ネコネコ・ペタバイト・サイコシス④
「ここはぷーぺを崇める教団。元研究所だったところを改築してるらしい。だから、ほら、ビンとか多いだろ?」
足先でビンを転がす。ビンはころころと、廊下を転がっていく。その先には、
「らっしゃーい」
三角の耳。
紙のようなうろこ。
金属のようながさついた、あっけらかんとした声。
どう見ても聞いても人間じゃない店員がいた。
しかし笑顔のように尖った口を開け、肩が下がり気味に立っている姿はどう見ても、ウェーイ系のアルバイトである。
「ヘイ長谷部! げんきー?」
そいつがめちゃくちゃ親し気に話しかけてくるのだから、さっぱり分からない。
「なんだこいつ!?」
「ぷーぺだよ」
「ぷーぺってなんだ!?」
溜息を吐く緑海。
「姉さん、ホントに何も話してないんだな。ぷーぺってのは、姫花ちゃんにかけられてる獣の呪いの名前。一匹だけかと思ったら、意外といっぱいいてな」
謎の店員? を指さす。
「店番したがる奴もいる」
「自由すぎるだろ!?」
「ボクに、ぷーぺ様に、サンドラ様。あとちっちゃい子がいっぱいいるよー」
そう言い、店番ぷーぺはケラケラと笑う。明るすぎる獣である。
「それじゃ、人間を食うんじゃ」
「その使命を背負ってるのはぷーぺ様だけだよー。ボクらはそんなに食べない。ホラ、ハンバーガーの方が好きだし」
謎店員は、売り物の一つに手を伸ばす。その手は爬虫類のように骨ばっていた。長い爪で器用に包装紙を剥がすと一口。
もっしゃもっしゃ。
「んー。うま」
まるで日本好きをアピールする観光客のようである。
(けど、それ売り物じゃ……)
この辺り、獣なのだろうか。
「ぷぺ太。おれにも一つ。照り焼きバーガーくれ」
「あいよー。百十円だよ」
「ほいよー」
「…………」
怪しい奴らが銃を持つ、こんな怪しい施設で。ごく普通に、ハンバーガー売って食ってる奴がいる。
先ほどネコミミを量産していた長谷部の言うことではないが、あまりに現実離れしている。
もっと緊張感を持て。
「長谷部もいるか? ご飯派ならオニギリもあるぞ」
「いるかっ!」
ハンバーガーを頬張りながら、緑海は話す。
「さっきの話。ここが研究所だった話だけど、今も細々と続いているらしい。メインはあくまで全人類を捧げることだけどさ」
ジャンクフードと共に聞く話にしてはサイコすぎる。彼らのあの不気味な情熱はどこからきているのだろうか。それを伝聞とはいえ、他愛もないことのように話す緑海も緑海だが。
と。
ガッジャアア!
「なっ!?」
突如、壁が崩落した。何事かと驚く間もなく、緑海に腕を引っ張られる。
ほんの一瞬まで長谷部がいた場所に、怪物がいた。全身木のような、ヤシのような皮に覆われている。丸太のような腕、研ぎ澄まされたナイフのような鋭い爪。獰猛な食欲を示すように、口からは涎が溢れている。
「……生体兵器みたいなの出てきたんだけど」
「……過激派だからな。やってることも派手なんだろう」
緑海は淡々と呟く。
「ヘンテコ集団のくせに過激すぎるだろ!?」
「出会っちまった以上戦うしかねぇんだよ! 荒ぶる血を示すんだよ!」
「訳分かんねぇこと言うな、テンパってんのか!?」
二人は自在武器を構える。長谷部とは違い、緑海は拳につけるものが好みらしい。名前と同じ緑色のゴツいナックルが、右拳を覆っている。
「って、コイツが相手で大丈夫なのか? ボイルド以外には使えないって聞いたけど」
言うと、緑海は目を丸くした。
「姉さんからは聞いてないのか? コイツは……半分ボイルドみたいなモンなんだぞ」
今、意味深な沈黙があったが。疑問を持つ前に、咆哮が響いた。怪物が襲い掛かってくる!
「っ!」
縦横無尽に爪を振り回すボイルドと違い、一直線に胴体を狙ってくる。攻撃の当たった場所が変化することはないが、砕けた壁は、その爪が当たればただじゃすまないことをハッキリと示している。
動きは俊敏で、拳銃で応戦してもなかなか決め手が入らない。
「長谷部!」
距離を取った緑海が叫ぶ。
「このままじゃラチが明かねえ、いったん退くぞ!」
頷こうとした時。
どこからか、メロディーが流れてきた。戦いのための勇壮な旋律。間違えようがない、この声は。
「姫花……!」
「やったな! あの子、無事に姉ちゃんと合流できたみたいだ!」
力が湧いてくる。ヤシの木のような怪物に負けはしない。
「長谷部。せーの、でダブルアタック決めるぞ」
名前はダサかったが、言いたいことは分かる。頷く。
「おれがあいつの隙を作る。お前はおれが一撃入れると同時にぶっ放す。挟み撃ちだ」
「分かった」
言うなり、緑海はヤシ怪物に向かっていく。凶悪な爪に対してシンプルすぎる拳は、しかしヤシ怪物の顎を捉える。怪物が大きく仰け反った、その時を狙い、引き金を引いた。