玉子
中学生のある日、畳の上で、玉子が割れた。
最初にそれを見たのは俺だった。
「……お母さーん、玉子割れた」
乾いた布団に、段々玉子の中身が吸われていくのを見て、なんとも言えない気分のまま、俺は母親を呼んだ。
二階からドタドタと足音が聞こえ、襖の前に母親が現れる。
割れた玉子に、一瞬目を見開いたその後、すぐに母親は深く、重苦しいため息を吐き、携帯電話で誰かに連絡し始めた。
「ねぇ、玉子こんまんま?」
「片付ける人、いつ来んの?」
布団に染み込んでいく玉子の様子に耐えきれなくなり、母親に尋ねた。
母親は高い声を崩して、自分に手を添え「なんて事言うの」と言うと、もう一度高い声で電話越しの人に話を再開する。
……なんて事言うの、なんて、よく言えたよ。
最初の頃はお父さんが持ってきた玉子を、そりゃ大事に扱ったし、俺も好きで良く話しかけたよ。
ところがどうだ、段々玉子が腐って、勝手にどっかに転がって、仕舞いには中身がぬるくなって来た頃には、俺もお母さんも、お父さんだって玉子に興味を無くしてた。
家族全員が、玉子が割れるのを期待してたってのに、なんだよそれ、割れたからって、今更大事になるのかよ……遅いよ、もう。