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第一話 憧れを追いかけて

描写や文章に拙い部分は多々あると思いますが、ぜひ読んでいただけたら幸いです。

感想や指摘をしていただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたします。

 カコン、カコン、カコン、カコン!

 テレビの中で繰り広げられる壮絶な攻防。

 オリンピック男子卓球個人戦、準決勝。

 対戦しているのは日本代表のエースと現世界ランキング1位の中国代表の選手だった。

 なんとなくテレビをつけて目に入ったその光景に、僕は一瞬で目を奪われた。

 テレビのテロップに、この試合に勝てば日本初の個人戦メダルの獲得が確定すると書かれている。

 なんとなくの予備知識で、中国が卓球王国だということは知っていた。

 歴史上日本人が個人戦でメダルを取ったことがないのならきっと今回も無理なんだろうと僕は勝手に決めつけた。

 試合の流れ的にも、中国の選手の方が素人目に見ても一枚上手だった。

 ほらやっぱり。僕はそう思いながら試合を眺めていた。

 日本代表選手の顔がテレビにアップになって映る。すでに2セットを取られている。今だって10-7であと一点取られたら3セット目が取られる。敗北に王手がかかるこのタイミングなのに、彼の目にはまだ闘志があった。

 ここからでもまだ勝つことを諦めていなかった。

 テレビ越しのその気迫に、思わず背筋がぞくりとする。

 

『土屋選手、これで3連続得点です! 追いつきました!』


 実況とともに、会場が沸き立つ。その勢いのまま、彼は1セットを奪取した。

 そこからは、ただただ彼の勝利を祈りながら試合を見ていた。

 一点取るたびに雄叫びを上げる彼とともに僕も声を上げて喜んだ。

 気づけば昨日まで名前も知らなかった卓球選手に夢中になっていた。

 がんばれ! 勝て! 勝て!

 土屋選手の調子が上がってきたのか、5セット目は終始土屋選手の流れが続き、11-4のスコアでセットを取った。

 これでセット数は土屋選手が3つ。あと1セット取れば勝利だ。中国代表の選手の顔に焦りが見えたような気がした。

 両選手は数分間水分補給をしながらお互いのコーチらしき人と話をしたあと、第6ゲームが始まった。

 まだまだ流れは土屋選手にあった。このままいけば勝てる! きっと誰もがそう思っていた。

 6-2で土屋選手がリードしていたのに、そこから怒涛の追い上げが始まり、あっという間の7-9と逆転されてしまった。

 中国人選手の動きが変わった。土屋選手も必死に食らいつくが、ギアが上がった相手は土屋選手の攻撃全てに反応した。同じ人間とは思えない、まさに怪物。これが世界一の選手の実力なのか。

 6セット目は取られてしまい、試合はフルセットのゲームに持ち込まれた。

 流れ的は最初の時と同じで中国代表の方にある。でも僕は見た。土屋選手の諦めない姿勢を。一度逆転したあの瞬間を。

 第7ゲーム。中国代表が早々に4連続で点数を取った。6ゲームでの動きは健在だ。

 土屋選手は一度天井を見上げた。そして、深く息を吐いたあとニコリと笑った。この状況なのに、試合を楽しんでいるのか?


『土屋選手、まずは1点を取りました! 非常にいいコースに決まりました!」


 そこからは何度も激しい撃ち合いが続いた。永遠に続くと思えるほど長いラリーが何度もあった。

 お互いが一歩も引かず、力と力をぶつけ合う。

 ラリーの最中も土屋選手は何度も笑顔を見せた。

 そして、決着の瞬間は訪れた。10-9で中国代表はあと1点取ったら勝ちという状況。土屋選手は一点取ったら追いつけるという状況。

 今までで1番激しい撃ち合いが始まった。極限の状態の中で、ミスをした方が負ける。

 その中で、中国代表が打った球が少し甘いコースに入った。土屋選手はそれを見逃さず、厳しいコースをついて返球した。

 これで同点に持ち込める。僕はそう思った。

 キュッと、会場の床が勢いよくなった。絶対に追いつけないその球に、中国代表は追いついた。そして、今度は逆に土屋選手がいる場所とは間反対のコースに力強いスマッシュが決まった。


『試合終了! 日本代表土屋選手、惜しくも準決勝敗退です!』


 土屋選手は、後ろに飛んだピンポン球をしばらく眺めて動かなかった。

 そして笑顔で中国代表と握手したあと、会場から去っていった。その目には、悔しさのあまり涙が浮かんでいた。


「あれ?」


 僕の目にも涙が浮かんでいた。卓球なんて今まで興味がなかったのに、2人の試合に感動したんだ。

 すごい。僕もあんなふうにどんな時も諦めない、人を惹きつけるようなことをしてみたい。

 卓球をやってみたい。そう思った。


 後日、土屋選手は3位決定戦にて勝利し、見事日本初の悲願のメダルを獲得した。勝利の瞬間、土屋選手が喜ぶ姿を見て僕は本格的に決心した。

 僕は卓球の選手になる。土屋選手みたいに、人を感動させるような試合をできるような選手になると。そして、中国代表に勝てる強い選手になると、心に決めた。



*****


 卓球を初めて約4ヶ月。毎日必死に練習してきた。あのオリンピックの試合を見てから、土屋選手の試合をたくさん見て卓球の勉強をした。

 僕のプレイスタイルも憧れの選手に似せて自己流に磨き上げてきた。右も左もわからない僕に取っては、土屋選手のプレイだけが唯一の道標だった。

 その甲斐もあってか、なんとか3回戦まで突破することができた。同じ部活の先輩たちはすでに負けてしまっていて、あと残っているのは僕だけになっていた。


「春野! 次の相手去年のチャンピオンだぜ! 頑張れよ!」

「はい!」


 部長の応援を受け、僕は準備をして会場に向かった。

 次の対戦相手は樋上陽介。中学3年生で去年の中体連で地域予選を勝ち進み、最終的に全国大会まで行った正真正銘の猛者だ。

 トーナメント表を見たとこから第一シードのこの選手を意識していた。

 僕は将来土屋選手みたいに世界で戦えるプレイヤーになるんだ。ここで、今の自分と全国との間にどれだけ壁があるのか見極めたい。


 会場に着くと樋上さんはすでに台の前に立っていた。


「すいません、お待たせしました」

「全然大丈夫。始めようか」

「はい」


 審判からピンポン球を受け取り、樋上さんとラリーを始めた。

 ラリーを始めてすぐに、樋上さんの実力が本物であることを思い知らされた。

 僕と比べて、フォアもバックも両方安定している。フォームにブレがないし、打った球のコースが完璧ですごく打ちやすい。

 これが、全国クラスのプレイヤーか。


 数分間の練習を終え、いよいよ試合を始める。

 じゃんけんをして僕が勝ったので、レシーブを選択した。これは、先に樋上さんのサーブを見て少しでも考える時間を長くしたかったからだ。

 樋上さんがサーブの構えを取る。第1ゲームが始まった。

 まずは一打目。どんなサーブでくるか。

 じっと樋上さんの構えを見つめ、集中する。

 フォームと、打たれた球をじっくり見て観察した結果から、右回転のサーブと判断した。

 フォアの面で、回転に逆らわないように角度をつけて返球する。が、僕が思っていたよりもとてつもない回転がかかっていたため、球はネットにぶつかりレシーブミスをしてしまった。

 どうやったらあんな回転がかかるんだ。今までの相手とはレベルが違う。

 樋上さんに一点が入る。今のサーブを返せないと試合は始まらない。

 今度はもっと角度をつけよう。流すように打つんだ。それに悪いことばかりじゃない。回転の向きはあってたんだ。ちゃんと練習の成果を活かせてる。

 次のサーブも同じ右回転だった。

 さっきよりも角度を考えて打つと、今度はちゃんとネットを超えて相手側に返すことができた。だが、思ったよりも球の軌道が伸びてしまっている。

 スマッシュがくる!

 咄嗟に判断し、後ろに大きく下がる。読み通り、樋上さんは僕の甘い球をすかさず強打した。

 後ろに下がったことによって、スマッシュに反応する猶予ができる。土屋選手の試合で何度も見てきた粘りの卓球はこうやって何度もラリーをして、針の穴を通すような隙をついて勝ってきたんだ。

 レシーブがうまくいかなかったからって絶対に諦めない。


「ふん!」


 なんとかスマッシュに反応した僕は、弧を描く軌道の球を返した。これも甘い球。きっと次はバック側に来る!

 そう読み、樋上さんが球を打ったのと同時にバックへとポジションを切り替える。


「え?」


 咄嗟に球の軌道を折った僕は、前のめりに転んでしまった。

 僕の読みは当たっていた。だが、樋上さんは僕の読みのさらに上を読んでいたのだ。

 僕がいる位置まで球が届かないように、スマッシュの威力を調整した。


「春野君、立てる?」


 審判が転んだ僕に声をかける。少し膝を擦ったけど問題ない。それに、今はすごく楽しいんだ。


「大丈夫です」


 審判から球を受け取り、サーブの定位置につく。今度は僕の番だ。


*****


 圧倒的な力の差。どれだけ工夫しても、どれだけ対策を考えても覆らない差がそこにはあった。

 セットカウント2-0。5セットマッチなので、あと1セット取られたら僕の負けが確定する。

 絶対負けたくない。こんな状況でも、たとえ相手の方が格上だとしても、勝ちたい。

 土屋選手みたいに、どんな時も諦めない。最後まで勝ちを捨てない!


「一本集中」


 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。鼓動の音が激しい。ジンジンと、身体中が熱い。

 周りの音が徐々に聞こえなくなっていく。そうだ。他の情報はいらない。ただ目の前の相手だけを、相手を倒すことだけに集中しろ!


 樋上さんのサーブ。左回転だ

 今までの返球は、ちょっとずつは良くなってたけど、結局樋上さんに主導権を握られていた。このサーブから点数を取れないと、逆転はできない。

 思い出せ。僕のヒーローいつもどうやって返球している? 相手のサーブからどうやってチャンスを作っている?

 何度も見た彼の背中を思い出す。一か八か、僕も同じように!

 フォア側にきた左回転のサーブ。ネットスレスレを通り過ぎて、その回転量からすぐに台から逃げるように横へと曲がった。

 僕は膝を落として腰を下げ、その球を掬い上げるように打ち上げた。

 ぶっつけ本番の、ループドライブ。

 弧を描いた僕の返球は、ネットを超えてほぼ真横に着弾し、そのまま審判に向かって飛んでいった。


「しゃあ!」


 サーブから初めて点数を取った。その嬉しさのあまり、まるでセットをとったときのように声が出る。

 まだまだ油断するな。勝負はここからだろ! 僕はあと3セット連続で取らないといけないんだ。


「もう一本!」


 もっと観察しろ! 逆転の隙を見つけるんだ!

 次のサーブはーー同じ左回転。だがさっきよりも短い。

 この軌道では台から球が飛び出さず、台の上で2回跳ねる。さっきと同じ手は使えない。

 球の左側をなぞるようにして、クロスではなくストレート側に返球する。

 コースは上手く制御できたけど、球の高さが甘い。

 すぐに後ろに下がってスマッシュに備えーーいや、それじゃあさっきと同じだ。いずれは受け止める僕の方がジリ貧になって間に合わなくなる。なら!

 おそらくコースは僕が今いないバック側。先に回り込んで、腰を落として構える。

 きた!


「ふん!」


 スマッシュへのカウンター。強打には強打で返す。

 あのオリンピックで土屋選手がやっていたみたいに!

 僕のカウンターはいい具合にフォアクロス側に決まり、また1点獲得した。

 これで2-0。それも相手のサーブから連続で点数を取った。いい流れだ。なんだか頭も動きも冴えてきた気がする。

 この調子で、どんどん行くぞ!


*****


「「ありがとうございました」」


 負けた。

 第3ゲームは、完全に僕の流れだった。勢いをそのままにやっと1セットを奪取し、このままフルセットまで持ち込めると思っていた。

 なのに、4ゲーム目は樋上さんの動きが全然別物になった。サーブも、レシーブも、細かいフェイントも全部。まだ上があった。

 どうすれば僕もあの領域に行ける? どうすればあの人に勝てる選手になれる?


「樋上さん!」


 気づいたら僕は会場を後にした樋上さんの背を追いかけていた。


「ん? あーさっきの」

「春野です」

「春野君。いやー、さっきはいい試合だったね。正直最初は舐めてたよ」

「どうすればあなたみたいに強くなれますか? 僕、もっと強くなりたいんです」

「あー、ここじゃなんだし外で話すか」


 樋上さんが周りを見て気まずそうに言った。

 僕は気づいてなかったが、周りにギャラリーができていた。そうだ。樋上さんは有名人なんだった。


「はい。すみません」


 靴を履き替えて、僕たちは外に出た。


「さて、どうすれば強くなれるかだったっけ?」

「はい」

「君、今何年生?」

「1年生です」

「1年か。俺が1年の頃より少し強いくらいか。なら、今のまま練習続けてればいいと思うけど。中学どこだっけ?」

「裏町西中です」

「あんま聞かないな。クラブとか行ってんの?」

「いえ、部活だけです。あ、でも夜にママさん卓球に参加させてもらってます」

「ママさん卓球!? それはまた独特だな。普段はどんな練習してんの?」

「練習メニューとかないので、動画とネットを見て自分で考えて練習してます。土屋選手の試合をよく参考にしてますね」

「なんか見たことある動きとフォームだと思ったけど、それが原因か。しかしそんな環境でよくそこまで強くなったな。驚いたよ」

「そうですかね。僕はそう思えませんけど。今日だって、結局樋上さんに負けましたし」

「傲慢だな。でもいいことだと思う。春野がもっと強くなるには、指導者が必要だと俺は思うよ」

「指導者ですか。でもうちの部には監督とかコーチとかいないですし、先輩もほとんど卓球をできません」

「そればっかりはもうどうしようもない。そこで提案だ。お前、俺と同じクラブに来ないか?」

「樋上さんと同じクラブですか?」

「俺はいつも部活が終わった後そこで練習してるよ。優秀なコーチがいるし、レベルの高い練習相手もたくさんいる。お前が今より強くなりたいならいい選択だと思うぞ」


 卓球クラブか。でもーーそれって親の許可を取らないと入れないよな。


「スマホ持ってる?」

「いえ」

「そっか。ちょっとここで待ってて」

「あ、はい」


 樋上さんは駆け足で建物の中に戻って行った。

 強くなりたい。そのために今の環境では限界が来ることは薄々感じていた。全部付け焼き刃の技術。見様見真似のはったりだ。

 

「ごめんお待たせ。はいこれ」


 樋上さんから渡された紙には、金田TTCという名前が書かれており、その下に電話番号が書かれていた。

 さらにその下に、携帯の電話番号が書かれている。


「これって」

「俺が通ってるクラブの名前と電話番号。あとこれが俺の携帯の番号ね。なんかあったら電話してよ」

「ありがとうございます! 同じ学校じゃないのにこんなにしてもらって」

「楽しい試合ができたお礼ってことで。それに、俺自身強い奴が増えてくれるのは嬉しいしな」

「なんとか説得してみます。ありがとうございました」

「おう。じゃあまたな」

「はい! この後も頑張ってください!」


 ひらひらと手を振って去っていく樋上さんの背中はかっこよかった。僕もいつかあんなふうになりたい。


「はあ、母さんに相談しないとな」


 家に帰ってからのことを考えると憂鬱だ。母さん、なんて言うだろうな。

 言いたくない。でも強くなるためには言わなきゃいけない。どんな反応をされようとも、言わないと前に進めない。


「でも嫌だなぁ」


 とりあえず、部活のみんなのところに戻るか。

 帰ってからのことをシミュレーションしながら、僕は体育館の中に戻った。


*****


「ただいまー」


 外から見て電気がついてなかったからわかってたけど、まだ誰も帰ってきてないみたいだ。

 張り詰めていた緊張の糸が解けた。こんな弱気じゃダメだとわかってはいるけど、まだ母さんと話さなくてもいいという安心感が生まれてしまっている。

 リビングに入り電気をつけると、テーブルの上に置き手紙と作り置きのオムライスが置かれていた。


『あさひへ 今日も帰りが遅くなります。温めて食べてください。部活で疲れていると思うので早めに休むように。 母より』


 遅くなるのか。まあいつも通りではあるか。


「お腹すいたな」


 オムライスを温めて早速食べることにする。


「美味い」


 ペロリと平らげ、汗を流すためにシャワーを浴びた。

 自分の部屋に入った瞬間、1日の疲れが一気にやってきた。

 倒れるようにベッドにうつ伏せになる。


「ぶふぅー」


 大きなため息が出た。マジで疲れた。初めての大会で最後は樋上さんと戦ったんだ。疲れないわけがない。

 しばらく休んだ後、ストレッチをしてパソコンを開いた。

 リュックの中から樋上さんにもらったメモを取り出す。

 

「金田、TTCと」


 検索すると1番上にそれらしきホームページが出てきた。

 元プロの金田弘道選手が作ったクラブのようで、小学生から大人まで幅広い年齢層が通っているらしい。

 コースもその人に合わせて選べるようだ。月のコーチ料も他のクラブと比べても安い。


「けど月12000円か」


 他のクラブと比べての話で、決して安い金額ではない。年間で12万円。


「言いにくいなぁ」


 でも魅力的だ。きっとここで練習したら僕はもっと強くなれる。というか、世界で活躍する選手になりたいのならこれは必須条件だ。

 樋上さんという全国で活躍する選手を育てた実績もある。環境としてはかなり高水準なのは間違いない。

 けど、それを話したところで母さんが納得するとは思えない。

 僕が卓球を始めたいと話したときだって、あまりいい顔はしなかった。

 卓球で一流と呼ばれる選手のほとんどは小さい頃からラケットを握っている。今から始めても、練習の差が、経験の差がある。その差を埋めるのは容易いことではない。

 だから卓球はやってもいいけど、部活よりも勉強に力を入れなさい。それが、母さんの意見だった。でも僕はもっと真剣に卓球がやりたかった。

 地域でやってるママさん卓球にも母さんには内緒で参加している。部活だって、みんなが帰った後も1人で練習を続けている。

 勉強は大事だと思う。でもそれ以上に、僕は卓球がやりたいんだ。

 きっと反対される。でも、もしかしたらいいって言ってもらえるかもしれない。相談しないうちはわからないじゃん。

 僕の悪い癖だ。やる前から全部諦める。土屋選手ならきっとどんな時も諦めない。今日だって、諦めなかったからあの樋上さん相手に1セット取れたんだ。

 母さんが帰ってきたら話そう。僕がどれだけ卓球がやりたいかを話すんだ。


*****


 結局、母さんの許可は取れなかった。

 将来卓球の選手になる人は今の時点で全国大会に出場している選手ばかりだ。だから、今からではもう遅い。部活だけで卓球を楽しんだらいいじゃないか、というのが母さんの言い分だった。

 最初は僕も食い下がったけど、母さんから提示されたデータを見せられて何も言えなくなってしまった。

 確かに、母さんの言うとおりだ。僕は結局、今大会で全国の選手を相手に勝てなかった。それはつまり、僕には卓球の選手になる才能がなかったってことだ。

 諦めたくない。諦めたくないけど、クラブには通えない。今まで通り自己流でなんとかするしかない。

 

 母さんとの話し合いのせいか、その日は一日中頭が真っ白だった。授業も気づけば終わっていて、部活でもいつもみたいに集中して練習ができなかった。

 先輩たちは昨日の僕の試合を見てすごいって褒めてくれたけど、素直に喜べなかった。あれじゃダメなんだ。もしもあそこで勝ってたら、僕は母さんを説得できたのかな。

 そんなたらればばかりを考えてしまう。

 もうダメなのかな。僕は土屋選手みたいなプレイヤーにはなれないのかな。


 放心状態のまま時間だけが過ぎ、部活の時間が終わった。いつもならこのまま自主練習をするところだが、今日はそんな気分にはなれなかった。

 

「おーいあさひー」

「どうしたんですか部長」

「お前にお客さん。外で待ってる」

「え? わかりました」


 部長に言われるがまま外に出ると、樋上さんが待っていた。

 まさかの人物の来訪に驚きを隠せない僕を見て、樋上さんは笑いながら声をかけてきた。


「よ! 昨日ぶりだな、春野」

「び、っくりしましたよ。どうしてここに?」

「どうしてって、お前に会いにきたんだよ」

「もう練習終わっちゃいましたよ」

「クラブの件を聞きにきただけだから大丈夫。よかったらこの後一緒にって思ってな」

「あ、えと」


 ダメだっだんです。許可をもらえませんでした。そう言えばいいだけなのに、なぜか言葉が出てこなかった。

 ここでもし口に出したら、樋上さんとの関係はこれっきりになってしまう気がした。せっかくのチャンスがなくなってしまう気がした。どうせーーもう手遅れなのに。


「そうか。お前、親にはちゃんと話せたのか?」


 僕の態度を見て樋上さんは察したようだった。


「はい。でも、今からじゃもう遅いって。部活だけにして、勉強に力を入れなさいって言われました」

「そうか」


 これでおしまい。樋上さんにせっかく気にかけてもらったのに、僕はその手を掴むことができなかった。

 僕がこの3ヶ月でもっと強くなっていたら。オリンピックの試合を見る前から卓球に興味を持っていたら。この手を掴めたかもしれないのに。


「春野、お前の夢ってなんだ?」


 突然の質問に、一瞬戸惑ったが僕の口はすぐに動いた。


「世界で戦える選手になること。中国代表に勝って、世界一の選手になることです」

「なら、こんなとこで終わっていいわけないよな」

「でも、僕にはもう選択肢がないです」

「まだわかんねえだろ。春野、俺にお前の親と話す時間を作ってくれないか? 必ずなんとかして見せる」

「そんな、樋上さんに迷惑かけれないよ」

「俺は強くなったお前ともっと戦いたいと思ってる。いずれは全国の舞台で。そんでいつか一緒に日本代表になって世界と戦うんだ。悪くない未来だろ?」


 あるかもしれないそんな未来を想像する。ああ、なんて楽しい未来なんだろう。


「っ、ぐず」

「おいおいいきなり泣くなよ。俺がいじめたみたいじゃんか」

「いえ、これはその、違うんです。僕みたいなやつにそんなことを言ってくれるのが嬉しくて」

「卑屈なやつだな。試合中はずっと諦めない目をしてたのに別人みたいだ」


 希望の光が差したような気がした。


「わかりました。樋上さんと母さんが話す時間を作ります」

「任しとけ。んで、早速今からどうよ」

「ほえ!? 今から!」


 思わず声が裏返る。心の準備ができてないんですけど。


「早いほうがいいだろ。嫌なら明日でもいいけど」

「いえーー」


 確か今日は早く帰ってくるって言ってたよな。予定通りなら母さんはもう家にいるはず。


「よろしくお願いします」

「よし! 春野の家行くぞ!」


 やる気満々の樋上さんは、試合に勝った時みたいなガッツポーズをした。

 心強いが、僕の胸中が緊張でドキドキだった。


*****


 ごくり。と唾をのみ家に入る。

 樋上さんには玄関で待っててもらい、まずは僕が母さんと話をする。

 リビングに電気がついているから、母さんがいることはほぼ確定だ。


「ただいま」

「あらおかえり。お腹空いたでしょ」

「あのさ母さん!」


 慌てて話そうとしすぎて、声が少し大きくなってしまった。怒ってるって母さんに思われてないかな。

 母さんはそんな僕の様子から何かを察したのか、黙ってこちらを見つめている。話は聞くと言う合図だ。

 

「ごめんちょっと声が大きくなっちゃって。昨日のことなんだけど、やっぱり諦めたくないんだ」

「どうしたのよあさひ。いつもそんな頑固じゃないのに。あさひの気持ちはこれでもわかってるつもりよ。でも私はそこを踏まえた上でクラブに通う必要はないと言ったの。今はわからないでしょうけど、きっと大人になったら私の方が正しかったって分かるから。あさひ、何度も言うけど、考えが甘いわよ」

「そうかもしれない。でも、でも僕はーー」


 諦めたくない。後一言が言葉にできない。でも樋上さんなら、なんとかしてくれるかもしれない。


「ごめん。ちょっと待ってて」

「ちょっと、どこ行くの?」

「会わせたい人がいるんだ」


 いきなりの僕の行動にきょとんとする母さんを横目に、僕は樋上さんを呼びに行った。


「すみません。うまく繋げれませんでした」

「なんとなく聞こえてた。きまじいな」

「結構機嫌悪くなってるかもしれません」

「はは、まあ任しとけ」


 あとは祈ることしかできない。情けないけど、樋上さんがうまく母さんを説得してくれることを信じるしかない。


「ごめん急に席外して」

「いきなりびっくりしたわよ。それで、誰かいるのね?」

「うん。どうぞ」


 僕の後ろに続いて、樋上さんが入室した。


「夜分遅くにすみません。樋上陽介と申します」


 樋上さんは深々と頭を下げた。


「去年全国大会に行った選手よね」

「ご存知なんですか。恐縮です」


 なんで母さんが樋上さんのことを知ってるんだ?


「息子から昨日卓球クラブの話を聞いて調べたらあなたの名前が出てきました。3歳から卓球を始めて、去年全国大会でベスト16に入った天才プレイヤーだと紹介されていましたね」


 母さん、一応金田TTCのことを調べてくれていたのか。

 なんだかそれが少し嬉しかった。僕は母さんに見放されてないんだって思えた。


「あさひ、樋上さんは3歳の頃から卓球をやってる。全国に行く選手っていうのはすでにそのための経験を積み重ねているの。今年から卓球を始めたあなたが今から追いつくなんて、現実的じゃない。樋上さんも、この子に現実を教えてあげてください」

「えっ!?」


 樋上さんはいきなり驚いたような顔をした。空いた口が塞がらないってこういう顔のことを言うんだろうなぁ、とこんな状況なのにそう思った。


「春野、中1から卓球始めたってマジ?」

「はい」

「それであれかよ。やべーな」

「どういう意味ですか?」

「あーまあいいや。すまん話が途切れた。お母さん、ちょっと見せたいものがあります」


 樋上さんはリュックから何かを取り出した。黒いケースの中に入っていたのは、タブレット端末だ。

 タブレットを机の上に置いた樋上さんは、動画を再生した。僕にも近づくようにと手招きをする。


「これは、昨日の俺と春野君の試合です。1、2セット目は俺が取りましたが、3セット目は終始春野君の流れでした」


 説明をしながらバーをいじり、3セット目の試合を流す。僕が唯一とったセットだ。

 母さんはその試合をただ黙って見ていた。


「4セット目は彼の体力切れと、俺の意地でなんとか取りましたが、油断のできない試合でした。自分で言うのもなんですが、俺は全国レベルのプレイヤーです。そのプレイヤーに、卓球歴が1年にも満たない春野君は接戦をしてみせた」


 母さんの反応を伺うように、樋上さんは続ける。


「それも、ほぼ独学での練習でです。通常ではあり得ない。いくら情報に溢れている今の時代とはいえ、ここまで成長できたのは彼に才能があったからです」

「今からでもあなたに追いつけると?」

「追いつけますよ。あと1年もあれば必ず全国レベルの選手になれます。さらに経験を積めば、世界で通用する選手にもなれます。お願いしますお母さん。どうか、未来の日本代表に手を貸してあげてください!」

 

 樋上さんが再び深々と頭を下げた。何をやってるんだ僕は。樋上さんがこんなに必死になってくれてるのに、僕は傍観者でいていいわけないだろ! 


「母さん! 僕はもっと強くなりたい。樋上さんと同じクラブに通ったらきっと強くなれる。もう一度お願いするよ。僕をクラブに通わせてください!」

「2人とも頭を上げなさい。あさひ、本気なの? 本気で卓球の選手を目指すしているの?」

「それが、僕の夢だから。あの日見たテレビの中のヒーローに僕もなりたいんだ」


 母さんは数秒間黙り込んだ。静かなリビングに、時計の秒針の音だけが鳴り響く。


「わかった。クラブに通ってもいいわよ」

「本当に!」

「ええ。今週の土曜日、仕事が休みだから一緒に行きましょう。樋上さん、クラブの方に話を通しておいてくれますか?」

「お任せください。コーチに話しつけておきます」

「ありがとう。もう遅いし、よかったら家まで送っていきましょうか?」

「いえ大丈夫ですよ。このあとまだ練習があるんで」


 そそくさとリュックにタブレットをしまった樋上さんは、最後に元気よく敬礼をした。


「それでは、大変失礼しました。土曜日、楽しみにしてますね。じゃあな、あさひ!」

「夜道に気をつけて」

「樋上さん、ありがとうございました」


 玄関先で樋上さんを見送ったあと、リビングに戻ると母さんがじっとこちらを見つめていた。もしかして、怒られる?


「ご飯、用意するわね」

「手伝うよ」

「いいの。座って待ってて」


 母さんが立ち上がり、キッチンに向かう。僕はその後ろ姿をただ黙って見ていた。

 今日の夕飯はハンバーグだった。そういえば、こうやって母さんとご飯を食べるのは久しぶりかもしれない。

 最近は残業だらけだったし。本当、いつぶりだろうか。こうして顔を合わせて食事をするのは。


「いただきます」

「いっぱい食べなさい」

「うん」


 食事の間、会話は特になかった。でも、不思議と気まずさはなくむしろ落ち着いてご飯を食べることができた。

 なんだか母さんの雰囲気が温かく感じたからだ。


「運ぶよ」


 食べ終わった後、僕は断られる前に母さんの食器も一緒に流しへ運んだ。


「あさひ、ごめんね」

「え? なんで?」

「私、あさひの気持ちをわかってるようでわかってなかった。今からじゃ遅いとか、やって見なきゃわかんないのにね。あさひは自分の力だけであんなに頑張ってたのに、勝手にあさひの可能性を決めつけてた。母親として情けない」

「そんなことないよ! 僕の方こそ、ずっと勘違いしてた。母さんに期待されてないんじゃないかって。嫌われてるんじゃないかって」

「そんなわけないでしょ。でも、仕事が忙しくてあさひのための時間を作ってあげれなかった。そう思われても仕方ないわね」

「僕さ、母さんがクラブのこと調べてるって知った時嬉しかったんだ。母さんが真剣に考えてくれてたんだってわかったから。母さんありがとう。僕のことを考えてくれて。僕にチャンスをくれて本当にありがとう」

「いいの。そんなこといいのよ。だって、大事な息子なんだから」


 母さんの目に涙が浮かんでいた。いつからか、僕は母さんとの間に壁を感じていた。

 でもそれは僕の思い込みだったんだ。母さんはいつだって僕のことを第一に考えてくれていた。自分のことばかりになって、母さんの気持ちを考えれてなかったのは僕の方だったんだ。

 もう二度とそんなことはしない。母さんに悲しい思いは絶対にさせない。

 必ず強くなって、成長した姿を母さんに見せるんだ。

 改めて、今より強くなる決意をした。

卓球の小説を書きたいと思い、それだけをテーマに書いてみました。

試合展開はかなり飛ばし気味ですが、後々深い描写を書いていく予定です。

まずは第一話を読んでいただきありがとうございました。

完結まで書けるように頑張りますので、よろしくお願いいいたします。

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