ぷーぺが町にやってくる!⑤
次の日、放課後。
「あら、長谷部君、姫花ちゃん。お買い物?」
「は、はいっ!」
友達と連れ立って町へ出たところ、昨日と同じ商店街に想実がいた。いつものスーツに、A4サイズのバック。いかにも外回り中、といった具合で。
……といっても、そういう風に見せかけただけだ。今朝打ち合わせ、放課後は偶然を装って合流することにした。
朝日と夜野は、想実と初対面である。興味深そうに二人で顔を見合わせ。長谷部を見。
「長谷部……ひょっとして、アレか。このつくアレか」
「んな訳あるかっ! ただの知り合いだよ、知り合い!」
「なんの?」
「そ……その、な……」
スラックスをめくられた仲とは言えない。
ポン、と肩を叩かれた。
「言い淀む理由があったんだな……おねーさんでショターな」
「あ……あああああああるかっ!」
一瞬空を飛んで行ったスラックスが脳裏をよぎったが、全力全身全霊を込めて無視する。
「長谷部君達とは、仕事で知り合ったの」
長谷部の努力はさておき、想実の方でうまくまとめていた。
「あ、想実さんじゃないですか!」
「あら、真下……ひよりさん。この前はごめんなさいね」
「いーんですよ! それよか日和さん、ウチらとカラオケ行きません? 今八人以上は半額ってクーポンあるんですよ!」
「私と?」
想実は目を丸くする。
長谷部は止めようか迷う。長谷部の友人も後輩達も、ノリの良い奴らだが。中高生とは、あまりにも選曲が違いすぎるのではないか。
「いいわね! 年齢制限ナシのカラオケいっちゃいましょう!」
(いいのか!?)
「おねーさんノリいいっすね! じゃ、オレこの先のカラパラ調べますねー!」
「朝日先輩、向こうに看板が出ています」
「たまちゃん早いね」
中川が冷静に指をさす。
と。朝日が想実に、神妙な顔で。
「オトナのアレで。奢ってくれません?」
「だめよ」
きっぱり。
「がめつすぎる」
長谷部と夜田は、無言で朝日をしばき倒した。
◆
「次っ! 想実さんだね!」
「はいはーい。この曲みんな知ってるかなー。LOVE・夏の海……あら?」
流れ始めたのは、想実の選んだ曲ではない。ひよたまコンビも、朝夜コンビもきょとんとしている。
「あ、あの、わたしです……!」
手を挙げたのは、スナックの向こう側で肩を縮める姫花。なぁんだ、そういや姫花ちゃんは一度も歌ってなかったものね、と想実はマイクを渡そうとして。
(……!?)
異様な雰囲気に気付く。
姫花が手を挙げた途端、全員が全員、いけないものを見たかのように表情を強張らせた。ひよりは固まり、たまみは明後日の方向に視線を彷徨わせ、夜田は青ざめた顔でドリンクを飲み始め、朝日は一心不乱に端末を操作し始めた。
ただならぬ雰囲気……一人長谷部だけが、ワックワクしている。
「姫花、ガンバレー!」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん……!」
想実の呪術師として鍛えた感が言っている。この先、恐ろしいことが起こる。それは推測するなら……!
姫花が大きく息を吸う。モニターが歌詞を表示する。
そして。
「なっ……!」
想実は驚愕した。
何一つとして音があっていない。リズムもあっていない。
なのに、長谷部はワックワクしている! マラカスがあるならマラカスを、タンバリンがあるならタンバリンを揺らさんかという勢いで!
(これが……シスコン……!)
想実は耳を押えることもできず、ただ不協和音にさらされる。姫花が見ている。大人しい彼女のことだ、耳を押えなどしたら傷ついてしまう。それは誰もが同じ。ただ放心して四分十六秒が過ぎるのを待っている。
「歌」のあれは、常に補正が効いている。姫花の喉から歌うのではなく、彼女を通して力を放出しているからだ。だから、平常で歌うよりも断然に上手く聞こえる。……比較対象が壊滅的なだけで。
やがて、メロディはフェードアウトしていく。
「ど……どうだったかな?」
「あぁ! ばっちりだ!」
そう思うのはお前だけだ。
「ご、ごめんなさい、私の歌、あんまり上手じゃなくて……」
唯一の救いは、姫花に自覚があることだけか。
「みんな、顔が強張ってたよね……ごめんなさい」
「い、いいんだよ姫ちょ!」
「カラオケ来たら一回は歌いたいよな。わかりみ」
「段々うまくなるって言うからね! 大丈夫だよ!」
「そうだ……そうなのだ……」
「え、最初からうまいぞ?」
そう思うのはお前だけだ。
空気を読まぬ極上の笑顔に、姫花を除く全員の心が一つになった。




