第一章9 ざわめく森
少しの沈黙のあと、ラナが干し肉をかじりながら口を開く。
「あのさー、フユキって魔法とか使えんの?」
「え、いや……全然。こっち来てからまだ何がなんだかで。」
「だよね〜。でも教団?だかなんだかと戦ったんでしょ? アルフから聞いてるよ。君、結構レアな存在なんじゃな〜い?」
「ラナ、下品な煽り方はやめなさい。第一、彼はまだ旅に慣れていないのだから無闇に刺激するものじゃないわ。」
「へいへ〜い、おねー様は相変わらずお堅いこって〜。」
本当はこの二人、仲が良いんだろうな――と、フユキは小さく笑った。
その笑みを見て、ミトレアが首を傾げながら、
「フユキ、どうかしたの?」
「いや……二人、仲良いなと思ってさ。」
「え?」
セラは少しきょとんとし、ラナは目を丸くして、
「うそでしょ!? 今の見て仲良いって思うの!?……
まっ、実際仲良いけどね〜? おねえ〜ちゃん」
「そう見えるだけよ。実際は――」
「うちの姉ちゃん、昔から口うるさいんだよね〜。」
「ハァ……それだからあなたはいつまで経っても詰めが甘いのよ。」
フユキは少し笑いながら、
「アハハ……でもそのツッコミ、なんか安心するかも。俺、この世界、全然わからなくてさ。」
セラは目を細め、しばらく黙ってから言った。
「あなた、この世界の人間じゃないって聞いてるけど……本当に、ただの一般人なの?」
この世界に来た自分がただの一般人モブAなんて思いたくはないがそう思わざるを得ないほどに、
「……カーフが襲撃されたとき、俺は何もできなかったんだ。あの目を見た瞬間、怖くて――体が動かなかった。」
ふと、フユキの目が曇る。
それを見ていたラナが、空気を変えるように軽く笑い、
「じゃ、これから頑張ればいいじゃん? ここ、なんもかも変で楽しいし! きっと、向いてるよ、この世界!」
「そうですよ。」ミトレアが頷く。「あの時フユキがいなければ、私、今ここにいなかったんですから。」
「それにね〜」とラナが指を立てた。「最悪やばくなっても、お姉ちゃんがなんとかしてくれるから安心して!」
「無責任なことを言わないで。」
そんな会話が続く中、森の空気が変わった。
「――ガタンッ!」
馬車が急に止まり、大きく身体が揺れる。
「ミーネ……っ!」
ミトレアは大切な真空箱が入ったバックをしっかりと抱きしめ、外を覗いた。
「おいおい……なんだありゃ……」
テリーの声に、緊張が走る。
森の道の真ん中、低く身を構える影。
亀と牛が混ざったような、奇妙な魔獣。
その目は、赤く光り、獲物を見定めていた。
「うへぇ、わっかりやす〜い顔してる……」
ラナが小さくため息をつき、素早く銃を取り出し、
「ちょっと、待ちなさ――」
――ダンッ!!
銃声が森に響き、亀牛魔獣はあっけなく倒れた。
「……もうっ、早まらないでって言ったのに……」
「だって睨んできたし?」
魔獣は一撃で倒れたが、その音が、森全体を呼び覚ました。
木々がざわめき、無数の咆哮が返ってくる。
「……え、今のってまさか……」
テリーが手綱を引き、馬を後退させる。
「…囲まれてる!」
「来るぞ……! 構えろ!」
テリーの声が響く。
森の空気が一瞬で張り詰めた。
「……もう、仕方ないわね。ラナ、いくわよ」
「りょーかいっ、お姉ちゃん!」
二人は馬車から飛び出す。
ラナの銃弾が敵を仕留め、セラの剣がその弾光を追い、魔獣の硬そうな甲羅をも豆腐のように軽く切っていく。
完璧な連携だった。
甲高い銃声と、鋼の音が交錯する。
魔獣の甲羅が砕け、一体、また一体と崩れ落ちていく。
「すげぇ……」
フユキは息を呑む。
完璧な連携。
けれど敵は減らない。
咆哮が重なり、木々の間からさらに魔獣が溢れ出る。
「おい! 数が多すぎるぞ!」
テリーが手綱を引き、馬が怯えたように嘶いた。
ミトレアも後方からを簡易治癒魔法を放つ。
だが、追いつかない。
「ラナ、右下がれ! 囲まれるぞ!」
「わかって――きゃっ!」
その瞬間、背後から黒い影。
魔獣の爪がラナに迫る。
「ラナッ!!」
フユキの身体が勝手に動いた。
「やめろっ!!」
叫んだ瞬間、空気が弾ける。
――パリンッ。
光の檻が魔獣を包み込み、動きを止めた。
「なっ……?」
ミトレアが息を呑む。
フユキの左手が微かに光っていた。
その瞳にも、淡い蒼が宿る。
「今の……フユキ?」
フユキ自身も、
(違う。あのときとは、少し感覚が違う……!)
「けど…できる……!」
ミトレアはその姿をただ眺めていた。
ラナは魔獣を撃ち抜いたあと、ぺろっと舌を出して、
「っぶな〜、さんきゅーテリー!」
「いや、今のは……」
テリーは言葉を飲み込んだ。
「キリがありません! 一度引きます!」
セラが叫び、全員が走り出す。
追ってくる魔獣の咆哮。
木々の隙間を抜ける馬車の音。
追ってくる魔獣を蹴散らしながら、森の奥へと撤退していく。
やがて森の奥で静寂が戻り、昼とは違う冷気に包まれている。
馬の息が白く揺れ、皆の顔に疲労が滲む。
「馬も限界だな……ここらで野営するか。」
テリーの声に、全員が頷いた。
夜の寝床が準備され、焚き火が灯る。
フユキは自分の左手を見つめた。
さっきの光の残滓が、まだ微かに指先に残っている気がした。
「……なんだったんだ、さっきの……」
――
深夜。
「ふああ……さっきはあっぶなかった〜……夜はなんも起きなきゃいいけど……」
見張り当番のラナが欠伸をしながら呟く。
そのとき――
「……キュグぉぉぉ……オォォ……」
重く、低く、湿った唸り声が森の奥から響いた。
読んでいただきありがとうございます!
彼らの旅は始まったばかり!
次回も明日の19時投稿予定です!




