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止まない雨と読める彼

「あれ、千歳さん?」


名前を呼ばれて振り返ると、そこには同じ学校の制服を着た男の子が立っていた。

見たことがあるような、でも、よくは知らない顔。


——なんで私の名前を、、話したことあったっけ?


「話したことはないですよ。」


「え?」


……え? 今の、声に出てた?


「…この席、いいですか?」


そう言って、彼は私の向かいの席をちらりと見たかと思うと、返事も待たずに椅子を引いて腰を下ろした。


「…………え?」


あまりに自然な流れに、私は驚きの声しか出せなかった。

彼は私の視線にも何も言わず、ただ静かに座っている。


窓の外では、お天気雨がぽつぽつと地面を叩いていた。

この人、誰なんだろう。なんでこの店に? どうして私の目の前に?

けれどいくら考えても答えは出ないので考えることをやめた。


——そういえばこの雨、いつ止むんだろう。

止むまでなら……帰らなくていいのかもしれない。

そう思った瞬間、雨音が少し強くなった気がした。


「……雨、しばらく止まないと思いますよ。」


「え?」


いつの間にか彼はこちらを見ていた。

まっすぐと。


「……そうなんですね。でも、帰れなくなっちゃいますね。早く止んでくれるといいけど。」


「僕は傘、持ってます。よかったら貸しますよ。」


「いやいや、そんな悪いし……雨が止んだら帰ります、大丈夫です。」


「今すぐ帰れって意味じゃなくて。

今日はずっと止みそうにないから、帰りたくなったらいつでもって話です。」


……なんか、意外と優しい人だ。


「……ありがとうございます。」


彼は鞄をがさごそと探りながら、缶ジュースを取り出した。

缶には「カレーソーダ」と書かれていた。


え、カレーソーダ!?

思わず目を疑った。なんでここでカレーソーダ?

少し笑いそうになったけど、彼が飲みながら真面目に飲んでいるのが不思議と面白かった。


前髪が長めで顔が隠れ気味だけど、よく見ると目がきれいだし、前髪をあげたらもっと爽やかに見えそう。


その時、彼の手がちょっと不自然に止まったと思ったら、またカレーソーダを口に運んでいた。


話してみると真面目で優しそうだし、ちょっと変わってるけど、不思議と面白い。


(あれ、私、もしかしてちょっと彼のこと…タイプかも。)


なんて—…


—「ゴホッ…!」


その瞬間、カレーソーダを飲みながら彼がむせてしまい、ソーダを吹き出しそうになった。


「大丈夫!?」


「あ、はい…大丈夫です…」


むせながらも必死に言葉を返してくれる彼に、私は思わず言った。


「あ、私の紅茶、飲みます?」


「……ありがとう。でも大丈夫です、なんとか落ち着きました。」


そう言いながらも、彼の目はまだ少し潤んでて、カレーの香りが漂う中で、ちょっとした気まずさが流れた。


いや、気まずさというより、何かを必死に隠しているような感じ…


「あの、」


「はい?」


「その、カレーソーダ、なぜ?」


彼は少し困惑したような顔をした。


「いや、これ…普段から…て、どうしてそんなに気になるんですか?」


思わず私がツッコミを入れたくなるような反応に、ちょっと笑いそうになったけど、それが逆に彼の真剣さを引き立ててる気がして、少し不思議な気分になった。


「……あの」


今度は、彼が口を開いた。


「ここ、よく来るんですか?」


「え?」


「いや、なんか……偶然だなって思って。」


そう言って、彼はちょっとだけ目を逸らした。


「……たまに、です。」


「そっか。」


短く答えた私に、彼は小さく笑った。

その笑顔が、なんだか心をくすぐった。


そのまま彼は黙って窓の外を見つめた。

その横顔は、なんだか嬉しそうに見えた。


それから、また、ふたりの間に静かな時間が流れた。

窓の外では、まだお天気雨がぽつぽつと地面を叩いている。

私は紅茶のカップを両手で包み込むように持ちながら、そっと息を吐いた。

少しだけ、居心地がいい。

それだけが、今の素直な気持ちだった。


「……そろそろ、行きますね。」


カップの中身がほとんどなくなった頃、私は立ち上がった。

雨は小降りになってきたみたいだ。


「大丈夫ですか? 傘。」


彼もゆっくり席を立ちながら言った。


「あ、うん。近いから、走れば。」


「……濡れるの、嫌じゃないんですか?」


「大丈夫です。私、実は雨、好きなんです。さっきまで忘れてたけど。」


なんでもない顔でそう言うと、彼は少しだけ目を細めて、


「……忘れることなんてあるんですか?」


「そうですね。私も不思議です。」


「…もしかしたら貴方と話をしたおかげで思い出せたのかも知れませんね。」


「それは良かったです。」


彼は小さく笑いながら冗談を流すように返した。


(本当の事なのに。本当に、さっきまで憂鬱に感じていた雨の音が、今は何だか心地いいんだよ)


ドアのベルがカランと鳴り、私は小さく会釈して店を出た。


雨はまだ、細かい粒になって落ちていた。

空気はひんやりして、でもなんだか悪くない。


ふと後ろを振り返ると、

ガラス越しに、彼がぼんやりとこちらを見ているのが見えた。


私は軽く手を振った。


彼は少し驚いたような顔をしたあと、すぐに、小さく手を振り返してくれた。


それだけで、少しだけ心があたたかくなった。


それから、私が喫茶店から離れてからすぐ、喫茶店の周りを囲むように降り続いていたはずの雨が、弱まっていたように感じたのは気のせいだったのだろうか。


そんな事を思いながら家への道を歩き出した___________


* * *


_____ドンッ ギギギッ……ギィー……


またこの夢。

けれど、本当に夢なのだろうか。


夢と現実、その境界は私にとって、もはや意味を持たない。


声を出そうとしても、何も届かない。

言葉は胸の奥で絡まり、喉のあたりで行き場をなくしている。

足元にひびが入って、そのまま静かに崩れていくような、あの感覚。


(ああ、またか)


(……また沈んでいく)


でも今回は違う。

夢に変化があった。


——彼がいたのだ。

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