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POUPEE  作者: 柚木トモカ
14/18

ぷーぺが町にやってくる!④

「はぁ、散々な目に遭った……」

 ワイシャツとスラックスを洗濯機に放り込み、念のため漂白剤をぶち込んでぶん回す。リストバンドと化している自在武器は、流石未知の武器というべきか、一切汚れていなかった。つけたまま浴室へと入る。思い出されるのは、最初の晩。

『坊ちゃん、坊ちゃん。吾輩は防水ですぞ』

「マジ!?」

 驚愕すると、自在武器は心底誇らしそうに答えた。

『武器たるもの、常に主人を守らねば。水に浸かっても会話可能ですぞ!』

 未来すぎる。

 回想終了。

 服を洗っているうちに、長谷部の洗濯、風呂に入る。シャワーだけではベトベトが落ちそうにないので、シャンプーも使う。

「……あー、疲れが取れる……」

 半分ほど湯を張った風呂で一息。と、誰かが扉をノックした。姫花だろうか。なぜか姫花は一連の騒動に責任を感じているらしく、今日の夕飯は自分が作ると言って聞かなかった。長谷部としても割と精神的にも疲れていたから任せたが、材料の不足でもあったのだろうか。

「長谷部くーん、入って良い?」

「訳あるかーっ!!!」

 力の限り叫び、脱衣所から想実を追い出す。

「このヘンタイ! 痴女! なんでそこで一緒に入る理由があるんだよ!?」

「だって、私にも責任はあるし……ぶん投げちゃったの私だし……」

「なんなら姫花を手伝ってろ!」

「姫花ちゃん、買い物に行っちゃったし」

「がーっ! とにかく来るなよ、絶対来るなよ!」

 壊れんばかりの勢いで脱衣所と浴室のドアを閉める。向こうからは「あーん、長谷部君のいけずー」なんて声が聞こえてくる。湯船に浸かると、空気を読んで腰布に変化していた自在武器が解かれていった。

(油断も隙もねぇっ!)

 出会い頭にスラックスをめくられてから、かなり大人しかったから油断していたが、やはり日和想実という女性はとんでもないヘンタイなのだ。

「……」

 熱い。湯の温度を高くしすぎた。

 ……肉食系女子って、あんな感じだろうか。


 ◆


「今日はわたしが作るからねっ! お兄ちゃんたちは待ってるだけでいいから!」

 いつになく張り切る姫花に台所を任せ、長谷部は想実と一緒に、縁側でぼーっと。ひたすらぼーっと。一見暇な時間ではあるが、台所から聞こえてくる野菜を切る音、具材を煮込む匂い、肉の油が弾けるリズム。それらを聞くのは楽しい。

「姫花ちゃん、手伝わなくていいのかしら」

「いいよ。姫花だってもう料理が出来る歳さ」

 いつからか、ずっと楽しみにしていた。姫花がいつか、手料理を作れるようになる日を。時折「にく!」とか「ぷーぺ食べないの!」とか聞こえてきて、少々不安だが。

「……ところで、なんで長谷部君そんなに離れてるの? 社会的距離?」

「自分に聞いてみろっ!」

 長谷部は想実から二mほど離れていた。念のため。想実が来た時立ち去ろうかとも考えたが、それはさすがにヒドイと思い、距離を取るに留まっている。

「……なんであんなことしたわけ」

「ごめんなさいね、私、人との付き合い方が分からないの」

 にこやかに返される。

「それでスラック……めくる奴があるか!」

「えへへー」

「えへへじゃねぇっ!」

 それ以来話題は途切れ、しばらく沈黙が流れる。

「……その割にさ。聞かないんだな、俺の家のこと」

「えぇ。人には事情があるからね」

「……ヘンな奴だな」

「私も訳ありですからね。仲良くしてくれるだけでいいの」

「もっとヘンな理由だな」

「あら、フラグ立つ?」

「誰が立つかっ! 大人しく座ってろっ!」

 はいはーい、と想実は軽い調子で答える。

 教師も町内会のおばさんも、長谷部家の様子を観ると、必ずどこか遠慮する。母親がいないし、父親も協力的とは口が裂けてもいえない家庭だ、気を使わなければならないのもとてもよく分かる。それに対し、想実の態度はとても自然だった。「気を使わなければならない家庭」ではなく、長谷部個人の「家」として接している。

 空を見ると、朧げな半月がかかっていた。雲もなく、薄い光を町に降り注いでいた。


 ◆


 夕飯は済み、お風呂。

「家計が心配なら、私は外で入ってくるから」

「い、一緒に入りませんか? 正直、この子が怖くって……」

「姫花、いいのか!?」

「いいのかって?」

 首をかしげると、お兄ちゃんは「あ、いや、姫花が良いなら……」と不思議な答えを返しました。ちょっとヘンなお兄ちゃん。背中のぷーぺは時々鳴くだけで、噛みもしませんが、それでも見たことのない生き物なのには変わりません。それにどうしてか、つぶらな目をじっと見ていると怖くなってくるのです。不安を掻き立てるというか、嫌なことがあったというか……。

 まだ出会って間もないなのに、変なお願いだと思うけれど。想実さんは、にっこり笑って頷いてくれました。

 一人用のお風呂に二人入ると、さすがに狭いです。

「妹ちゃん、髪キレイねー。若いっていいわー」

 そんなおば……お姉さんみたいなこと。

「は、恥ずかしいです……想実さんは、気にならないんですか? こう、誰かとお風呂に入ること」

「私の家、結構ヘンなところだからね。全員、血が繋がってないのよ」

「えぇっ!?」

 あっけらかんと。

「だから、こういうヘンな生き物が生えるのも慣れてたり」

「は、話が繋がってませんっ! 血が繋がってもなくても、生き物は生えてきませんよっ!」

「じんにく!」

「ひぇっ」

 叫ぶと、ぷーぺが一声鳴きました。少しがさがさした奇妙な鳴き声に、わたしは身を竦ませます。想実さんは、よしよし、とぷーぺの頭を撫でました。

「だいじょうぶよー。この様子を見ると、人間は食べられないから。ね?」

 昼間の出来事を思い返すと、ハンバーグは食べてたんですが。

「いざとなったら、私の血で封印を強化するわ」

「強化って、どんな」

「こう、指をかっさばいて、血で印を」

「止めて下さいっ!」

 わたしは思わず叫んでいました。もう、目の前で誰かが傷つくのはイヤなのです。それがどんなものでも、小さな傷でも恐ろしくて。想実さんはちょっと驚いて、けれどすぐに「大丈夫よ」と言いました。

「いざとなったら献血用の血を使うわ」

「それでもイケるんですか!?」 

 呪術、すごい。それでも不安は晴れず、わたしはぽつぽつと話し始めていました。

「わたし、すごく怖くて。想実さんが傷つくのも嫌だし、何かの拍子に……あの、想実さんを疑ってるわけじゃないけれど、こいつが、お兄ちゃんを食べちゃわないかって」

 ぷーぺは意味も無く口を開いて、ふよふよと私の周りを動いています。口の中にはぺらぺらだけれど、確かに鋭い牙があるのでした。……ぷーぺ、紙で溶けないかな……。

「……根拠はないんです。けど、真っ先にお兄ちゃんに噛みつこうとしてるし……」

「紙の封印は神に通じるから、術の中でも強力なのよ。そうそう解けないわ」

 想実さんは力強く言いますが、私の心は晴れません。

「本当、ですか」

「えぇ。命を賭けてもいいわ」

「それもダメですっ! 簡単に命を賭けちゃ!」

 すると、ずっと微笑んでいた想実さんの態度が変わりました。真面目な顔で、私の目を見つめます。

「全人類だけでなく、あなたのお兄さんの命が掛かってるのよ。私も同じものを担保にするのが道理でしょう」

「想実さん……」

 言いたいことも、反論したいこともあったけれど……結局、何も言えませんでした。ただ、その時の想実さんは、お兄ちゃん個人を見ているような気がして。

 それが少し、気になりました。

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