ネコネコ・ペタバイト・サイコシス③
「は!?」
幸いにも長谷部には当たらなかったが……誤解されたまま!?
「ちょっ! 姫花っ! 姫花―っ!?」
叫ぶが、返事は聞こえない。焦りが頂点に至った時、能天気な声が脳髄に刺さった。
『はっ! ここはどこですかな!』
「おい自在武器! 姫花は無事か!?」
『はっ!? ははははははい今リサーチ致しますハイご無事でした! しかし、ガレキが邪魔で通れないようですな!』
「くそっ……、……」
長谷部は何か言おうとして。
「……どんな状況でこうなったんだ?」
『それはですな。吾輩もとんと分からぬのです。ラベンダーのような香りを感知したと思ったら、記録が途切れて……』
「嘘だろ……」
先ほど暴れた反動か、疲れが湧き出る。思わずしゃがみ込んだ。
その時、ドアが開いた。白衣を着た若い男だ。反射的に転がっていたビンを投げつける。
「うおわっ! 今度の長谷部は元気だな!?」
男は腰が引けつつも、きれいな動きでビンをかわした。
「あ、安心してくれよ! 俺は味方だぞ!」
「……信用ならねぇな」
「これ、ほら、姉ちゃんの自在武器! お前と一緒! な?」
そう言い、スニーカーを指す。スニーカーは溶けるようにリストバンド、拳銃へところころと形を変える。
『坊ちゃん。彼の言う通り、想実様のお仲間かと』
「そう。おれは緑海、姉ちゃんの弟分だ。命令でここに来た! よし、説明完了!」
言うなり、緑海は素早く立ち上がる。先ほどビンを投げつけられたとは思えないほど朗らかに長谷部の腕を取る。
「ちょっ、引っ張るな! 歩きにくいだろ!」
「まぁまぁ! ちょっと探検したんだ、お前よりは詳しいよ!」
だが、だいぶふらつく。
「……」
「緑海?」
緑海はしばらく黙り。長谷部の腕をじっと見。
さっくりと、自分の腕になにか当たった感触。細い針のような。
元気出た。
「ってヤバい薬じゃないよな!? どう見てもお前、俺に注射したよな!?」
「ただのアリ×○ンブイみたいなものだぞ。毒じゃ無いぞ」
「怖ぇよ! ヘコンだ人間があっという間にぴんぴんしてやがる……」
「というかね、こんな敵陣のド真ん中でヘコんでるヤツぁいませんわ。自軍としては栄養剤ブチ込んでも元気にしないと」
「正論だぁ……」
改めて緑海の姿を見る。短く刈られた黒い髪に、白衣。年は二十代前半くらい。見た感じここは研究所っぽいから、職員と言われても信用できそうなくらいだ。
「道はわかんねぇけど、おれがついてっから安心だ。さぁ行こうぜ長谷部くん!」
言うなり、腕をひっぱってぐいぐい歩いて行く。
……不謹慎なくらい陽気な奴だ。
◆
「うぅ……」
決して、お兄ちゃんがネコミミをあらゆる人物につけていたのがショックなわけではありません。
垣間見えた希望が奪われ、わたしは更なる孤独にいました。
早く、早く会わないといけないのに。焦りは恐怖を生み、恐怖は焦りを生み。
微かな声が聞こえているのにも気づきません。
「ヒメサマ」
「ヒメサマ」
「ゲンキダシテ」
彼らが職員を噛み、埋もれさせているのにも気づかず。
「え……?」
「ヒメサマ!」
「ア、ヒメサマ、コッチッチヲムイタ!」
そこには、三十cmくらいのちっちゃなネコちゃんたちがいました。しかし、ふつうのネコとは違い、二足歩行で、ちょっぴりお腹がてっぷりしていて。なにより、とても甲高い鳴き声は人間の言葉のように聞こえて。
「いたのか、お前たち!」
「きゃあっ!?」
肩に小さな痛みが走ったかと思うと、現れたのはさっき夢の中で出会ったネコみたいな生き物。
「く、空想の中だけじゃなかったの!?」
「夢な訳あるかいっ!」
怪物は鼻を鳴らすと、ネコちゃんたちに向き直りました。彼らは歓声を上げます。
「ぷーぺサマ!」
「ジョオウサマ!」
「こ、この子たちもぷーぺなの?」
確かに、大きく開けた口には小さな牙がみっしりと並んでいます。
「子どものぷーぺじゃ」
「それじゃ、人を食べるの……?」
ぷーぺ。獣の呪い。
子猫みたいでかわいらしいけれど、だとしたら、近づくのはよそうかな。
一歩引いたわたしを、子ぷーぺたちはじっと見つめます。
「な、なに?」
「ヒメサマ」
「ヒメサマ」
「ダイスキ、ヒメサマ!」
つぶらなたくさんの目と、ふかふかの毛皮が、わたしをじぃっと取り囲み。
(か、かわいい……!)
「だ、だっこしても、いい?」
恐る恐る手を伸ばすと、わたしと目が合った一匹のしっぽが、ぷわっと膨らみました。そのままふるふると震え始めます。それは周りの子ぷーぺたちにも伝わり、まるで大きな毛玉が振動しているよう。
(怖がらせちゃった……?)
「……ヒメサマニ」
「ダッコ」
「ナンタルコウエイ……」
「光栄?」
とてててて、と一匹が歩み出て、うやうやしく頭を下げました。
「ドウゾ。ココロユクマデ、もふもふシテクダサイ」
「だ、大丈夫、そんな敬愛しなくていいから、ね?」
敬いっぷりに慄きながら、小さな頭に手を伸ばします。
もふっと、空気をふくんだ毛に手が埋まる感触。一本一本がやわらかで、その下は少しひんやりしていて。
なでなで。
なでなで。
なでなでなでなで。
「……いつまでやっとる!」
「ひゃっ?!」
「キャ」
ぷーぺの叱責が響きました。耳の真上から響いた声は三半規管を揺らし、思わず耳を塞ぎました。子ぷーぺ……いえ、子ぷーぺちゃんも首を竦めます。
「か、かわいくて心地いんだもん!」
「後にせい後で! あのじんにくを逃すわけにはいかんのだぞ!」
「逃すんじゃないよ、助けるんだよ……!」
でも、ここで和んでいる余裕は一片たりともありません。思いっきりトリップしていたわたしが言えることではありませんが。
子ぷーぺちゃんたちは、再び集まってこしょこしょと話し合っています。
「ぷーぺサマニ、オコラレチッタ」
「ドンマイ」
「ヒメサマノイヤシ」
「ソレガイマノ、ワレラノシメイ」
わたしの癒しが、今の使命?
てっきりぷーぺを助けるか、人間を食べるために出てきたと思っていましたが、子ぷーぺちゃんには別の目的があるようです。
それにしても。
さっきの触り心地といい、ああやって肩や額や耳を寄せ合い、ひとかたまりになって話す姿は微笑ましく。
ひょっとしたら、ぷーぺは……少なくとも子供のぷーぺは、そんなに悪い存在じゃないのかも。
「ほれ、行くぞ。お前たちも適当についてこい」
「「「イエッサ!」」」
わたしとぷーぺの後には、子ぷーぺちゃんの行列が。まるで大名行列のように。
と。
「いたぞ! 撃て!」
「きゃあっ!」
「何を逃げる小娘、今が食うチャンスだろうがっ!」
剣呑な声が響き、思わず身を竦めました。ぷーぺが声を荒げますが、銃というそれだけで隠れる以外の動きが凍り付きます。
「なんだこの黒いのは……ぎゃー!?」
「「「ヒメサマ、イジメル、ワルイヤツ!!!」」」
黒い塊がたくさんたくさん、警備員に襲い掛かります。体中に飛びかかり、銃を奪い、倒れ込んだ上に乗り。
「「「カッタ!」」」
わたしのもとに来た頃には、警備員は倒れ込んだまま動きま……あ、ちょっと動いた。けれど、それ以上動くことはできないようです。
「ヒメサマ、ダイジョウブ?」
「う、うん……ありがとう」
ぎゅっと抱きしめると、ひんやりした冷たさが染み渡りました。
◆
子ぷーぺちゃんたちは強く、銃にも負けずに飛びかかっては倒し、ぷーぺは相変わらず鼓舞もといぎゃあぎゃあ騒ぎ。奇妙な行列は続いていきます。
けれど、お兄ちゃんは影も形も見えません。本当にいるのか、不安は膨らんでいきます。
だから、想実さんと会えたのは救いそのものでした。
「想実さん!」
ようやく見知った人の顔を見、思わず涙が浮かびます。
「よしよし姫花ちゃん、よく頑張ったね」
「お、お兄ちゃんが!」
「ネコミミを」
「そう! ネコミミ……じゃなくって!」
「はいはい、静かにね。今の状況は予断を許さないところまで来てる。ここはボイルドに包囲されてる。きっと、あの悪そうな人達に寄ってきたんだろうね」
「ボイルドに……!?」
まさか、あの扉の周りにあった綿は。
お兄ちゃんは、ボイルドと戦っていたから。あの部屋はあんなに壊れていた。ネコミミは……ええと。
「お兄ちゃんは、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。私の仲間がついてるから。それより」
想実さんはわたしの背後を伺い。
「ずいぶん可愛い部下が増えちゃって、まぁ」
「えへへ、ついてきちゃって」
「親玉も一緒に顕現しちゃって」
「親玉……」
嫌な予感に振り替えると、鼻を鳴らしたぷーぺと目が合いました。
「やっぱり、この子、獣の呪いの」
「信じてなかったのか。そもそもお前は誰だ。わらわに人間の知り合いはおらん」
「詳しいことは後で話すわ、神獣様。今はここから出ることを先決にしましょう」
想実さんが言うと、ぷーぺは先ほどサンドラさんに言いくるめられた時のように黙り込みました。
想実さん、やっぱりすごい。
「それじゃ、ボイルド退治にかかるわ。姫花ちゃんにはまた歌ってもらいたいの。歌には距離がないから、長谷部君達にも届くはずよ」
「はいっ! あれ、あの機械はないんですか?」
「あれは最初の接続にだけ使うのよ。さあ、息を吸って」
すう、と息を吸い。次に吐き出す時は、旋律が流れ出しました。昨日とは違う、勇壮で、それでいて可愛さが足されたような。
ちらりと背後を見ると、子ぷーぺちゃんは思い思いに体を動かしていました。ぷーぺも心なしか頭をふりふり揺らしていて。
(ち、ちょっとかわいい)
人を喰らう獣といえど、音楽にはノっちゃうんでしょうか?