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POUPEE  作者: 柚木トモカ
13/18

ぷーぺが町にやってくる!③

『クレープ食べに誘われました。放課後行っていいですか』

 休み時間、想実さんに向けてメールを打ちました。すぐに返信。

「……あれ」

 良いも悪いもなく、一言、『電話していい?』。

「放課後……そうね、私としたことが、そこまでは考えてなかったわね」

 悔しそうな想実さんの声。

「やっぱり、ダメですか」

「ぷーぺの抑え時間がね」

「でも、さっき出て来ちゃって……」

 想実さんが噴き出し、咳き込む声。

「マ、マジ? マジなの?」

「はい。三限目の前に」

「で、でも、姫花ちゃんは行きたいでしょ? せっかくのお誘いだものね」

「我慢しますっ。ひよちゃんとたまちゃんが食べられるなんて、絶対嫌ですっ!」

「うーん……」

 しばらく、想実さんが唸る声が聞こえます。わたしの心はもう決まっていましたが、想実さんはまだ納得がいかないようです。

「私も行くわ」

「えっ?」

 予想外の答えに聞き返しました。

「遊びも制御も両立させる。これは私が行くしかないわ。大丈夫、私を信じなさい」

「疑ってるわけじゃないんですけど……」

 そして、放課後。駅前で、想実さんと合流しました。

「みんな、紹介するね。この人がわたしたちの家政婦さん。日和想実さん、っていう方」

「ほ、ほんとに家政婦さんが来ちゃった……」

「姫花っちが……どんどんブルジョワになっていく……」

 だから、ブルジョワじゃないってば。

「こんにちは。真海想実と申します」

「き、今日はこの後、どうしても行かなきゃならないところがあって。待ち合わせするのに難しい場所だから、ついてきてもらったの」

 理由はわたしから説明しました。呪いのせいとはいえ、日和さんが来てもらって申し訳ないし、みんなにも気を使わせちゃうかもしれないし……

「いいじゃない、トモダチは多い方が! 日和さん、クレープ好きのオススメ教えますよ!」

「ありがとう。この近くっていったら、シュレ・ブティックかしら?」

「ふっふ、そこじゃないんですよ。あたしの行きつけは、もうちょっと奥に入ったトコの……」

 良かった。想実さん、うまく溶け込めたみたいです。

 どこかぎこちない……表面的な笑顔なのも、きっと初対面だから。すぐに打ち解けて、仲良くなれるはず。

   ◆


「姫花、大丈夫か……ぷーぺめ、動き出したらただじゃおかねぇぞ……」

 長谷部は着ぐるみの中に入っていた。町内推薦マスコットのくせに顔が怖くて恐れられる人形、ウルスくんである。垂れ目なのに、妙に焦点があっていないのが子供を泣かせるポイントだ。しかし、波長が合う一部の人間の間ではキュートと人気らしい。謎だ。ちなみに女の子のウルージェちゃんもいる。

 この三日間、邪悪なクマ、ボイルドを見まくった長谷部にとっては入るのがためらわれたが、妹のため、迷っている暇は無い。

 想実はついていくと言ったが、いつぷーぺが暴れるか、ボイルドが現れるか分かったものではない。想実はとても強いが、彼女に姫花を守られるのは抵抗があった。

 妹を守ると誓ったのだ、誰かに役目を取られるのは嫌だ。

 時に店の影に隠れ、時に大胆に、姫花の後をついていく。

 実際のところ、着ぐるみはだいぶ目立っていた。仕事でもないのに動く着ぐるみは不審だったし、なによりどう見ても業務の動きではない。だが、何かの撮影なのだろう、とか、街の企画なのだろう、と、あまり深く考える大人はいなかった。

 反応したのは子供である。

「うるすくん! ジャンジャンおどりおどって!」

「はあ!?」

「だっこして!」

「うるすくんはちからもちなんでしょ?」

 ウルスくんを見つけるなり、取り囲んでくる。

 さらに。

「びやぁぁぁぁぁ! ママ、くまこわい、かおこわいぃぃぃぃぃ!」

 こどもの一人が泣き出し、それに驚いたもう一人が泣き、さらに驚いた一人が。

 長谷部の周りは阿鼻叫喚で包まれた。

「ねえあなた、泣き止ませてくれる?」

「じ、時間外っす!」

 急いでその場を逃げ出した。

 子供の泣き声は苦手だ。

 あやすのは論外に苦手だった。


   ◆


 想実さんと、ひよちゃんとたまちゃん、そしてわたし。

 クレープを食べた後は、雑貨屋さんへ。店頭には、たくさんのクマの人形が飾られていました。

「おお、ウルルン人形だ」

「きゃー可愛いー!」

 ひよちゃんは目を輝かせますが、日和さんはしけた顔でぬいぐるみを見ています。

「姫花ちゃん、可愛いの、これ?」

「み、みんなはね……」

 ウルルンとは、最近人気のキャラクター。クマのウルルンに、ウサギのコナナン。てろんとした手足がチャーミングなのです。商店街のウルスくんといい、この街はやたらとクマ推しです。ボイルドがクマの姿をしているのも、そのせいでしょうか?

 わたしは少し好きだなー、くらいの存在だったけれど、ボイルドのせいで、なんだか近寄りがたくなってしまいました。

 そう。あの、凶悪な目と口の。まさしくこんな風……

「……」

 思わず、頭の中が空白になりました。

 大量のぬいぐるみの中に、ボイルドが紛れていました。周りは砂に囲まれていましたが、うまくぬいぐるみが重なって、まるで埋もれるように。

 ……なにこれ。

 ぬいぐるみみたいと思ったことはちょっとありますが、まさか本当にぬいぐるみになっているとは。

「……あの。想実さん」

 途端。

 視界の隅から、誰かが走ってきました。


   ◆


「!」

 長谷部は危険な気配を察知した。着ぐるみを脱ぐ。自分とは思えぬ俊敏な動きで脱いだ着ぐるみを蹴飛ばし、姫花の元へと走る。

「姫花、」

 妹はこちらに背を向けている。危機は店の方から感じる、庇おうとして

「危な……」

 腕を掴まれた。そのまま誰かの背中を支点に回転し、

「天誅ッ!」

 放り投げられた。

 空中のフワっとしたものを通り抜け、堅い物へと激突した。

「きゃーっ!?」

「は、長谷部君!? どうしてここに!」

「が……ひ、姫花が……心配で……」

 強烈な甘酸っぱさが口の中にかかる。どうやらトマトの箱の中にぶつかったらしい。

 想実が駆けてくる。

「ちょっと! あんまり急に走ってくるもんだから驚いて投げちゃったじゃない!」

「これお前か!?」

「っもうっ、顔も服もドロドロよ……五回死んだみたいになってるわ……ふくくっ」

 そこまで言った所で何かがツボに入ったのか、想実は小さく噴き出した。

「わ、笑うなぁ……」

 上下逆になった姿勢でトマト箱に突っ込んでる少年か。トマト塗れの顔か。それとも全体重でトマト箱を破壊したカタストロフィか。

「ほら、立てる?」

「立てるよっ。腰いてぇ……」

 差し出された手を拒否。強化されているが、それでもぶつかると腰は痛いらしい。

 いや、そうではなかった。

「そうだ、ボイルドが!」

「え、そんなのいないわよ」

「い、いました! さっき、ぬいぐるみの中に……あれっ?」

「気のせいじゃない? それより長谷部君、私のオフィスに行きましょ。身体洗わないといけないでしょ」

「わ、分かったよ」

 空振りか、と長谷部は落胆した。

 確かに邪悪な気配を感じたが。ともあれ、消えたのなら良い。

「姫花ちゃん、みんなに連絡しておいて。元の用事はキャンセル。私は野暮用で消えた、って」

「い、いいえ、私もついてきます。その、クマモノンが怖くて……」

「分かったわ。それじゃあ、タクシーを拾う前に」

 トマト塗れの長谷部を見。

「どこかでレインコート買ってくるわ」

「くそう……きっとクマモノンのせいだ……絶対そうだぁ……」

「お、お兄ちゃん、あんまり怒ると身体に悪いよ。姫花を守ろうとしてくれたこと、ちゃんと分かってるから」

「姫花ぁ……」

 と。

「どしたの、何の騒ぎ!?」

「あなたは……長谷部先輩? どうしてトマト塗れに?」

 姫花の友人まで来た。

長谷部は、もはや乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。

「うわー、服までぐっちゃぐちゃ……ある意味グロいですね。ネカフェのシャワールーム行ったほうがいいですよ」

「当然行くよ……」

 後輩からの憐みの視線がイタい。

「ごめんね、お兄ちゃんについていくから、今日は帰るね」

「うん。愛しのお兄様の危機だものね」

「トマトだからすぐに汚れは取れるはずです。気を落とさないでください、先輩」

「サンキュ、中川……」

 想実さんが買ってきたカッパを着て。

「シャワーなら、私のオフィスを使って。簡易的なものならあるから」

「簡易? お前、オフィスなんて持ってたのか?」

「そう。私は警備員斡旋会社をしているのよ」

 それから長谷部の耳元で、「表向きはね」と囁いた。

「あれ? 姫ちょ、日和さんって家政婦さんじゃなかったの?」

 姫花が解読不可能な呻きを漏らす。

「ソ、ソウダッタカナ? イ、イッタカナー?」

「姫花ちゃん……」

 想実がジト目で見つめる。やがて、小さく息を吐き。

「そうね、やっぱり家に帰りましょうか」

「え、ネカフェじゃないんですか」

「節約節約♪」

 おどけて答える想実に、長谷部も頷いた。

 トマト塗れで店に入るくらいなら、街中を歩いたほうがまだマシだ。

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