後ろの席の彼とお客さん
誤字脱字、文章改善は後々直します。
——彼がいたのだ。
今日、喫茶店で会った彼が。
同じ椅子に腰掛け、じっとこちらを見ている。
けれど、その視線はどこか私を通り越していて、正確には、私の首元に注がれていた。
視線を追って、ふと自分の首に目をやる。
(……これは、何?)
そこには、これまで見たことのない“何か”が首に何重にも巻きついていた。
息苦しさが増していくのを感じながら、私はその“何か”をほどこうと手を伸ばす。
けれど、うまくいかない。
彼はただ静かに、それを見ていた。
助けを求めたいのに、彼の様子がどこか違って見えた。
ここに居るはずなのに、意識だけが遠く離れているような、そんな感じ。
意識が薄れていくなか、やっと彼が立ち上がり、こちらへ歩いてくるのが見えた。
でも、その足音が止まったとき、私はもう、目を閉じていた。
「またか……これは、随分絡まってるな」
かすかに聞こえたその声には、少し滲むような哀しさがあった。
そんな声を、私は沢山聞いたことがある。当時のことが頭によぎる。
その声を聞くたび、いろんな感情が湧き出ていたあの頃______
そうして私の意識は途切れた。
* * *
目が覚めたら、そこはいつもの私の部屋だった。
いつもの敷布団の上で寝ていた。
(そういえば昨日は帰ってすぐに寝てしまったんだった。)
時計を見ると時刻は8:15。私の脳内はさっきの夢など一瞬で消え去った。
敷きっぱなしの布団を放って、急いで階段を駆け降りた。
リビングには、ソファでくつろいでいる母がいた。
「あら、今起きたの?さっさと学校に行きなさい」
「休むなんて事だけはやめてね?お父さんも心配しちゃうからね」
最悪だ。母と顔を合わせるのが嫌で毎朝、母が寝ている間に家を出ていたのに。
失敗した。
「言われなくても行くつもりだよ」
内心苛立ちながら返事をした。
「ならいいけど、お母さん応援してるから、頑張ってね千歳」
遅刻なんて口実に過ぎなくて、母の気配から逃げるように私は家を出た。
嫌なものから逃げる時、人は普段よりも格段に足が速くなるのだと実感した。
おかげで遅刻にならなかった。
走り疲れて、窓際にある自分の席にどさりと深く座った。
(はあー、走り過ぎた。)
「時間ギリギリですね、熟睡できたみたいで安心しました」
背後から、聞き覚えのある声に話しかけられて私は思わず勢いよく振り返った。
「え?」
私の後ろの席に座っていたのは、昨日の彼だった。
「な、何で?いるの、、?」
「ここが私の席だからですよ」
「貴方、私の後ろの席だったんですか?」
「本当に他人に興味ないんですね、流石に酷いですよ」
どこか見覚えがある気がしていたけど、まさかこんなに近くで出会っていたなんて知らなかった。
私の名前を知っていたのも納得だ。
「すみません。本当に驚きました。」
「そういえば、貴方の名前は?」
「そうですよね、僕たちクラスメイトですけど深山さんは知らないですよね」
「ちょっと、私も一応恥を忍んで聞いているんですよ」
「……ていうか、私の苗字も知ってたんですね」
「まあ、クラスメイトですし知ってますよ」
「ああ、そうですよね、」
いまだにクラス全員の顔と名前を一致させていない自分に、思わず少しだけ苦笑いをこぼした。
「水浦朔です。僕の名前」
「水浦、朔」
名前を聞いた時、どこか気持ちが浮いたような、空白だったピースがカチッと合ったような、
自分でもよくわからない感覚になった。
「いい名前ですね。覚えやすいです」
「ありがとうございます。それは良かった」
そういった彼は控えめで自然な笑みを浮かべていた。
彼は変に威張って気取る人ではないようだ。
まだ出会って二日目だけど、彼は私が第一印象で感じた姿よりも素直で優しい人な気がした。
___学校での彼は意外と普通の人だった。
楽しそうに誰かと話している姿も見かけた。
どこか仲間意識を持っていたので少し裏切られた気分になった。
それに比べて、私は入学してからは友達ができていない。元々友達作りに積極的なタイプではないけれど
そうは言っても話しかけてくれた子たちもいた。けれどその子達と話していると
なぜか視界がぐらついたり、首や肩に鈍い痛みを感じたりしてしまい
ろくに話すことができず、楽しく会話を聞くこともでききず、その子達とは自然と話すことも無くなった。
そうして今も友達と呼べる人は誰もいない。
けど特に悲しいくはない。不便なことは時々あるけど一人は嫌いじゃない。
むしろ一人でリラックスする時間は大好きだ。
なのでこの学校生活に不満はない。
「今日も行くんですか?」
いつの間にか友達との会話を終えた彼が後ろに座って私に話しかけてきた。
「行く?」
「昨日のですよ」
昨日の喫茶店に行くのか聞いてたのか、
…でもなんでそんなことを聞いてくるの?
「うーん、行こうかと思ってるけど。なんで?」
私は元々好んで敬語を使うタイプではないので普通に話すことにした。
それに対して水浦くんが何か反応することはなかった。
「いや、何となく気になっただけ」
「そっか」
「今日は天気予報も晴れだったし晴れてるといいな」
ふと独り言のような言葉をこぼすと水浦くんは窓から晴天の中高くまで登っている太陽を見た。
「このままなら、また降ると思いますよ」
「え、そうなの?傘持ってきてないんだけどな」
そう呟くと同時に先生が教室に入ってきたので私含め全員前を向いて授業が始まった______
___帰りのHRも終わり、私は喫茶店に向かった。
喫茶店のドアを開けるとベルが鳴り響く、昨日よりmベルの音が軽く聞こえたような気がした。
「いらっしゃい、また来ていただけて嬉しいです」
「あ、いえ。」
店員さんは昨日と変わらず、綺麗な笑顔でドキドキと緊張してしまう。
あのお顔だけでも客から多額のお金を巻き上げられるだろうに、少し勿体無い。
「今日は君の席を用意してるんだ。案内するね」
そう言ってゆっくりと歩く店員さんの後をついて行った。
「こちらの席にどうぞ」
案内された席は昨日と反対側に進んだ方の窓際の席だった。
(反対側もあったんだ。)
案内されたテーブルには飲み物が事前に置かれていた。
「今日のおすすめだよ。ぜひ飲んでみて」
一口飲んでみると出来立てのような温かさの少しサッパリとしたオレンジ風味の紅茶だった。
「美味しいです。ありがとうございます」
お礼を言いつつもなぜ今日は席が決まっていたのか、
なぜ私がくるのを見越していたかのように飲み物が用意されていたのか。
他にも節々に感じる店員さんの違和感に質問しようと思っても
何から聞けばいいのか、何が聞きたいのか
自分でもよくわからなくなっている間に店員さんはごゆっくりと言い残し戻って行ってしまった。
悶々としつつも用意された紅茶に手を伸ばした。
「ふう」
一口飲むと頭がすっきりとして心が静かになった。
そうして紅茶と窓際の景色を楽しんでいるとポツポツと、
また、晴れ間の中で雨が降り出してきた。
その時喫茶店のドアが開き、ベルの音が凛と店内に鳴り響いた______