ぷーぺが町にやってくる!⑥
みんなと別れ、いつものようにボイルドを軽く倒し、コンビニで軽く食べていた時。
黒くて長い、住宅地には不釣り合いなリムジン。木島だ。
長谷部は、おにぎりから口を放した。
「長谷部ェ! 元気じゃねぇか。夜にお散歩とは御大層なもんだな」
「……チッ」
最悪を示すように、長谷部は舌打ちする。しかし木島はニヤニヤ笑いを崩さず、長谷部を圧倒するように睨み返す。足が長く背が高い分、相手を圧倒しやすいのだ、憎らしいことに。
想実と出会って以来、何度も戦いを潜り抜けてきたが……幼少期に負った脅威はぬぐえない。ただ見られているというだけで、嫌な汗が噴き出てくる。
想実が、木島との間に立った。そしてにこやかに笑顔を浮かべ。
「こんばんは。木島さん」
「想実か。お前もいたのか?」
「……え」
「……は」
長谷部達は、目が点になるのを感じた。
想実が。
今まで一緒に戦ってきた仲間が。
あろうことにか、日常のラスボスと繋がっていたなんて……!
「木島さんとは、喫茶店で知り合ったの」
「テメェが相席しただけだろうが」
「レトロゲームの話題で盛り上がったの。ゲームボーイ、長谷部君達は知らないでしょ?」
それから木島に向き直り。
「木島さん、私達はこれから家に帰るから。木島さんも早く家に帰ったほうがいいよ。最近物騒だからね?」
「……そうだな」
こいつが素直に言うことを聞くのを初めて見た。そのまま長谷部にもう一度ガンを飛ばすと、木島はリムジンに乗り込んでいく。
想実は呆然とする長谷部と姫花の肩を軽く叩いた。
「安心して。二人のことは乱暴にしないでください、ってお願いしておいたわ」
「……んなもんなくても、別にやり過ごせた」
仏頂面で言い、肩に置かれた手をはたき落とした。想実は微笑んで、針のむしろの空気を返す。聞こえないくらいの小さな声で。
「……痛くない振りも大変よね」
「……なんか言ったか?」
「いいえ。ともかく。木島さんとわたしが友達でも、あなた達をいじめたりはしないわよ」
「別に。そこは問題じゃねぇよ。隠してたのが……嫌っつーか」
「そうよね。ごめんなさい」
びっくりするほど素直に想実は謝った。長谷部の後ろで聞いていた姫花が驚くくらいの早謝りだった。
「それじゃ、今日は帰って寝ましょう。明日も学校よね」
◆
ベッドに入ったが、眠れない。
「……」
『坊ちゃん。何かお悩みで?』
「……説教モードって、こんな時にも発動するんだな。武器にはなんねぇのに」
『あくまで戦闘用ですからな。良い戦闘を行うには、日ごろのメンタルコントロールが必須なのです』
「……うまいこと言っちゃって」
長谷部は大きくベッドに足を広げる。暗い天井には、うっすらと外の明かりが差し込んでいる。ビルと水銀灯の、人工的な光だ。
『話は聞いておりましたが。お嬢様は、信用なりませんか?』
「お嬢様?」
『想実様のことです』
「……信用ないって訳じゃないけどさ」
大きく息を吐く。さっきのこと以来、ずっとモヤモヤしていた。
あの場にいたときは驚いたが、想実にも想実の人間関係がある。そこに長谷部の口を出せる権利はない。それは確かだ。だが、それだけでは割り切れない。
それを皮切りとして、様々な疑念が溢れてきた。スラックスをめくる、一緒に風呂に入りたがる以前の問題だ。自在武器と言っているが、本当は何なのか? 科学で解明できない何かを使っていて、本当に大丈夫なのか? 想実は信用できるのか?
奥歯を噛み締める。
『坊ちゃん?』
「……何でもない」
ぶっきらぼうに答える。けれど、彼は納得しないだろう。
誤魔化すことはできるかもしれない。AIのようだが、人間らしい喋り方をしているし。
「……時々さ、違和感があるんだ」
『ほう、違和感とな』
「なんつーか、この明かり……ビルの光とか、すごく奇妙に感じるんだ。元はここにいない、みたいな」
特に、自在武器と会って、ボイルドと戦い始めたあたりから。
「本当はもっと……そうだ、ヤシの木とか……側に……あったんじゃ」
段々空想に集中し、浮かされたようにつぶやく。脳裏に浮かぶ電気信号は鮮明になり、夜空に揺れるヤシの葉、覆うように生える木々、そして。
『ただの疲れでしょう』
自在武器は、やけにきっぱりと言った。同時に長谷部の想像もかき消され、薄暗い部屋が戻ってくる。
「……そっか。そうだよな」
大きく欠伸をする。ヘンな空想に糖分を使ったか、眠気が出始めていた。今夜は眠れないと思っていたのに。
「自在武器。明日の七時、起こしてくれよ」
『吾輩はスマホではないんですがな』
やがて、長谷部は小さな寝息を立て始める。自在武器は、音もなく放出していた睡眠導入剤の噴霧を止めた。
後は、穏やかな寝息のみ。