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POUPEE  作者: 柚木トモカ
12/18

ぷーぺが町にやってくる!②

「じんにく! じんにく!」

「じんにく!?」

 長谷部は案の定驚き、ぷーぺを眺めた。

 隣では想実が解説用だろう、ノートを広げている。彼女も珍しいのか、時折ちらちらと揺れるぷーぺを見ている。

「伝説にあるわ。獣はこれを禍々しくした外見をしているそうよ。だとしたら、……たぶん、術者の趣味が混ざったのね」

「趣味!?」

「じんにくって鳴きそうじゃない? 私も見てると、そんな気がしてくるのよね」

「えぇ……そんな気楽でいいのかよ」

「術はそういうものよ。術者の思い込みや概念を利用して物質を変化させる。今だって、長谷部君は私より背が低く見えてるわ」

「マジ!?」

「『年下は年長より背が低い』という思い込みを利用してね!」

 それ、想実だけの話じゃなかろうか。

 姫花は接続部分が気になるのか、しきりに肩にくっついた根元を引っ張っている。

「わ、ペラペラ。これ千切れますね」

「何か起こるか分からないからね!? 千切らないでね!? かけた人が誰だか分からないんだから!」

「え、想実さんがかけたんじゃ……」

言いながら、姫花はぷーぺの顎を持って。

引っ張って。

ぷちぷちと……。

「って、言ってる側から首を引き抜こうとしない!」

「……ごめんなさい。なかなか慣れなくて、引き抜こうと…・・やっと千切れると思ったのに……」

「何か言った?」

「いいえぇ……」

 姫花はがっくりと肩を落とした。

 想実はそんな彼女を気遣いつつも、ノートを読み上げる。

「獣の伝説は二種類あるの。サラマンダー創建が出版した、永遠に生きる怪物というもの。それと、日和家に伝わっていた、人間を残らず食い散らかす神罰を顕したもの。このぷーぺがどちらかは分からないけれど……とりあえず、人間を喰いたがることは変わらないのね」

「じんにく!」

「放っておいて危険はないのか?」

「まぁ……紙だしね」

「紙だけに」

「火で燃やせそうですもんね」

「姫花ちゃんお待ち。ともあれ、学校に行く間は私の術符で押さえておくわ。あんまり長い時間は続かないけど、ないよりかはマシよ」

「ありがとうございます……」

「姫花、大丈夫だ」

 不安がる姫花に、長谷部が肩を叩く。

「暴れるようだったら、俺がやっつけてやるからさ」

「……うん。頼りにしてるね、お兄ちゃん」

 ようやく笑顔が戻った。


 ◆


 けれど、二時間目の休み時間。

 わたしは、最大のピンチでした。

「ぷーぺ、出てきちゃだめってば!」

 なんと。あの獣が、むにむにと出てきたのです。想実さんの術が思いのほか弱かったのか、獣が強いのか。

 慌てて人気のない場所に走ってきたから、なんとかなっていますが……。

「長谷部さん、誰かといるの?」

「あ、う、うん! ちょっと急いでるの!」

 クラスメイトの声に、身を竦ませ。

 人気のないところで、慌てて制服の中にぷーぺを押し込みます。

「じんにく……」

 手の中からは、じとーっとした目。

 そんな目しないでっ。私だって世話したい訳じゃないんだから-!

「キャンディー……は、食べないよね……」

 うぅ、早く来て、想実さん!

「襟でうまく隠せるかな……」

 短いベストとブラウスの組み合わせでは、肩から飛び出すぷーぺを隠すことはどうやったってできず。

「足りないよね。制服、セーラー服だったら良かったのに……いや、あんまり変わらないか……」

「じんにく! じんにく!」

 ぷーぺは鳴き終わりません。

 仕方なく、わたしはお弁当を出します。連絡が必要かと思って、カバンを持ってきておいて良かった。ぷーぺの首が勢いよく伸び、ハンバーグにかぶりつきました。

 人間用の食べ物だから、ぷーぺが食べられるかも怪しいけれど……ぷーぺのお腹には関係ないみたいです。「ぷぺ」

食べ終わると、ぷーぺは満足そうに首を揺らしました。口元は肉の脂で汚れています。このままわたしの中に仕舞われるのはいやなので、ティッシュで拭いてやりました。

 薄く開けた口からは、びっしりと太い牙が並んでいます。こんなのに噛まれたら、ひとたまりもないでしょう。

「じんにく」

「はぁ……大人しくなったかな」

 ひょっとしたら足りないかも、と思ってお弁当を広げていましたが、その心配はなかったようです。しかし、ぷーぺはじぃっとお弁当、もう一つのハンバーグを見ていて。

「だめだよ、これ以上はわたしのお昼ご飯がなくなっちゃうから」

「じんに……」

 そんな残念そうにされても。

 第一、わたしとしては早く去って欲しいのに。早く呪いが解けないかなぁ……。

 人間は食べられないそうだけれど、まだまだ不安は盛りだくさん。

「そうだ、予備のお札をもらってたんだ」

 いきなり飛び出すというアクシデントだったので、すっかり忘れていました。

 お札を貼ると、ぷーぺは掃除機のコードが縮むように、しゅるるるると右肩に納まっていきました。わたしはそっと、ぷーぺが消えていった肩を触ります。小さく窪んでいるような感触。鏡で確認すると、捻り昆布のような痣がありました。明らかに、自然で出来たものではない痣。それだけでも、もう前の生活には戻れない、普通の女の子じゃなくなってしまった気がするのに……。


「ひーめーちょー!」

「は、はひっ!?」

 背後から急に声をかけられて、わたしは思わず姿勢を正しました。

「どしたの、急にカバン持って走ってっちゃって?」

「探したんだぞ」

 ひよちゃんたちでした。

「姫っち、今日の放課後クレープ食べに行かない?」

「あ、今日は……」

 想実さんと約束してるんだっけ。それに、早く帰ってきなさいとも言われていて。

「ちょっと連絡してみるね」

「おぉ、愛しのお兄様にですか」

「いっ、愛しのっ!?」

 顔が赤くなります。た、確かにお兄ちゃんのことは大好きで、でも、こう面と向かって指摘されるのは馴れていなくて……!

「ひより。あまり姫花をからかうな。ラブラブなのは本当の事なのだから」

「たまちゃんまで!」

「いっつも一緒にいるもんねー。羨ましいじゃない、このこの!」

「ち、違うの! 連絡するのは、別の人で……」

「「二股!?」」

「違うってーーーー!!!!」

 もう、みんな聞いてよ!

 ああ、また盛り上がってしまった。わたしとしては、はやくお兄ちゃんラブの指摘を切りたかっただけなんだけど。

「え、ええと、お世話をしてくれる人で」

混乱した頭では、余計に火を注いぐだけ。

「家政婦!? ひ、姫っちの家ってそんなお金持ちなの!?」

「お帰りなさいませお嬢様って言われるくらいか!?」

「そうじゃなくて、えと、えと……!」

 怪物退治のお世話、なんて言える訳がありません。

「広告とかでよくある、家事代行サービスみたいな?」

「そう、それ! 掃除とかを手伝ってもらってて!」

 厳密にいえば違うのですが、もう乗っかっておいたほうが良いでしょう。ボイルド退治も、獣の対処も、大きく見ればもう世界のお掃除といっても過言ではありません。そう、世界の事業仕分けです。

 自分で言っておいて、もう意味不明の極みです。

「わたしもお兄ちゃんも、そろそろ勉強が難しくなってくる頃だし。雇った方がいいって、お兄ちゃんが……」

 だいぶ嘘を吐いています。

 罪悪感がすごい。

 でも、本当のことを言う訳にはいかなくて。

「確かに、姫花は数学が特に苦手だからな。対策は必要だ。で、姫花」

「な、何かな?」

 たまちゃんがずいっと顔を近づけてきて、わたしは身を竦ませました。真面目なたまちゃんがじっと見てくるということは、ひょっとして、嘘がバレた?

「お嬢様と呼ばれているのか」

「呼ばれてないよっ!」

 その時タイミングよくチャイムが鳴り、ようやく質問攻めから解放されました。

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