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第五話 県予選開始

 土曜日の朝。僕はいつも起きる時間より2時間ほど早起きをして最寄りの駅に来ていた。

 時刻は朝の6時00分。外の気温は少し肌寒く、目に見えるくらいの靄がかかっていて神秘的に見える。

 車も人も全然いなくて、この街に僕しかいないんじゃないかと思えてしまうほど静かだ。

 こういういつもと違う雰囲気って何だかワクワクする。


「げ、本当に来たの」

「もちろんですよ。先輩1人だと心細いでしょ?」

「私そんなに子供じゃないから」

「まあまあまあまあ。切符買いに行きましょ」

「私はSuicaだからいらないわよ」

「えー」

「ついて行ってあげるわよ」

「ありがとうございます!」


 今日は全国中学校卓球大会の県予選の日。僕は地区予選で負けたけど、先輩は見事1位通過をしている。

 これから電車で会場に向かうわけだが、僕はもちろん試合はない。

 なぜここにいるのかというと、試合の時に先輩のコーチをするためだ。

 僕たちの中学校には指導者がいない。他の学校だと個人戦や団体戦の時に選手の後ろにコーチや同じ学校の選手がついてコーチングをしているんだけど、今の卓球部は僕と北条先輩の2人だけだ。

 そういうわけで僕が先輩のコーチングに申し出て半ば無理やり同行している。

 先輩はいらないって言ったけど、絶対に誰かいたほうがいいに決まってる。僕がうまくアドバイスできるかわかんないけど、後ろに味方がいるっていうのは気持ちが楽になるはず。

 少なくとも僕が同じ状況だったら絶対嬉しい。

 

「切符はこれね。先に往復で買っておきなさい」

「はーい」

「あんた小学生にしか見えないし、子供料金でいいんじゃない?」

「そのうち伸びますぅ!」


 無事切符を購入し、改札を通ってホームに行く。

 やがて電車が来て乗ると、朝が早いからほぼ貸切状態だった。


「先輩は去年も県予選に行ったんですか?」

「ん? ええそうよ。去年は県予選を突破してブロック大会まで行ったんだけど、そこで2回戦負け。全国には行けなかった」

「今回は行けます絶対。先輩強いし」

「そうね。去年よりだいぶレベルアップしたと思う。でも他の選手だって同じわけだし、こればっかりはやってみなくちゃわかんない」

「いいなあ。僕も早く大会に出て勝ち上がりたいです」

「そういえばあんた地区予選どうだったの? あんだけ強いなら予選くらい楽勝だと思うんだけど」

「4回戦負け。樋上さんに負けちゃいました」

「それは......災難だったわね」

「でもおかげでクラブを紹介してもらえましたし、樋上さんにも出会えたし、僕にとって良いことしかなかったです」

「まあまだ一年生だしね。これからこれから」

「はい。次は絶対優勝します」


 そういえば、次の大会って何かないのかな。早く試合に出たい。

 今度先生に聞いてみよう。僕が出れる大会があるかもしれないし。


「そういえばさ、あさひって小学校の頃は違う県にいた感じ?」

「へ? どうしてそう思ったんですか?」

「小学校の頃に大会で見た記憶がないからよ。卓球やってる奴なんて、大体昔からの顔馴染みが多いんだけど、あさひは違ったから県外の選手だったのかなって」

「あー。そういうことですか。僕が卓球始めたの中学からだから見たことなくて当然ですよ」

「冗談?」

「本当です。オリンピックで土屋選手の試合を見て、それで中学校では卓球部に入ろうって思ったんです」

「じゃあまだ卓球始めて4ヶ月ちょっとしか経ってないのか。は、え? それで私に勝てるレベルなわけ? マジか。今のうちにサインでももらっておくか」

「下手くそな字で良ければいくらでも」

「冗談だって。けど相当努力したのね。それにしても成長が速すぎるけど」

「動画とかいっぱい見て自分なりに頑張りました。でも限界を感じたところで樋上さんにクラブを紹介してもらって今に至る感じです」


 最近になってわかったことがある。

 みんな僕が中学校から卓球を始めたというと驚くのだ。それもかなり。

 コーチ曰く、中学から始めた選手のレベルじゃないとのことだった。それくらい僕の成長スピードが速いらしい。

 必死に練習してきたおかげだ。僕なりに自分で調べて1から頑張ってきた。でも昔から卓球をやっている樋上さんや北条先輩と比べたらまだまだだと思う。

 この前北条先輩に試合にこそ勝ったけど、あれは展開が良かったからだ。

 卓球の基礎や応用が僕にはまだまだ足りない。もっと練習しなくちゃ追いつけないんだ。


「あさひって目がいいってよく言われない?」

「目ですか? 特には。視力はいい方ですよ」

「そういうのじゃなくてさ、なんて言ったらいいんだろう。相手の動きを見る目って言えばいいのかな。試合中とか相手を観察して自分の中に落とし込んでるわよね? プレーも再現してたりするし。そういう目の良さって言えば伝わるかな」

「コーチには分析力があるって言われましたね。確かに相手の動きを見て先を読もうといつも考えてます」

「なるほど。時間が経つと動きを読まれてる感じがしたのはそういうことね。なんか心読まれてるみたいにドンピシャでコースを読まれてるから何でだろうって思ってたけど、謎が解けたわ」

「時間がかかるのが弱点ですけどね。でも僕の武器だと思ってます。もっと早く分析することと、分析してる間の立ち回りをしっかりすることが今の課題ですね」

「あとサーブね。2種類しかないのはキツイ。来週あと2つ増やすわよ」

「うー、はい」

「レシーブは真似っこできるのに、サーブはできないの?」

「そういえば、意識したことなかったですね。サーブの時はいつもフォームより回転を見ようとしてるので」

「試しに今度フォームを見てみたら? レシーブと同じ理屈なら、相手のサーブを再現できるかも」

「やってみます。ただ、土屋選手のサーブを真似しようとした時は無理でしたね。レシーブはそこそこできてると思うんですけど」

「確かに似てる。特にスマッシュを弾く時とかそっくり」

「サーブは動画だと細かい部分がわかりにくいんですよね。トスして球のどこを擦るかとかってその人の感覚? みたいなのがあると思いますし」

「私にはわかんない感覚ね。今日もせっかくならいろんな人のサーブを見ておきなさい。私のコーチングはあまり気にしなくていいからさ」

「いえそれはしっかりやらせていただきますとも。僕の全部を使って先輩の相手をしっかり分析します」


 今日の僕の役目はあくまでも先輩のサポートだ。僕の目が分析に向いてるのなら、コーチングにだって活かせるはずだ。

 

「そんな気負わなくてもいいわよ。こう見えても去年はブロック大会まで行ってるんだから。場慣れはしてるほうよ」

「僕、ちょっと張り切りすぎてました」

「まぁ、その、あー。ありがとね。なんか話してたらリラックスできた」

「じゃあ試合の前もいっぱい話しますね」

「集中させろ」


 先輩が僕の頭に軽くチョップをしてそのあと2人で笑った。

 先輩とはだいぶ打ち解けれてきた気がする。最初は気難しい人なのかなと思ったけど、全然そんなことなかった。

 先輩は歳の割に大人びてるけど、意外と冗談が好きだ。卓球以外にもいろんなことに詳しくて、話してて楽しい。先輩が先輩で本当に良かった。


*****


 電車に1時間ちょっと揺られ、ようやく会場の最寄駅に着いた。

 ここからはバスに乗って会場まで行くことになる。先輩がスマホでバスの停留所を調べてくれたから迷わずスムーズに会場に到着することができた。

 初めてくる会場。でも、僕もいずれはここで試合をするんだ。

 お辞儀だけしておこう。


「よろしくお願いします」

「あんた、何やってんのよ」

「挨拶です」


 挨拶は大事。


「お? あさひと北条じゃん! おっすー!」

「樋上さん! そっか。樋上さんも地区予選突破組ですもんね」

「そういうこと。北条は県予選として、あさひは何でいるんだ?」

「北条先輩のコーチです」

「ほう。北条ずるいぞ。俺もあさひにコーチしてもらいたい」

「じゃああげます。バイバイあさひ」

「行かないですよ!」


 秒で売られた。


「はは。冗談はさておき、お互い頑張ろうな、北条」

「はい」

「じゃあな」


 樋上さんが駆け足で去っていく。その先には、2人ほど同じ学校のジャージを着ている生徒がいた。

 樋上さんの中学は指折りの強豪校だ。予選を突破している生徒も樋上さんだけじゃないってことか。


「樋上さんね、去年は1年間大会に出れなかったの」

「え、どうしてですか?」

「成長痛で腰を痛めてね。だから練習はしてたけど、大事をとって大会は休んでたの。だから今年は何が何でも全国に行きたいってずっと言ってた」

「行けますよ。先輩も、樋上さんも。絶対に」

「あさひ......。そうね。さ、会場に入ろうっか。ちゃんと靴持ってきた?」

「もちろんです。先輩と練習するためにラケットも持ってきてます」

「そりゃどーも」


 入場。

 中は地区予選で行った体育館よりかなり広い。見た目からわかってたことだけど、中に入るとその大きさがより一層感じられる。

 

「あさひこっち」


 先輩に手招きをされて2階へと上がる。


「あの辺に座りましょ」


 ギャラリーにはすでにたくさん人がいるけど、それ以上に席が多いので座りたい放題だった。

 そんな中で先輩が選んだのは階段からちょっと離れた位置の前側の席だった。あそこなら試合が見やすそうだ。

 会場を見ると、ちょうど大人の人たちが台を並べている最中だった。

 やがて台の設置が終わる。広い体育館をフェンスで3分割にして、10台×3列で台は並べられた。


『おはようございます。会場の準備ができましたので、これより9時15分まで練習時間を設けます。選手の皆さんは譲り合って卓球台を使用くださるようお願いします』


 会場アナウンスで練習の開始が告知された。

 今の時刻は8時ちょうど。1時間ちょっとは練習ができる。


「先輩、僕はいつでも行けます」

「カバンはもって行きましょう。席はこうやって上着を掛けておけば大丈夫でしょ」

「はい!」


*****


 アナウンスで予告されていた9時15分まで練習を行った。

 練習の間他の選手の動きをたくさん見たけど、全員各地区の予選を勝ち上がってきた選手なだけあって動きに安定感があった。

 ただ、その中でも北条先輩は頭ひとつ抜けてプレーが綺麗だと思った。

 上に戻り時刻が9時30分になるとアナウンスで入り、開会式が始まった。

 そして、10時。いよいよ大会がスタートする。

 先輩は第1シードなので2回戦からのスタートだ。トーナメント表を見て、先輩の次の対戦相手になる選手の試合を近くで見ることにした。


「先輩、あそこです。奥から4番目の台にいました」

「間違い無いわ。お手並み拝見ね」

「知ってる人だったりします?」

「どっちも知らない子ね。2人とも2年みたいだけど、去年はいなかったわ」

「去年いた選手のこと覚えてるんですか?」

「県予選に来る人たちは一通りね。ライバルだもの」

「データの鬼ってわけですね。流石です」

「試合始まるわよ。しっかり見ておかないと」

「そうですね。少しでも試合の時に役立つ情報を集めましょう」


 目をばっちり開けて何も見逃さないようにしないと。

 先輩の試合についていく時以外は情報収集班になるんだ。


「あさひ、そんな前のめりに何なくても。姿勢悪いと腰痛めるわよ」

「は! 確かにそうですね。でもこの席からだと手すりで見えにくいので、僕あっちに行って見てきます!」

「ちょっとあさひ!? 転ばないようにね! はぁ、私はお母さんかっての」


*****


 今日はいつもより調子がいい。自分の思い描いたプレーが全部できてる。

 俺にとって最後の中体連。部活の後輩にも、金田TTCの後輩にもかっこ悪いところは見せられない。

 次は準決勝。今やっている男子個人戦残り1試合が終われば一旦会場の台数変更のために時間が空く。

 しばらく休憩か。


「よぉ、ちっとは成長したみたいだな。陽介」


 会場から出た直後、思わぬ人物に声をかけられてびっくりしてしまった。


「何だよ。髪染めてっから誰かわかんねえのか?」

「鈴ねえ、だよな? 驚いて言葉が出てこなかったんだよ」

「まあいいや。ちょっとつらかせよ」

「いいよ。上にいこっか」


 鈴ねえは元プロの卓球選手だ。それも日本代表のエースとして活躍していた一流の中の一流。テレビにもたくさん出てたから、もしかしたら騒ぎになるかもしれないけど、その頃とは見た目の印象がだいぶ変わっている。

 今こうして俺と歩いていても誰も気づいていないところを見ると、多分大丈夫なやつ。


「鈴ねえ、だいぶ久しぶりだよな。今日はどうしてここに?」

「親父に呼ばれたんだよ。クラブでコーチしてくれってさ。あたしもちょうど貯金が尽きて金に困ってたから戻ってきたってわけ。今日はこれから指導する生徒の実力を見ておこうと思ってね」

「それで、感想は?」

「まださっきの試合しか見てないけど、まあ悪くないわね。よっぽどのことはない限り優勝でしょ。とりあえず県予選おめでとう」

「油断はしないよ。俺はベストを尽くす。全国まで1試合も負ける気はないよ」

「気合い入ってんな。ところで、お前以外に後2人中坊がいるって聞いてんだけど、試合出てんの?」

「1人は出てるよ。女子個人戦で俺と同じく次が準決勝。北条玲花って子だよ」

「あー。その子の試合見たわ。見かけによらずすげえ攻撃的な子でしょ?」

「そうそう。好きあらば攻撃するスタイルだね」

「なるほど。こりゃ指導のしがいがあるね。クラブで会えるのが楽しみだ」


 ニヤリと笑う鈴ねえはちょっと不気味に見えた。鈴ねえ、ストイックだからなぁ。厳しそう。


「で、もう1人は? 地区予選で負けちゃったか」

「俺に負けた。中1で春野あさひって名前。こいつがかなり面白いやつでさ。鈴ねえも気にいると思うよ」

「あんたに負けたのか。そりゃ災難としか言いようがないね」

「クラブに来たのもつい最近でまだ1ヶ月も経ってない。でも実力は俺が保証するよ。あいつはまだまだ伸びる」

「ふうん。まあ自分の目で見て評価するよ」


 父である金田コーチをさらに上回る実力の鈴ねえがあさひをどう評価するか。今からその邂逅が楽しみだ。

 あの鈴ねえでさえ、あさひの卓球にはびっくりするに違いない。


「なににやついてんだ?」

「いや別に。そうだ、北条とあさひに会っていく? 2人とも会場にいるし」

「今度でいいや。今日は試合を見に来ただけだからな。陽介とその女の子の試合はもう見れたから帰るわ。またな」


 鈴ねえが後ろを向いて帰るそぶりをを見せた。


「鈴ねえちょっと待って」

「ん? どした?」

「最後に一個だけ質問。もう選手として卓球はやらないの?」

「やんねー。もういいんだわ」

「......そっか」

「じゃあな」


 鈴ねえはそのまま帰ってしまった。


「もしかしたらって思ったんだけどな」


 鈴ねえはまだ25歳。現役を引退するには早すぎる歳だ。まだまだこれから日本を背負っていくべき選手なのに。

 あの日、試合で起こった事故をきっかけに引退をしてしまった。

 怪我はもうとっくに治ってるはずなのに、一体どうして?

 コーチに聞いても教えてくれなかった。鈴ねえがどうして選手を引退してしまったのかはわからない。

 でもコーチとしてまた卓球を始めてくれるってことは卓球が嫌いになったわけじゃないってことだ。

 今はそれで十分だ。


*****


 いよいよ準決勝が始まる。ここまで北条先輩はストレート勝ちか1セット落としての圧勝しかしていない。かなり安定して勝ち進んできた。

 ブロック大会への出場権は上位4人までだから準決勝に進んだ時点で予選は突破したことになる。

 でも目指しているのは優勝だ。予選の突破はその過程で手に入れたものにすぎない。


「次の相手、去年ギリギリ勝った人なのよね。今までの相手と比べると一気に手強くなる」

「そうですね。僕も5回戦からこの人が勝ち上がってくると読んで注意深く試合を見てましたけど、プレースタイルが先輩と似てますよね」

「だから苦手なのよ。多分向こうも同じように思ってるんじゃないかしら」

「でも試合の展開は先輩に向くと思いますよ」

「どうして? 去年はどっちが先に強打できるか、みたいな感じでやりづらかったんだけど」

「だったら尚更展開向きますよ。先輩の方が先に攻撃できる回数が多くなると思います。相手と比べて、先輩の方がチャンスボールの見極めが上手いんです。相手にとっては違っても、先輩なら打てる展開が何度も出るはずです」

「相手の試合を見ただけでそこまでわかっちゃうわけ?」

「じっくり見てましたから。あとは相手の攻撃をうまく処理できるかが鍵ですね。こればっかりは実際に試合をしてみて先輩自身が相手の攻撃の威力を分析するしかないです。いつも通りいきましょう。今日の先輩は最強です」

「ありがとう。自信がついたわ」


『これより男子・女子個人戦の準決勝を行います。選手の皆様はアナウンスに従ってテーブルにお越しください』


 会場の準備が終わった。

 さっきまでと比べて卓球台の台数は減り、合計4台しかない。広くスペースをとってより激しい打ち合いが可能になった。

 いよいよ準決勝が始まるんだ。

 選手ではないのに、僕も緊張してきた。

 実際に試合をするってなったら心臓が飛び出そうなくらい緊張するんだろうな。

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