少し奥へ進みます。森の気配が穏やかなうちに動きたい。」
「気配?」フユキが尋ねる。
「森には目があるの。油断すると、すぐに迷わされるわ。」
誰も何も言わず、少し沈黙が流れる。
やがてリオナが寝袋を広げながらぽつりと言った。
「ねぇ、見張りって交代制?」
「そうです。最初は私、次がフユキ、そしてカイとリオナ、最後にラナとミトレア。」
「……はぁ。おにいと一緒とか、最悪。」
「俺もお前とじゃ気が休まらない。」
「なら喋んな。」
「……了解。」
その会話に、ミトレアが思わず笑いを漏らし、
「仲が良いんですね。」
「いや、絶対違うと思う。」とラナが半笑いの小声で返す。
焚き火の火がぱちぱちと鳴り、
夜風が吹き抜け、霧がゆっくりと晴れていく。
「……明日は晴れるといいね」
ラナが小さく呟いた。
--夜明け
ひんやりとした風が木々の間をぬけて吹く中、
「……ふあぁ、朝か……」
寝袋からフユキが顔を出す。髪はぼさぼさ、目はまだ眠そう。
「ん〜〜寒いっ」
ラナが焚き火に両手をかざしている。
その横でカイは静かに瞑想中、リオナはテントの中で寝袋にくるまっていた。
「皆さんおはようございます。」
ミトレアが小鍋をかき混ぜながら微笑む。
「スープ、昨日の残りですけどどうでしょうか。」
「助かる!お腹すいた〜!」
「まったく……危機感ゼロね」
「え、だって食べなきゃ動けないし!」
そんな会話がしばらく続いた。
だがふと、フユキが眉をひそめる。
この世界の森はこんなにも静かなものなのだろうか…
「……ねえ、森、静かすぎない?」
「静か?」ミトレアが顔を上げ耳を澄ますと、鳥の声が消えていた。
「……確かに。」
セラの声が低くなり、
「何か嫌な感じがするわね」
カイがふと違和感を感じ地面に手を当てて呟いた。
「……魔力の流れが、下に吸い込まれてる」
「下に?何それ……こわ」
「多分、何かあるのかも、、しれない、」
そんな曖昧な言葉に、ラナが目を輝かせてしゃがみ込む。
「え、それお宝とか!?」
「そんなわけないでしょう」
ラナが地面を指でこすると、土の下から円の模様が見えてきた。
「うわ、なんか光ってる?え、これ……石板?」
セラがすぐ前に出て、
「ラナ、触らないで。何の魔法か分からないわ」
「え、でも平気じゃ――」
--バチッ!!
「きゃっ!」
一瞬空気が震え、石板の模様が青く光り出し、地面の下から光が広がってくる。
「魔力反応が急上昇してる!離れろ!」
カイが叫ぶ。
セラがラナを引き寄せた瞬間、足元の地面が震えた。
「な、なんだこれ!?」
地面が一気に沈む感覚。
全員が浮かび上がり、光の中へと吸い込まれていった。
世界が裏返ったような、奇妙な浮遊感――。
⸻
ザドゥの森の地下深く、
謎の迷宮が、静かに目を覚ます。
――暗い。
湿った空気。石の壁に、青白い光が脈打っている。
「……ここ、どこだよ……」
フユキが呟く。
気づけば、森は消えていた。
「迷宮……か?」
セラが剣を抜き、周囲を警戒する。
彼女の声は落ち着いていたが、少し焦りも見える。
「それよりなんか人数減ってるよねこれ」
カイがボソッとと呟く。
「ウケる、おにぃ、焦ってて、ウケる」
リオナは小馬鹿にしたように静かに笑っている。
「油断しないで。魔力の流れが……妙だ」
セラが足元を見つめた瞬間――
壁の紋章が光り、空間がぐにゃりと歪んだ。




