ぷーぺが町にやってくる!③
『クレープ食べに誘われました。放課後行っていいですか』
休み時間、想実さんに向けてメールを打ちました。すぐに返信。
「……あれ」
良いも悪いもなく、一言、『電話していい?』。
「放課後……そうね、私としたことが、そこまでは考えてなかったわね」
悔しそうな想実さんの声。
「やっぱり、ダメですか」
「ぷーぺの抑え時間がね」
「でも、さっき出て来ちゃって……」
想実さんが噴き出し、咳き込む声。
「マ、マジ? マジなの?」
「はい。三限目の前に」
「で、でも、姫花ちゃんは行きたいでしょ? せっかくのお誘いだものね」
「我慢しますっ。ひよちゃんとたまちゃんが食べられるなんて、絶対嫌ですっ!」
「うーん……」
しばらく、想実さんが唸る声が聞こえます。わたしの心はもう決まっていましたが、想実さんはまだ納得がいかないようです。
「私も行くわ」
「えっ?」
予想外の答えに聞き返しました。
「遊びも制御も両立させる。これは私が行くしかないわ。大丈夫、私を信じなさい」
「疑ってるわけじゃないんですけど……」
そして、放課後。駅前で、想実さんと合流しました。
「みんな、紹介するね。この人がわたしたちの家政婦さん。日和想実さん、っていう方」
「ほ、ほんとに家政婦さんが来ちゃった……」
「姫花っちが……どんどんブルジョワになっていく……」
だから、ブルジョワじゃないってば。
「こんにちは。真海想実と申します」
「き、今日はこの後、どうしても行かなきゃならないところがあって。待ち合わせするのに難しい場所だから、ついてきてもらったの」
理由はわたしから説明しました。呪いのせいとはいえ、日和さんが来てもらって申し訳ないし、みんなにも気を使わせちゃうかもしれないし……
「いいじゃない、トモダチは多い方が! 日和さん、クレープ好きのオススメ教えますよ!」
「ありがとう。この近くっていったら、シュレ・ブティックかしら?」
「ふっふ、そこじゃないんですよ。あたしの行きつけは、もうちょっと奥に入ったトコの……」
良かった。想実さん、うまく溶け込めたみたいです。
どこかぎこちない……表面的な笑顔なのも、きっと初対面だから。すぐに打ち解けて、仲良くなれるはず。
◆
「姫花、大丈夫か……ぷーぺめ、動き出したらただじゃおかねぇぞ……」
長谷部は着ぐるみの中に入っていた。町内推薦マスコットのくせに顔が怖くて恐れられる人形、ウルスくんである。垂れ目なのに、妙に焦点があっていないのが子供を泣かせるポイントだ。しかし、波長が合う一部の人間の間ではキュートと人気らしい。謎だ。ちなみに女の子のウルージェちゃんもいる。
この三日間、邪悪なクマ、ボイルドを見まくった長谷部にとっては入るのがためらわれたが、妹のため、迷っている暇は無い。
想実はついていくと言ったが、いつぷーぺが暴れるか、ボイルドが現れるか分かったものではない。想実はとても強いが、彼女に姫花を守られるのは抵抗があった。
妹を守ると誓ったのだ、誰かに役目を取られるのは嫌だ。
時に店の影に隠れ、時に大胆に、姫花の後をついていく。
実際のところ、着ぐるみはだいぶ目立っていた。仕事でもないのに動く着ぐるみは不審だったし、なによりどう見ても業務の動きではない。だが、何かの撮影なのだろう、とか、街の企画なのだろう、と、あまり深く考える大人はいなかった。
反応したのは子供である。
「うるすくん! ジャンジャンおどりおどって!」
「はあ!?」
「だっこして!」
「うるすくんはちからもちなんでしょ?」
ウルスくんを見つけるなり、取り囲んでくる。
さらに。
「びやぁぁぁぁぁ! ママ、くまこわい、かおこわいぃぃぃぃぃ!」
こどもの一人が泣き出し、それに驚いたもう一人が泣き、さらに驚いた一人が。
長谷部の周りは阿鼻叫喚で包まれた。
「ねえあなた、泣き止ませてくれる?」
「じ、時間外っす!」
急いでその場を逃げ出した。
子供の泣き声は苦手だ。
あやすのは論外に苦手だった。
◆
想実さんと、ひよちゃんとたまちゃん、そしてわたし。
クレープを食べた後は、雑貨屋さんへ。店頭には、たくさんのクマの人形が飾られていました。
「おお、ウルルン人形だ」
「きゃー可愛いー!」
ひよちゃんは目を輝かせますが、日和さんはしけた顔でぬいぐるみを見ています。
「姫花ちゃん、可愛いの、これ?」
「み、みんなはね……」
ウルルンとは、最近人気のキャラクター。クマのウルルンに、ウサギのコナナン。てろんとした手足がチャーミングなのです。商店街のウルスくんといい、この街はやたらとクマ推しです。ボイルドがクマの姿をしているのも、そのせいでしょうか?
わたしは少し好きだなー、くらいの存在だったけれど、ボイルドのせいで、なんだか近寄りがたくなってしまいました。
そう。あの、凶悪な目と口の。まさしくこんな風……
「……」
思わず、頭の中が空白になりました。
大量のぬいぐるみの中に、ボイルドが紛れていました。周りは砂に囲まれていましたが、うまくぬいぐるみが重なって、まるで埋もれるように。
……なにこれ。
ぬいぐるみみたいと思ったことはちょっとありますが、まさか本当にぬいぐるみになっているとは。
「……あの。想実さん」
途端。
視界の隅から、誰かが走ってきました。
◆
「!」
長谷部は危険な気配を察知した。着ぐるみを脱ぐ。自分とは思えぬ俊敏な動きで脱いだ着ぐるみを蹴飛ばし、姫花の元へと走る。
「姫花、」
妹はこちらに背を向けている。危機は店の方から感じる、庇おうとして
「危な……」
腕を掴まれた。そのまま誰かの背中を支点に回転し、
「天誅ッ!」
放り投げられた。
空中のフワっとしたものを通り抜け、堅い物へと激突した。
「きゃーっ!?」
「は、長谷部君!? どうしてここに!」
「が……ひ、姫花が……心配で……」
強烈な甘酸っぱさが口の中にかかる。どうやらトマトの箱の中にぶつかったらしい。
想実が駆けてくる。
「ちょっと! あんまり急に走ってくるもんだから驚いて投げちゃったじゃない!」
「これお前か!?」
「っもうっ、顔も服もドロドロよ……五回死んだみたいになってるわ……ふくくっ」
そこまで言った所で何かがツボに入ったのか、想実は小さく噴き出した。
「わ、笑うなぁ……」
上下逆になった姿勢でトマト箱に突っ込んでる少年か。トマト塗れの顔か。それとも全体重でトマト箱を破壊したカタストロフィか。
「ほら、立てる?」
「立てるよっ。腰いてぇ……」
差し出された手を拒否。強化されているが、それでもぶつかると腰は痛いらしい。
いや、そうではなかった。
「そうだ、ボイルドが!」
「え、そんなのいないわよ」
「い、いました! さっき、ぬいぐるみの中に……あれっ?」
「気のせいじゃない? それより長谷部君、私のオフィスに行きましょ。身体洗わないといけないでしょ」
「わ、分かったよ」
空振りか、と長谷部は落胆した。
確かに邪悪な気配を感じたが。ともあれ、消えたのなら良い。
「姫花ちゃん、みんなに連絡しておいて。元の用事はキャンセル。私は野暮用で消えた、って」
「い、いいえ、私もついてきます。その、クマモノンが怖くて……」
「分かったわ。それじゃあ、タクシーを拾う前に」
トマト塗れの長谷部を見。
「どこかでレインコート買ってくるわ」
「くそう……きっとクマモノンのせいだ……絶対そうだぁ……」
「お、お兄ちゃん、あんまり怒ると身体に悪いよ。姫花を守ろうとしてくれたこと、ちゃんと分かってるから」
「姫花ぁ……」
と。
「どしたの、何の騒ぎ!?」
「あなたは……長谷部先輩? どうしてトマト塗れに?」
姫花の友人まで来た。
長谷部は、もはや乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
「うわー、服までぐっちゃぐちゃ……ある意味グロいですね。ネカフェのシャワールーム行ったほうがいいですよ」
「当然行くよ……」
後輩からの憐みの視線がイタい。
「ごめんね、お兄ちゃんについていくから、今日は帰るね」
「うん。愛しのお兄様の危機だものね」
「トマトだからすぐに汚れは取れるはずです。気を落とさないでください、先輩」
「サンキュ、中川……」
想実さんが買ってきたカッパを着て。
「シャワーなら、私のオフィスを使って。簡易的なものならあるから」
「簡易? お前、オフィスなんて持ってたのか?」
「そう。私は警備員斡旋会社をしているのよ」
それから長谷部の耳元で、「表向きはね」と囁いた。
「あれ? 姫ちょ、日和さんって家政婦さんじゃなかったの?」
姫花が解読不可能な呻きを漏らす。
「ソ、ソウダッタカナ? イ、イッタカナー?」
「姫花ちゃん……」
想実がジト目で見つめる。やがて、小さく息を吐き。
「そうね、やっぱり家に帰りましょうか」
「え、ネカフェじゃないんですか」
「節約節約♪」
おどけて答える想実に、長谷部も頷いた。
トマト塗れで店に入るくらいなら、街中を歩いたほうがまだマシだ。




